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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

浦島太郎が助けたのは、アカウミガメ。
アカウミガメの産卵地は、日本にたくさんはない。
屋久島と、ここ美波町の浜と、そして静岡県の御前崎くらい。 
この3つは、亀と産卵地を含めて、天然記念物に指定されている。

今日は、亀について少し勉強した。
長生きする亀を見て、年越し蕎麦を食べて、いい大晦日になった。

今年も、ブログを、また放浪の旅を応援していただき、感謝です。
1年が無事に終わります。 ありがとうございます。


ここは、恋人岬。 この高台から、昔、船を見送った。 大浜海岸が見える。

10年12月31日 (6)

大浜海岸。 アカウミガメは、潮が満ちても海水が来ない所に卵を産む。 右の建物は、日和佐うみがめ博物館。

10年12月31日 (7)

うみがめ博物館。 ここの考えは、アカウミガメを守ることを、観光に活かす。 そう感じた。

10年12月31日 (17)

アカウミガメ。 1歳。 肘(ひじ)を曲げないで泳いでいる感じ。 0歳のもいた。

10年12月31日 (18)

浦島伝説の亀は、アカウミガメと言われている。 根拠はこうなんですね。
本州近海で、砂浜に産卵する亀は、アカウミガメだけ。 

外に、大きなアカウミガメがいた。 1950年生まれと言う。
名前は、浜太郎。 どれも大きいので、これかなと見当つけるしかない。
「おいおい浜太郎、おじさんと年が一緒だね」って話しかけた。

亀たちは、すぐに寄って来た。 他の客が、この亀は言葉が分かるね、って言った。

10年12月31日 (20)

浦島伝説は、ここが有名。 香川県三豊市の荘内半島。 
             ※ 浦島神社が島にあった。 潮が引いた時渡った。 

噛みつく感じは全くない。 穏やかな表情。  

10年12月31日 (21)

生まれた月まで一緒。 私の撮影ではない。



これは、外国の写真。

10年12月31日 (16)

砂の中で、亀の子供はみんなで暴れる。 上の砂が落ちて、空間が少しずつ上がると言う。
数日かけて、地上に。 外に飛び出すのは、気温が下がった時。 その時は暗い。

10年12月31日 (19)

えびす洞という、大きな穴があるので、行ってみた。


小さな半島の、北の風景。 ここから室戸岬にかけて、このような景勝地が多い。

10年12月31日 (1)

この時はまだ、どこに穴があるか分からない。 実際は、左にある。

10年12月31日 (2)

ここです。 どうして出来るんでしょう。 ※ 能登にあった、巌門(がんもん)。 右の穴を通った。

10年12月31日 (3)

波の荒い時は、近づけない。 直径30㍍。

10年12月31日 (4)

岬の頂上からの風景。

10年12月31日 (5)

道の駅からも、この塔が見えた。 変わっている。

10年12月31日 (8)

薬王寺。 四国霊場の第二十三番札所。 黄色いのは、明日のお店の準備。

10年12月31日 (9)

大師堂。  六地蔵が見える。

10年12月31日 (11)

この寺の象徴は、瑜祇塔(ゆぎとう)という建物。

10年12月31日 (12)

変わった建物で、高野山にもあるそう。 勝手なデザインではなさそう。 辞書にこうある。

 ※ 瑜祇経の深意を表わした塔。
   金の亀の上にのる多宝塔で、塔の頂上の中心と屋根の四隅に五本の瑜祇五股(ゆぎごこ=五股杵の鋒先が真直ぐなもの)
   を立てる。

調べたら、美波町のHPに、こう書いてあった。

 瑜祇塔には、小野小町の盛衰を描いた「九想図巻考証」など、国宝級の宝物が展示されています。

明日、もう一度行かなければならない。

美波町の町並み。

10年12月31日 (10)

日和佐城。 石垣も、建物のつくりも、昔の城とは関係ない。
歴史を大事にしてない感じがする。 昔の城の資料が少なかったにしても。

10年12月31日 (13)

大浜海岸は、向こう。 ○の所に、えびす洞。

10年12月31日 (14)pp

道の駅が見える。 その向こうは、JRの駅。

10年12月31日 (15)

全国的に天気は荒れていますが、四国の南は、穏やかです。
今、午後10時40分。 間もなく今年も終わります。
みなさん、よい年を迎えてくださいね。

【道の駅】    昨晩に同じ。 日和佐。

【明日の予定】  南に動きます。

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【徒然】  女優の高峰秀子が亡くなりました。 これは、小豆島で撮った写真。(写真を撮影) 



