雪は時々は降ったが、道は走れる。
平戸島の北部に、田助(たすけ)港がある。 何かありそうなので、行ってみた。
明日は雪は降らない。
本土最西端の、志々岐山(しじきさん)に登る。 九州百名山の1つ。 1時間半くらいか、頂上まで。
そんなことで、今は、平戸島の南端に。
※ ※ ※ ※
下の地図は、平戸市の田助港の位置。
田助港は、小さな湾で、向こうが湾の出口。 出口に小さな島が見える。
平戸港の副港として発展したとある。 高杉晋作達が、来たとも。
港のそばに、浜尾神社。 いろいろ書いたものが。
ハイヤ節発祥の地とある。
※ ハイヤ節の発祥は、天草諸島の南端の牛深も名乗っている。
しかし、どちらも根拠は持っていない。
2ヶ所で名乗っているので、熊本や長崎の島が、ハイヤ節の発祥なのかなと思う。
ハイヤ節が、佐渡おけさのルーツということは、大丈夫のよう。
面白いのは、こっち。 田助に、長州の高杉晋作たちが密談のために来たと云う。
西郷隆盛が来たと云うことは、薩長連合と関係あることになる。
※ 上には書いてないが、集まったとすれば、1865年のよう。 薩長連合が成立する前年。
坂本龍馬も来ているかもしれない、となっている。
※ 田助に集まったと云うネット上の記事は、地元の記事しか見つからない。
言い伝えであって、歴史的な証拠は見つかっていないよう。
しかし、地元の調査を読むと、田助に集まったことは、高い可能性であったように思う。
坂本龍馬もきっと来ている。 彼がいたから、話は進んだ。
最初の写真に、湾の出口に小さな島が写っている。 ハゲ島だそう。
その島に渡っても、密談したと伝わっているという。
平戸島に来て、更に島に渡ると云うのは、用心の上に用心を重ねたことになる。
九州本土は、関所とかあるから危険。
移動する時、人に会わないために、船で移動したのかも知れない。
もしかして、田助は、薩長連合の重要な舞台の可能性がある。
天桂寺に向かっている。
昨日のブログに、肉弾三勇志のことを書いた。 一人が平戸出身と。
その人の名前は、作江伊之助で、田助の出身だと云う。 墓が、天桂寺に。
山頭火も、ここに来ていた。 伊之助のことを、詠んでいた。
「 弔旗へんぽんとしてうらゝか 」
※ へんぽんは、翩翻と書いて、旗などが風にゆれ動くようす。
これは、昨日亀岡公園で見た。 この寺で詠んだものではないが。
墓があることになっているが、見つけられなかった。
田助には、少しだけ、昔の町並みが残ってた。
古い家です。

明治に建て替える前の家も、これと同じとある。
この家を含め、何ヶ所かで、密談は行われていたよう。
※ 薩摩はなぜ、長州と組むことになるのか。 そして、幕府に逆らうのか。
何か、恨みでもあるのか、となりますね。
そう言えば、思い出したことがある。 愛知県に行った時。 こんな内容。
幕府は宝暦治水と呼ばれる治水工事を薩摩藩に命じた。 ※ 木曽川の工事だったと思う。
この工事は幕府役人の執拗な嫌がらせがあって、多くの薩摩藩士が自害。 担当奉行も自害。
倒幕は仇討だったかも知れない。 ※ 恨みは、他にもあったようだが。
この家も、古い。
神社にあった碑は、以前は、ここにあったとある。
色々書いてあるが、どれもはっきりしない。
急に、これを見つけた。 作江伊之助の顕彰碑。 階段を上っていく。
こういう物を作ることによって、後に続く者を生み出すのか。
田助は発展から取り残されなかったから、ある程度家の建て替えが進んだ。
初めて見るのかな。
上神崎教会。 塔が2つあるので、双塔と云うようです。
ルルド。
いい表情ですね。
この地に着いた時の喜びとある。
ここの人達は、大村と出津(しつ)から来たとある。
出津は、長崎の近くに夕陽が丘そとめ、という道の駅がある。 その近く。
向こうが、平戸市街地。 橋が、少し見える。

