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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

明智神社は一乗谷から1時間ほど歩けば着く。
昔の街道沿いに、小さな峠を越えて。
   ・  ・  ・  ・  ・
光秀の屋敷跡に、明智神社。
古い神社ではない。

光秀が越前で住んだと言われる場所は2ヶ所。
もう1つは、福井市の北の方にある称念寺。 

どっちが本当か分からない。
このことについて、後ほど。
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   ・  ・  ・  ・  ・ 
朝倉街道沿いに。

s-20年9月27日 (1)  s-20年9月27日 (2)

駐車場にある地図。  ここは福井市東大味町。  ひがしおおみちょう。

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一乗谷見学の後、ここに。   雨が降り出した。 光秀の涙雨??
ここでガラシャは生まれたと。 玉のこと。

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左から来て、向こうに。  案内が見えた。

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屋敷跡の中に神社をつくった。

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光秀が村を守ったことがある。

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資料館。

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大河を記念につくったんですね。

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個性的な俳優がいる。 特に、義昭・義景。
今日の大河の舞台は、一乗谷の朝倉館でしたね。

光秀の存在感が、やっと大きくなってきた。
ここの神社には、小さな光秀の木造が。 祭神は光秀。

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芭蕉が右の句を詠んでいる。 
妻の煕子(ひろこ)が献身的だというのは、こんなことからも伝わっている。
  ※ 煕子の名前を考えたのは、想像したのは、三浦綾子。 彼女はガラシャのことを書いている。

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はっきり有名になる前だから、記録に光秀の名前は出て来ない。
本能寺の後は、逆賊の住まいとして知られないようにしたよう。後ほど。

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この地を焼いたらダメというお触れ。 それを仕掛けたのが光秀だという。

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表立って光秀に感謝の気持ちは表せなかったと。 三軒の農家がひっそりと。

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斉藤道三が亡くなって、光秀家族は美濃に居づらくなった。
福井の称念寺の末寺と、光秀は母の実家につながりがあった。

それがあって、越前に来ることに。
この後は想像。

称念寺にいたけど、一乗谷からは遠い。
朝倉家の家臣の道を考えた光秀は、歩いて1時間のこの地に移り住んだ。

細川ガラシャになる玉はここで生まれた。
姉たちは称念寺で。   こう考えたら分かりやすい。

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雨に中、駐車場に戻ってきた。

【一乗谷の集落の見学】  

下は朝倉館の隣にある集落。 ここを見学して、明智神社に来た。
栗を集めてる人がいた。  この地はサルは少ない。

イノシシは、伝染病で減ったそう。

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ムラサキシキブの実ですね。 これから何度も見るでしょう。

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この道は朝倉街道。 煙突の周りにモミを山にして火を点けるのか。
煙が上がってるのを見る。

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湧水。 古くからのと、説明に。  あちこちから湧いている。
整備したら飲めるように。

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排水は流してないのか。 きれいな水だ。

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お寺があって。

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宿があって、道は続く。

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戻る。 武家屋敷の跡のよう。

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最後に朝倉館を見て。

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朝倉館を舞台に、光秀は世に出ていく。
その頃はきっと、明智神社の所に住んでいたのかなって想像します。 今日の大河でも。

今日の大河も面白かった。
ただ、この先どんな展開になるだろうと、わくわくさせてくれる仕掛けがあったら、もっと面白い。
三浦綾子の本を読んで学べばいいのにって・・・。

【道の駅】   藤樹の里あどがわ(琵琶湖の西岸)

             ※ 朽木は山の中でテレビが入らなかった。 それで琵琶湖に出た。
                晩に大河を見た。  坂本を明日見学したかったけど、駐車場が見つからない。

                深夜に京都を過ぎた亀岡市に向かった。 京都見学の拠点。
                着いたのは、28日の未明。  

【明日の予定】    午前中、嶋村歯科医院に。 歯の点検。 その後記事。
           午後亀岡市を少し見学。 
             光秀の亀山城かどこか。(本能寺へはここから)
             京都見学は29日から。  愛宕山に登りたい。  何度も行ったけど。
                   (小さな山なのに、2時間はかかる。嵐山駅から歩けば4時間)
             光秀は本能寺の前、頂上の神社に戦勝祈願。