 
 
太龍寺は、歩いて登ることはできたが、調べてなかった。
ロープウェーに乗った。
太龍寺山の山頂近くに、寺はあった。
空海が、100日間の修行をしたという、突き出た岩山に行ってきた。


ここは道の駅、鷲の里。 ロープウェー乗り場にもなっている。

10年12月30日 (1)

道の駅に、オオワシが飾ってあった。 北海道のもの。
この地域には、鷲がいるから、鷲の里かと思ったら違った。
ここの地名は、今は那賀町。 合併する前は、鷲敷町(わじきちょう)だった。
鷲が町名に付いたのは、神話からのよう。

10年12月30日 (2)

クマタカのはく製もあった。 
実は、今日、ロープウェーから見えたのが、この鳥でないかと思っている。 
 ※ 写真の撮影は失敗。 新潟の北部でも見た。 その時も、すぐ逃げた。

※ オオワシと、オジロワシの写真をいくつか。     

強風の中出発。
この町が、那賀町(なかちょう)。

10年12月30日 (3)

阿南市の港と思う。 直線で、10㌔ちょっと。

10年12月30日 (4)

ロープウェーがなかったころ、反対側の山の下から歩いて上った。
遍路泣かせと言われた。
今日、朝から動き始めたら、歩いて登れたが、時間がなかった。

この人達は、寺の手伝いか。 遊びながら下りてきた。
本堂への石段。

10年12月30日 (5)

ここの標高は600㍍。 ただ、四国霊場で一番高いのは、雲辺寺。 900㍍。  ここです

お城のような石垣だった。

10年12月30日 (6)

立派な本堂。 大きい。

10年12月30日 (7)

正月の飾りがされている。 右の赤っぽい像は、びんずるさん、かな。 なでると功徳があるという。

10年12月30日 (8)

太子堂。 

10年12月30日 (9)

これも立派。
ここの寺には、本堂・大師堂の他、多宝塔・求聞持堂・鐘楼門・本坊・護摩堂・六角経蔵など、色々ある。
それで、「西の高野」と呼ばれる。

10年12月30日 (10)

多宝塔があったが、撮影するいい場所がなかった。

10年12月30日 (11)

遠くに、鶴林寺(かくりんじ)の三重塔が見えた。  

10年12月30日 (12)

正面から見た大師堂。

10年12月30日 (13)

どこかな。 小松島か。

10年12月30日 (15)

今日歩いてる地図は、ロープウェーの切符売り場でもらった。
赤色鉛筆で、歩く所の線が描いてあった。 その通り歩いた。
山門に行くのを忘れた。 金剛力士像は鎌倉時代の作品で、徳島県では最大にして最古のものだった。

本堂を横から。

10年12月30日 (14)

これが見えた。 見て見ぬふりして、帰るわけにはいかない。
空海が修行した場所だ。 崖の上。
上のように書いたが、こんなのを楽しみに来た所もある。

10年12月30日 (21)

目的地まで、600㍍。

10年12月30日 (16)

最後は、ここを行かなければならない。 面白そう。
鎖とロープにつかまって、登った。 
岩のちょっとした所に足をかけて、自分の体を、腕の力で引き上げるから、お年寄りには無理。

10年12月30日 (17)

ここの岩について、Wikipediaには、このように書いてある。

 空海(弘法大師)の24歳での著作である三教指帰(さんごうしいき)の序文に「阿國大瀧嶽に…勤念す」
 と記されており、大瀧嶽は現在の大竜寺山であると考えられている。
 19歳で都の大学での学問に見切りをつけて修行に入った空海が、現在の境内の600m ほど西にある
 舎心嶽の岩上で百日間の虚空蔵求聞持法を修したとされる。

舎心嶽の岩上というのが、この場所。
こう言う所で修行するプラスは、何なんでしょうね。

寺が下に見えた。

10年12月30日 (18)

前にまわって撮った。 右の崖が危険。
空海は、どこを見てるんでしょう。 遠くじゃ、答えにならない。
高野山ってこともない。 まだ開いていない。

10年12月30日 (19)

どこかの街が見えた。 

10年12月30日 (20)

真言宗の考えを、分かりやすく知りたい。 でも、それが難しい。
真言密教のホームページというHPに、下の様にある。 1回読んでも、分からない。

kkooppppp.jpg

【道の駅】     日和佐


【明日の予定】   この街を少し

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【動画】
 
  