平戸島の北の端の温泉。 田の浦温泉。
地図では、この場所。
大きな像があると云うので、探している。
あそこに見えるよって、海岸の清掃をしている人が、教えてくれた。
分かりますね。 空海の像だと云う。
山の上にあった。 石像の高さ7㍍。 台座を入れると、16㍍。
日本一の規模と、パンフレットにある。 ※ 千葉県に、高さ31㍍の石仏がある。
空海がここから唐に行ったので、これを作った。
全体の美しさ、それに表情、どちらも、ウ~って言いたくなる。
別の所から。
山の上から。 いい風景です。
島の南に行く途中、小さな教会が。 中野教会。
山の下は、こんな風景。
志々伎山です。 九州百名山。 本土最西端。 岩の山。
田助のことがはっきりするといいですね。
地元だけでなく、第3者が認める形になるのがいい。
そして、薩長同盟とかを調べた時、Wikipediaに載るようになると、完璧。
【その他】 ダルビッシュの魅力
ダルビッシュは、レンジャーズの移籍が決まりましたね。
彼は、時々、面白いことを言うので、それを少し載せます。
① 「メジャーに行く理由をまだ球団の人にも言っていません。ファイターズのファンの前で言いたいので、しっかり聞いてください」 (札幌ドームで)
○ ダルビッシュは、このようにファンに最初に報告することが多い。 大事にしている証拠かな。
球団はそれで、怒る訳ではない。
② 「日本人の選手の評価がすごく低くなっていて、日本の野球が下に見られているのが、すごく嫌だった」
「世界中の誰もに“No.1のピッチャーはダルビッシュだ”と言ってもらえるようになりたい」
「きっちり頑張って、最終的にここに戻ってこられたらうれしい」 (札幌ドームで)
○ ファンに話した要旨です。
③ 「何で俺だけ悪いみたいなってんねん」
○ 離婚のことで、紗栄子が色々言った。 それを聞いて、言った。
ダルビッシュは、これ以上言わなかった。 ごたごたにはならなかった。
今後も、2人の子供には会える。 今回、紗栄子から励ましの言葉もあった。
※ 相手が女性の場合、何でも言ってしまうと、火に油を注ぐことになるんですね。 言わない方がいい。
ダルビッシュは、そのことを知っていた。 かしこい。 (こんなこと書いて大丈夫か)
④ 「他人と比較しても良い事はほとんどない。こんな事書く時間があるなら自分が成長するための時間に使って欲しい。
○ プロになった頃、パチンコ屋でタバコを吸った。 あの男が、数年で変身した。
下のは、過去のブログで書いたものです。
【今日の歌】 今日も、夏川りみ です。 彼女の歌うのがいい。
この子は、どんな風に成長したでしょうね。
この動画は、放送局からクレームがつかないために、残っている。
【停泊場所】 志々伎山に近い、道のパーキング
【明日の予定】 志々伎山へ
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行は5位、 旅行全体で10位です。
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平戸島の北部に、田助(たすけ)港がある。 何かありそうなので、行ってみた。
明日は雪は降らない。
本土最西端の、志々岐山(しじきさん)に登る。 九州百名山の1つ。 1時間半くらいか、頂上まで。
そんなことで、今は、平戸島の南端に。
※ ※ ※ ※
下の地図は、平戸市の田助港の位置。
田助港は、小さな湾で、向こうが湾の出口。 出口に小さな島が見える。

平戸港の副港として発展したとある。 高杉晋作達が、来たとも。

港のそばに、浜尾神社。 いろいろ書いたものが。

ハイヤ節発祥の地とある。

※ ハイヤ節の発祥は、天草諸島の南端の牛深も名乗っている。
しかし、どちらも根拠は持っていない。
2ヶ所で名乗っているので、熊本や長崎の島が、ハイヤ節の発祥なのかなと思う。
ハイヤ節が、佐渡おけさのルーツということは、大丈夫のよう。

面白いのは、こっち。 田助に、長州の高杉晋作たちが密談のために来たと云う。

西郷隆盛が来たと云うことは、薩長連合と関係あることになる。

※ 上には書いてないが、集まったとすれば、1865年のよう。 薩長連合が成立する前年。
坂本龍馬も来ているかもしれない、となっている。
※ 田助に集まったと云うネット上の記事は、地元の記事しか見つからない。
言い伝えであって、歴史的な証拠は見つかっていないよう。
しかし、地元の調査を読むと、田助に集まったことは、高い可能性であったように思う。
坂本龍馬もきっと来ている。 彼がいたから、話は進んだ。
最初の写真に、湾の出口に小さな島が写っている。 ハゲ島だそう。
その島に渡っても、密談したと伝わっているという。
平戸島に来て、更に島に渡ると云うのは、用心の上に用心を重ねたことになる。
九州本土は、関所とかあるから危険。
移動する時、人に会わないために、船で移動したのかも知れない。
もしかして、田助は、薩長連合の重要な舞台の可能性がある。
天桂寺に向かっている。
昨日のブログに、肉弾三勇志のことを書いた。 一人が平戸出身と。
その人の名前は、作江伊之助で、田助の出身だと云う。 墓が、天桂寺に。

