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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

秋田と山形の県境にある、小さな峠を歩いてみた。
2つの歴史をもっていた。

昨夜は、たくさん御馳走をいただいた。
酔って、パソコンを車に取りに行ったけど、テーブルの上に置いて、寝てしまった。
気持ちよく、ぐっすり。 ブログは、夢の中で。

朝風呂に入った。 これも、久しぶり。
朝食も美味しい。 胃は大丈夫。 飲み過ぎてはいなかった。
白滝旅館を出て、Kさん宅でコーヒーを御馳走になった。

仁賀保高原からの景色がいいですよと、教えて頂いた。
お孫さんをふくめたみんなで見送っていただく中、出発した。

途中の見晴らし台から。
田んぼは緑でなく、秋の色。

10年10月1日 (2)

風車がいっぱい。 ここが仁賀保高原。  ここです

10年10月1日 (3)

鳥海山。 山の上に沼がいっぱいある。 雨水が溜まった沼。 
そんなに高くないのに、水が逃げないのが不思議。

10年10月1日 (4)

象潟より、北方面。

10年10月1日 (5)

ここから向こうが三崎峠。 昔の道が残っている。

10年10月1日 (6)

秋田や山形の、日本海側の道は、たんたんと走れる。 でも、ここだけ複雑。
昔、鳥海山が爆発した。 溶岩流はここから海に流れ込んだ。

10年10月1日 (1)pp

ここだけ高くなり、道は峠になった。
地図を見たら分かるが、ここには、岬が3つある。 それで、峠の名前は三崎峠となった。

10年10月1日 (21)pp

最上川を下った芭蕉と曽良は、1689年(元禄2年)6月15日、象潟に向けて酒田を出発した。
でも、雨のため吹浦に1泊し、翌16日に難所といわれる、この三崎峠を越えた。
体調万全でない芭蕉にとっては、難儀な峠越えだった。  ※ 関連ブログ   五月雨を あつめて早し 最上川

石畳の石は、埋もれかけてはいたが、まだ残っていた。

10年10月1日 (7)

芭蕉にとって象潟は、今回の旅での最北地であり、目標とする土地でもあった。
どんな所かは聞いており、自分なりの想像はしていた。

その想像の中で、句は作り始めてたのでは、と。
最終的なのは、下記の句だが、この峠を越えるころには、近いものが出来上がっていたのではと思う。
   
  象潟や 雨に西施が 合歓の花

道から外れて、少し海に近づくと、この風景。 酒田方面。

10年10月1日 (8)

日本海は、いつも荒波。 旅の中で風で苦労したのは、いつも日本海側。 

10年10月1日 (9)

釣り人がいた。

10年10月1日 (10)

見える島は、飛島。 何が飛んで、飛島なのか。
それは、鳥海山が爆発した時、山の上が飛んで、そこに落ちた。 事実かどうかは、分からないが。

10年10月1日 (11)

お盆を逆さにしたような島だ。 いつか、行ってみたい。 (行こうと思ったら、明日行ける)

10年10月1日 (12)

10年10月1日 (13)

峠の頂上であり、県境。 向こうは秋田県、こっちは山形県。 昔の道は、向こうに続く。
この場所へは、遊歩道を通って行った。

10年10月1日 (14)

向こうは、象潟。 ここから象潟まで、10㌔程。

10年10月1日 (15)

鳥海山は、目の前。

10年10月1日 (16)

頂上から旧道を下る道は、通れなかった。草で。
下から、登って行った。

10年10月1日 (17)

祠が見えた。 太子堂。 三崎神社とも。 円仁が作ったというから、古い。 隣に、石段が。

10年10月1日 (18)

林の中に、五輪塔があちこちにあった。 これは、供養塔。

10年10月1日 (19)

階段の上に石碑が。 
ここの西は、庄内藩。 江戸時代の終わり、幕府側についた。 新政府側の久保田藩(秋田藩)達と戦った。
三崎峠で、激しく戦った。 でも、幕府側の米沢藩も仙台藩も負けて、最後は庄内藩も負けた。
慶応4年(1868年)のこと。

無数と言われる死体が、この峠に転がった。 でも、新政府側は、見せしめのため遺体の収集を認めなかった。
骨となった遺体は、以後50年間放置された。
大正に入って、骨を集めて、ここに葬った。 

冷たさを感じる薄暗い森の中を歩いた。 その時、「昼なお暗い」という言葉を思い出していた。
そうして、石碑を読んで、また調べて、上のことを知った。

10年10月1日 (20)

三崎峠は、岬を含めて、一帯が公園になっていた。


「鳴き砂 海風」は、どんな歌詞なのか調べてみた。

mmnnkku879887.jpg   画像をクリックしたら、曲が流れます。

  黙(しじま)切り裂き 海鳥翔べば 雪が泣きます 海が泣く
  女の敵は女だと 切れて別れて 知りました
  あなたとここに来た時に あなたの影が 教えてたのに  
  馬鹿だ馬鹿だと海風が 乱れた髪をまた乱す
  心踏まれて 鳴き砂が キュッキュ キュッキュと 泣いてます

  人に知られず 泣けるのなら 砂になりたい 鳴き砂に
  女の夢は男だと 決めた女が捨てられた
  芍薬(しゃくやく)色のこの肌が 一人の酒で なおさら燃える
  馬鹿だ馬鹿だと海風が 笑って窓をたたきます
  風に巻かれて 鳴き砂が キュッキュ キュッキュと 泣いてます

「しじま」という言葉が珍しいですね。 調べてみた。 古い言葉のようだ。
「ちぢむ」に似ていて、口を縮めるようにしたら、口は閉じて沈黙。
だから、しじまの意味は、そんな感じの沈黙。 漢字の黙を使う。
貝のシジミは、貝殻の縞模様が、縮んで出来た感じなので、ちぢみ。 それが変形して、しじみ になった。

他に、「あなたの影が 教えてたのに」とあるが、少し難しい。
影は、影法師と考え、そこには、その人の本質や隠れた物が入っている。
そう考えたら、どうでしょう。

城之内早苗は、ゼティマからテイチクに移籍した。 そこでの1曲目。
渾身の新曲と言っていいかもしれない。

この人は、そんなに歌が上手なわけではない。
でも、ネオン街を感じさせないで演歌を歌える、数少ない歌手。
実際に歌ってる画像のがある。
     鳴き砂 海風(YouTube)
こっちのは、出来は、60点くらい。 
指導する人間がいるはずだから、細かな部分を指摘して完成させる必要がある。
顔の向きや視線も、十分ではない。

ゼティマは、この人の歌唱力を高くは評価していなかった。(制作部長さんが話してくれた)
だから、上手になった姿を見てみたい。

近くに、十六羅漢岩がある。 昨年行ったので、行かなかった。 ※ 関連ブログ 十六羅漢岩


【道の駅】   鳥海       ここです

【明日の予定】  酒田、鶴岡のどこかを。

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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