 
 
猫神社があった。
300年前、この地にお松という女性がいた。
お松は、不当な裁きを訴え直訴した。 
しかし、直訴の罪で処刑された。
お松の愛猫が、化け猫になって、お松の怨念を晴らした。

お松大権現というその神社は、那賀川の中流にあった。
ここを通る道は、徳島から高知へ行く街道。 土佐中海道。 ※ 海側の道は、土佐浜街道。


大きな猫がお出迎え。

10年12月29日 (1)

大きな建物は、拝殿と、右の資料館。 左に下りたら、上の猫。

10年12月29日 (8)

これが、拝殿。

10年12月29日 (10)

猫だらけ。 狛犬も、狛猫(こまねこ)。 鬼瓦は、猫瓦。 何でも猫だった。

10年12月29日 (3)

拝殿の後ろにある、本殿。
この神社は、合格祈願や商売繁盛でも、多くの人が来ている。 駐車場が広い。

10年12月29日 (2)

猫や絵馬は、ここだけでない。

10年12月29日 (11)

資料館。

10年12月29日 (9)

招き猫で、埋まっている。

10年12月29日 (4)

ここは、賀茂村と呼ばれた。
江戸時代の中頃、那賀川の洪水で不作が続いた。 田畑は狭いから、村人は苦しんだ。

庄屋の惣兵衛は、立ちあがった。
村を救うため、五反ほどの私有地を担保に、野上三左衛門という富豪に金を借りた。
村人は助かった。 笑顔が戻った。

惣兵衛の妻の名はお松。 子供のいないお松は、三毛猫を大事に飼っていた。

10年12月29日 (6)

病に伏していた惣兵衛のもとに、三左衛門(さんざえもん)が見舞いに来た。
その時、借りていた金を戻してしまった。
三左衛門は、借金の証文は持っていなかった。 明日にでも届けると言った。

しかし、三左衛門はただ者ではなかった。 証文は持って来なかった。
証文をもらいに行ったら、金はもらってない、とまで言い始めた。
さらに、金は戻してもらっていないからと、担保の土地までとってしまった。 

惣兵衛の体は、心配事が重なって重くなった。 そして、後のことを心配しながら死んだ。

妻のお松は、証文を返すよう三左衛門の所に行って、要求した。
三左衛門が応じるわけはなかった。 策略だった。

お松は、奉行所に訴えた。 奉行は、徳島藩の長谷川越前守。
しかし、この奉行に、腹黒い三左衛門から、袖の下が渡っていた。

お松は、あきらめなかった。 最後の手段に出た。
徳島藩の殿様に直訴した。 直訴は死罪と分かっていて。

お松の思いが叶えられることはなかった。 死罪になる。
三毛猫と共に、すぐ近くの、那賀川と加茂川の合流点の川原で、首をはねられた。
その場にいた役人には、お松の顔が菩薩に見えたと言う。 
役人は、仕事だからやってるだけ。 切りたいわけではない。 
念仏の唱和の声が上がり、その中で、お松は死んでいった。
貞享3年3月15日の、月夜の晩のことだった。  

10年12月29日 (7)

その後、三左衛門と長谷川奉行の家には、怪事が続けざまに起こる。
耳元で猫の悲鳴が聞こえたり、召し使いの女が猫に見えたり、行灯に照らされた障子に猫の影が映ったり。
この怪猫に悩まされ続けた両家は変死や病死が相次いだ。

奉行は失脚し、お家は断絶した。 三左衛門の家も同じ。

10年12月29日 (5)

死をもって不正を訴えたお松を偲び、村人たちはその墓所を義理権現と呼んだ。
そして、お参りするようになった。
義理権現が、今、お松大権現となっている。   

    ※ ここまでは、資料館の中の資料と、「日本文史 » 日本の伝説」のHPを参照。

なお、5反の畑の場所は、分かっており、表示されている。
また、長谷川奉行の跡地が残っており、そこにお松と猫を祀った神社がある。
場所は、県立近代美術館のそば。  ここに、詳しく。 ※ お松の話に、少し違う部分もあるが。

那賀川をはさんだ川向こうに、午尾(ごお)の滝があった。
バス停にバスが止まっていて、運転手さんに場所を聞いた。
ついておいでと言ったので、バスの後ろをついて行った。
曲がり角で停まって、あっちだよって、教えてくれた。