山頭火も、ここに来ていた。 伊之助のことを、詠んでいた。
「 弔旗へんぽんとしてうらゝか 」
※ へんぽんは、翩翻と書いて、旗などが風にゆれ動くようす。

これは、昨日亀岡公園で見た。 この寺で詠んだものではないが。

墓があることになっているが、見つけられなかった。
田助には、少しだけ、昔の町並みが残ってた。

古い家です。

明治に建て替える前の家も、これと同じとある。
この家を含め、何ヶ所かで、密談は行われていたよう。

※ 薩摩はなぜ、長州と組むことになるのか。 そして、幕府に逆らうのか。
何か、恨みでもあるのか、となりますね。
そう言えば、思い出したことがある。 愛知県に行った時。 こんな内容。
幕府は宝暦治水と呼ばれる治水工事を薩摩藩に命じた。 ※ 木曽川の工事だったと思う。
この工事は幕府役人の執拗な嫌がらせがあって、多くの薩摩藩士が自害。 担当奉行も自害。
倒幕は仇討だったかも知れない。 ※ 恨みは、他にもあったようだが。
この家も、古い。

神社にあった碑は、以前は、ここにあったとある。
色々書いてあるが、どれもはっきりしない。

急に、これを見つけた。 作江伊之助の顕彰碑。 階段を上っていく。

こういう物を作ることによって、後に続く者を生み出すのか。

田助は発展から取り残されなかったから、ある程度家の建て替えが進んだ。

初めて見るのかな。

上神崎教会。 塔が2つあるので、双塔と云うようです。

ルルド。

いい表情ですね。


この地に着いた時の喜びとある。

ここの人達は、大村と出津(しつ)から来たとある。
出津は、長崎の近くに夕陽が丘そとめ、という道の駅がある。 その近く。

向こうが、平戸市街地。 橋が、少し見える。

平戸島の北の端の温泉。 田の浦温泉。

地図では、この場所。

大きな像があると云うので、探している。
あそこに見えるよって、海岸の清掃をしている人が、教えてくれた。

分かりますね。 空海の像だと云う。

山の上にあった。 石像の高さ7㍍。 台座を入れると、16㍍。
日本一の規模と、パンフレットにある。 ※ 千葉県に、高さ31㍍の石仏がある。

空海がここから唐に行ったので、これを作った。
全体の美しさ、それに表情、どちらも、ウ~って言いたくなる。

別の所から。

山の上から。 いい風景です。

島の南に行く途中、小さな教会が。 中野教会。

山の下は、こんな風景。

志々伎山です。 九州百名山。 本土最西端。 岩の山。

田助のことがはっきりするといいですね。
地元だけでなく、第3者が認める形になるのがいい。
そして、薩長同盟とかを調べた時、Wikipediaに載るようになると、完璧。
【その他】 ダルビッシュの魅力
ダルビッシュは、レンジャーズの移籍が決まりましたね。
彼は、時々、面白いことを言うので、それを少し載せます。
① 「メジャーに行く理由をまだ球団の人にも言っていません。ファイターズのファンの前で言いたいので、しっかり聞いてください」 (札幌ドームで)
○ ダルビッシュは、このようにファンに最初に報告することが多い。 大事にしている証拠かな。
球団はそれで、怒る訳ではない。
② 「日本人の選手の評価がすごく低くなっていて、日本の野球が下に見られているのが、すごく嫌だった」
「世界中の誰もに“No.1のピッチャーはダルビッシュだ”と言ってもらえるようになりたい」
「きっちり頑張って、最終的にここに戻ってこられたらうれしい」 (札幌ドームで)
○ ファンに話した要旨です。
③ 「何で俺だけ悪いみたいなってんねん」
○ 離婚のことで、紗栄子が色々言った。 それを聞いて、言った。
ダルビッシュは、これ以上言わなかった。 ごたごたにはならなかった。
今後も、2人の子供には会える。 今回、紗栄子から励ましの言葉もあった。
※ 相手が女性の場合、何でも言ってしまうと、火に油を注ぐことになるんですね。 言わない方がいい。
ダルビッシュは、そのことを知っていた。 かしこい。 (こんなこと書いて大丈夫か)
④ 「他人と比較しても良い事はほとんどない。こんな事書く時間があるなら自分が成長するための時間に使って欲しい。
○ プロになった頃、パチンコ屋でタバコを吸った。 あの男が、数年で変身した。
下のは、過去のブログで書いたものです。



【今日の歌】 今日も、夏川りみ です。 彼女の歌うのがいい。
この子は、どんな風に成長したでしょうね。
この動画は、放送局からクレームがつかないために、残っている。
【停泊場所】 志々伎山に近い、道のパーキング
【明日の予定】 志々伎山へ
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)

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