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光秀は朝倉氏を頼って越前に。
そこを拠点に京に行ったり何したり。 大河は、今そこを。
   ・  ・  ・  ・  ・
光秀の美濃や越前での時代は、下積み時代。
どこで何してたのかは、はっきりしない。

光を浴びるのはこの後ですね。
越前の時代が、足利家や信長へと結び付けてくれる。
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   ・  ・  ・  ・  ・ 
赤〇が一乗谷。 谷の奥深くではない。

s-20年9月26日 (1)

駐車場は復元した家並みのそばに。   ここの見学は最後に。

s-20年9月26日 (2)

道の反対側に、朝倉館跡。  朝倉義景の館。  大河でユースケ・サンタマリアが演じている。

s-20年9月26日 (3)

上写真の右方面。  向こうから見学開始。

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忠魂碑。 ここ一乗谷では、多くの者が戦で命を落としているのか。

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向こうの上に行ってみる。  朝は雨だったため、まだ人が少ない。

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上がって来た。 諏訪館庭園跡。  諏訪館に義景の妻が住んでいたと。

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この写真は、諏訪館跡庭園を背に撮った。
中の御殿跡。  義景の母の高徳院の屋敷跡。  

  ※ 1573年、義景は信長に攻められ、別の所で自害。 母たち一族は皆殺される。
    1570年に、信長は義景に負けそうになっている。 命からがら信長は京都に逃げる。 義景は浅井と手を組んで。
     ただ、その後信長は、姉川の戦いで朝倉、浅井(あざい)両軍に勝つ。 義景の未来はここで消えたよう。

       浅井氏の小谷城についての記事。(淀・初・江はここで生まれた)

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中の御殿跡の向こうの高い所に、湯殿跡庭園。  どんな建物があったかは分かっていない。
その向こうに、ここの中心の朝倉館跡。

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下に下りてきた。 朝倉館跡の前に。 正面から入る。  唐門と呼ばれる門。

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内部の左。 右正面に中心の建物。  大河では、ここで義景と光秀が対面していた。

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右方面。  15代将軍足利義昭も来ている。 ※ 少し前の大河で、駒が将軍になる前の義昭に会っていましたね。

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上に行く道。  右に墓所。

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墓所。  

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義景は一番下。

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朝倉館跡を上から。

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写真上が正面。 建築の技術は、はるか昔から高いですね。
メインの場所は、会所(常御殿)。

s-20年9月26日 (23)(1)

先ほども紹介した、湯殿跡庭園。

s-20年9月26日 (24)  s-20年9月26日 (25)

反対側に来た。 お堀。  右の方に集落。  歩いた写真は明日の記事で紹介。

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復元町並みに。

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ここは戦国城下町か。

s-20年9月26日 (28)  s-20年9月26日 (29)

復元した通り。 この子の手の置き場所は、いつもここ。

s-20年9月26日 (30)

右写真の女の人は何してるんだろう。 動かない。
人形だった。 すぐに気づかない。

s-20年9月26日 (31)  s-20年9月26日 (32)

昔の恰好をした人が。  右写真、鎧(よろい)の人。
左の人が重いですかと聞いていた。 重いですよと。

重いのは鎧だけでないようなので、動くの大変。
戦ったら、すぐに切られる。

s-20年9月26日 (33)  s-20年9月26日 (34)pppp

光秀は、ここから離れたところに住んでいたよう。
時代は、1556年から1565年あたりまでの、10年ほど。

貧しい時代が続き、次第に義景に認められる。
光秀が、信長・義昭・義景を結び付ける。  義昭は、1568年にここに来る。

光秀は信長の家臣になって、歴史上に登場。(1570年頃)  
朝倉義景が信長によって滅ぼされたのは、1573年。

本能寺は1582年。 関ヶ原は1600年。
戦国時代が終わりをつげ、家康の時代が来ようとしている。

光秀はこの地で力を蓄え、乱世に羽ばたいていく。
妻の煕子(ひろこ)は、それを献身的に支えた。

※ 光秀はどんな「つて」があって越前に来たのか、それは明日の記事に。

【道の駅】     くつき新本陣(高島市)  

【明日の予定】     記事は明智神社他。   見学は朽木(くつき)。 

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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