歩いて楽しい、田舎道。 天気もいい。

10年12月29日 (12)

棚田のような、ミカン畑。
※ この写真は、偏光フィルターを使った。 上は使っていない。 違いが出ますね。

10年12月29日 (20)

小さな谷の入り口。 陽だまりのように暖かい。

10年12月29日 (13)

滝に着いたんだが、どこだか直ぐには分からなかった。
左の下に見えてるのが、少しして気付いた。

10年12月29日 (14)


八幡神社から見下ろすと、こう。

10年12月29日 (19)

高さ30㍍。 馬の尻尾に似てるので、午尾の滝と言う。 午は馬のことですね。
雨が少ないから、水量も少ない。 サラサラと静かに流れ落ちていた。

10年12月29日 (17)

上の方。

10年12月29日 (16)

滝壺。 きれいな水だった。 泳いだらダメ、とあった。

10年12月29日 (18)

魚がいた。 ゆれる波に、似ている。

10年12月29日 (15)

この辺りは、風景がいい。 途中、那賀川に沈下橋があった。
暖かいから、花は元気。

10年12月29日 (21)

三左衛門と長谷川家を呪い殺したのは、庶民のように思いますね。
両家に、何かがあったら、それは、お松と三毛猫の祟りだと騒いだ。
昔の人々は信心深かった。 両家もそうだった。 それに苦しんで、おかしくなっていった。
庶民を敵にまわしたのが、致命傷になった。

お松は、強い女性だった。 権力と戦った彼女を、庶民は忘れなかった。
お松大権現として、今に残った。
そんな感じがします。

【道の駅】    鷲の里


【明日の予定】  山の上に寺がある。 そこかな。 ここは、小さな町、歩くか。

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【動画】
   午尾(ごお)の滝。   
 

   鷲の里へ。 ※ 動画の中で、上もこれも、名前を間違ってる。


 
 
今日は、山の中を歩く予定だったが、古い遍路道は壊れていた。
変更して、人形浄瑠璃を見ることにした。
写真が撮れることも、分かった。

阿波十郎兵衛(あわじゅうろうべえ)屋敷、というのがある。
人形浄瑠璃(にんぎょう じょうるり)が見られると言うので、向かった。

この屋敷は、板東十郎兵衛という人の屋敷跡。

10年12月28日 (1)

場所は、吉野川の河口の近く。


私は、浄瑠璃を見たことはない。 浄瑠璃が何だかも知らない。
1日2回公演があって、午前の部が、すぐに始まった。
冬の平日なので、客は少ない。  年末だし。

10年12月28日 (2)

傾城阿波の鳴門(けいせいあわのなると)「巡礼歌の段」というもの。
徳島でやる浄瑠璃の演目では、最も有名と言う。

ある家に娘が訪ねてきた。 そこから、話は始まる。

10年12月28日 (3)

※ ここで、「巡礼歌の段」のあらすじを。 阿波十郎兵衛屋敷のHPより。

   徳島藩のお家騒動に絡んで、阿波の十郎兵衛・お弓の夫婦は
  主君の盗まれた刀を詮議するため大阪玉造に盗賊銀十郎と名を
  変え住んでいる。
   そこへ巡礼姿の娘お鶴がはるばる徳島から父母を尋ねて来る。
  お弓は我が子と分かるが、そこで親子の名乗りをしたのでは、
  我が子にどんな災いが来るとも限らない。
   お弓は涙を飲んで別れる。
   名残惜しげに見送るのだが、ここで別れては今度いつ会える
  か分からぬと追いかける。

お弓は、この女性が誰だかは分からない。 それを聞く。
娘は、この演目のメインの台詞を言う。
「父(とと)さんの名は阿波の十郎兵衛、母(かか)さんの名はお弓(ゆみ)と申します」
そして、お弓は、飛びあがらんばかりに驚く。

10年12月28日 (4)

人形の表情が、何とも言えない。 心を読み取れる表情と言うか。

10年12月28日 (5)

人形浄瑠璃の原点は、東北のイタコが使う、オシラ神にあると言う。 オシラ様のことか。
イタコは、オシラ様に向かって話すことはあるようだ。 話して、オシラ様を踊らす。

※ 詳しくは分からないので、知りたい方は、ここを見てください

ととさん、かかさんに会いたいことを、伝える。

10年12月28日 (6)

お弓は、自分が母親とはいえないが、いろいろ心配する。

10年12月28日 (7)

写真に夢中になったこともあって、この場面の台詞を憶えていない。
この手紙が、何だったかです。 
お鶴が持ってる手紙を見る時が来るのだが、今日の場面ではないような・・・。

10年12月28日 (8)

一つの人形は3人で操る。
向かって右の人は、左手だけ。 真ん中の人は、両足。 左の人は、右手と頭。

あんまり優しいから、もしや自分の母親かも、と心の中で・・。

10年12月28日 (9)

別れる前に抱き合う。

10年12月28日 (10)

この後、別れることになる。 お弓は、追う。
人形が動いてるとか、そんなことは、全く考えなかった。 話しの世界に入っていた。

10年12月28日 (11)

終わった後、二人を撮らせてもらった。
お鶴の視線は私。 もう話は終わっているのに、お弓はお鶴をいたわってる姿勢だった。
私はこの時、お鶴がただの人形には見えなかった。 2人一緒の、いい写真を撮ってあげたいと思った。

10年12月28日 (12)

私はカメラを構えていたが、左の人に、たくさんの質問をした。
人形に演じさせることの魅力や、何年くらい修行したら、今日のように出来るのか、など。
写真のように、その人は、ていねいに答えてくれた。

それは、時間にして、5~6分でしょうか。
不思議なことが起きました。
お鶴は、私達の話を、じっと聞いていました。

後で、私は失敗したと思いました。 お鶴に質問すればよかったと。
質問は、これしかない。
「自分のお母さんかもしれないと、本当に思ったんですか」と。
これに、お鶴は答えることができます。
なぜかと言うと、今日のお話しの全ての声は、この左の人の声でした。 ※ 録音した声でしたが。

お鶴が、どんな表情で答えるかが見たかった。  

10年12月28日 (13)

今日の舞台は、この人達でつくっていた。 2人と6人。

10年12月28日 (14)

同じ舞台と思います。



ここは、「眉山(びざん)」という映画のロケに使われたそう。
その記念につくられた。

10年12月28日 (15)

庭。 知られた庭のよう。

10年12月28日 (16)

展示館があった。 義経の人形も。

10年12月28日 (17)

阿波の人形浄瑠璃は、人形を含めて、芸術の域に入っていますね。

10年12月28日 (18)

10年12月28日 (19)

人形の仕組み。

10年12月28日 (20)

この人は、人形師。 初代 天狗久と言って、今でも全ての人形師は、この人を追っている。

10年12月28日 (21)

人が演じないで、人形が演じる魅力は何でしょう。
命を吹き込まれた人形を見ていると、不思議な感じがしてくる。
今そこで、生きてるように見えてくる。 心も、感情も備えて。

話の内容も面白い。
この次見る時は、2回見る。 1回目は写真。 2回目は、写真を撮らないで。

【道の駅】    公房(くぼう)の郷なかがわ


【明日の予定】  この近くを、少しだけ。

【今日の歌】   風の桜衣  きち兵衛さん   ※ 由布姫の墓  絵島の住んだ家 



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土の柱と書いて、土柱。  ※ 土柱~どちゅう
日本には、ここだけ。
そうして、世界3大土柱だそう。 でも、こう言ってるのは、きっと日本だけ。

800年前に、「阿波の土柱」の記録がある。
ということは、土の柱が、風雨にさらされて、800年持ちこたえた。
これが不思議。
土柱の天辺の崖の縁に立ってみた。 崩れるのではと、不安だった。

場所は、阿波市。 


無料の駐車場があって、展望台まで10分かからなかった。
谷に入ったら、すぐの所に見えてきた。  途中の狭い駐車場から撮影。

10年12月27日 (2)

下の展望台から。 土の壁の感じ。
幅は、100mくらい。 高さは、20㍍くらいか。
そこに、土の柱が立っている。 約10㍍。

10年12月27日 (1)

少し高い展望台から。 ここの名前は、波濤嶽(はとうがたけ)。
他にも土柱はあったが、道が分からなかった。 他は小さい。

10年12月27日 (3)

阿波市の市街地は、すぐ下。

10年12月27日 (4)

土柱は、土と石が混ざっている。
ここは、はるか昔、吉野川の川底だった。 それが、隆起した。 だから、石ころがある。

生えている木は、しぶとい。 たまにの雨だけで生きている。 根の長さを見てみたい。

10年12月27日 (5)

土柱は、固い地層と軟らかい地層があるときだけ、出来ると言う。
軟らかい部分が、雨とかで削られて、固い部分が残る。 残ったのが、土柱。
こういう説明がどこにでもある。

でも、2つの地層が、どのような状態である時に土柱ができるのか、それが分からない。
固い地層が縦になっていないと、柱になって残らない。 そう思う。

10年12月27日 (6)

色んな形の土柱がある。 しかし、名前がついていない。
これがヒントになる。
100年間、土柱の形が変わらなかったら、きっと名前が付いた。
名前がないことを含めて考えると、土柱の形は、ゆっくりとだが変化してきた。

800年前の土柱はもっと前にあって、今は崩れた。
100年後の土柱は、今の土柱の後ろで、作られつつある。 そう思う。

10年12月27日 (7)

土柱の上に行く道がある。
右の方に、ミカンの木があった。 自然に育ったのか。

10年12月27日 (9)

このように、実がなっている。

10年12月27日 (8)

木の下に行ってみた。 雨宿りではない。 ミカンをもらうため。 右のを採った。

10年12月27日 (10)

サザンカの道を上る。

10年12月27日 (11)

柵はない。 子供を連れてくることはできない。
※ 山の奥ならこれでいいが、市街地の近くの観光地でこれなら、発展は望めないように思う。
  この場所のすぐ近くにホテルがあったが、今は閉鎖。
  
  風景と温泉だけで人を集めるのは、今は大変。 ※ 下に温泉がある。 ラドン温泉だけど、名前はランド温泉。
  あの十和田湖だって、多くの温泉ホテルが閉鎖。
  今の人気の場所は、町並みを意識した作りの、温泉街。 黒川温泉 銀山温泉   など。
  つまり、歩いて楽しい温泉街。

10年12月27日 (12)

たまには崩れるんでしょうね。 地震の時に多いかな。
近づくと不安。 真っ逆さまかどうかは、覗かないと分からない。

10年12月27日 (13)

上と下の展望台が見える。

10年12月27日 (14)

土柱が見える。 土柱は、確かに固い部分が残っているが、岩でないから、限界がある。
長持ちの秘密があった。 あるサイトにこう書いてあった。
それは、自然の中で、コンクリート化していると言う。

 ※ このサイトを、再度見ようとしたが、見つけられない。
 ※ 昨夜、動画をスムーズに見られるというソフトを、ダウンロードした。
   パソコンが、ごちゃごちゃになった。 昨夜から今日にかけて大変だった。 夕方、やっと元に戻せた。

10年12月27日 (15)

珍しいということで、国の天然記念物になっている。

10年12月27日 (17)

※ 下の写真は実験。 カメラは普通に撮影したら、下の写真にする。 少し暗い。 でも、画質はいいようだ。
  上の写真は、色がきれい。 でも、画質が甘いかな。 どっちがブログに向いてるか。 中間という考えも。
※ 今日(最近)の写真は、切れ味が弱いように感じる。 原因は何だろう。 気のせいかな。

IMG_1839pppp0099088.jpg

ロープを下に垂らして、それにつかまってなら、下りられると思った。
下りやすい所もありそう。

10年12月27日 (18)

ここを下りて来たんだが、少し上がった左が崖。
上の方の石段は、地面から飛び出ていた。 50㌢位の厚さで、土が消えていた。

10年12月27日 (19)

下の二つは、アメリカにある土柱。 高そうだ。

10年12月27日 (20)  10年12月27日 (21)

採ったミカンは、酸っぱかった。 少しだけ食べた。 その後は、見ただけで、唾が出る。

IMG_1861kkpppp998

土柱ではないが、キャニオンと呼ばれる土の壁が、青森県の日本海側の南部にあった。

キャニオン 

土柱の近くに寺がない。 寺は、この風景に魅力を感じなかったのか。
崩れるからダメか。 岩なら、道を作れるし洞窟も掘れる。

今後のためには、何かの魅力をプラスする。 何でしょう。
安全に近づくことのできる、道でしょうか。
山の上の使わない建物は取り壊して、観音堂でも建てるか。
何か方法はありそうです。

日本にはここにしかない、珍しいもの。
いい形で見せられるといいですね。

【道の駅】   どなり


【明日の予定】  この近くで、探したい。 情報誌にない物。

※ キャンピングカーで放浪の旅」は、こちらです
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【ランキング】  国内旅行は5位、 旅行全体で11位です。  放浪の旅は53位です。  
          
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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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