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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

舞鶴は、満州など、大陸からの引揚者を迎え入れた。
その数、約66万人。  ※ 遺骨の数、1万6千。
 ※ 終戦時、海外に残された日本人は、その10倍の約660万人。

引き揚げのスタートは、昭和20年10月。 最後は、昭和33年9月。
13年間に及んだ。 使った船は、57隻。

中国の東北部の満州にいた日本人は、約170万人。
よその国の土地を奪って、そこに住むことに、なんの疑問も持たないで、行ったんだろうか。
例えそれが、国策だとしても。
    ※    ※    ※    ※

引揚記念館は、湾の右端。 道の駅は、左下。 舞鶴港からは、北海道へのフェリーが出ている。

12年5月30日 (1)

広く、引揚記念公園になっている。

12年5月30日 (2)

建物の壁にあった文。 こんなのを読むと、記念館の姿勢が分かる。

12年5月30日 (3)

入館料は300円。 ※ 赤レンガ博物館と合わせて、400円。

入ってすぐ、昭和の戦争をどう表記しているかを調べた。
すると、第二次世界大戦、太平洋戦争、という表現だった。
まともだなと感じた。 もし、大東亜戦争だったら、この資料館を見る価値はなくなる。
※ 大東亜戦争と言ってる所は、基本的に戦争を美化している。 
  知覧特攻平和会館など、そういう所が多い。

よその国の中に、満州国を作った。 傀儡(かいらい)政権と云われる国。

12年5月30日 (4)

追い出された中国の人たちは、どこに行ったんだろう。
写真の人達は、他の国に来ているという罪悪感は、なかったんだろうか。

12年5月30日 (5)

下の手紙は、旧ソ連の捕虜になった人達の手紙。 厳しい検閲を通っている。

12年5月30日 (6)   12年5月30日 (7)

捕虜は、給料を払わないで働かせることが出来る。 それが目的。
北海道の鉄道を、囚人や朝鮮人に作らせたのと同じ。

12年5月30日 (8)

満足な食料はない。 冬は、極寒。

12年5月30日 (9)   12年5月30日 (10)

上の作業現場は、ウルガル付近とあったので、大体下の地図の印の辺り。 アムール河の流域になる。
北海道より、かなり緯度が高いので、冬にマイナス30度は当たり前。



記念館の中。 一部を除いて、写真はOK。

12年5月30日 (11)

シベリアに抑留された人の数は、約107万人。 実質的に亡くなったのは、約34万人。 3分の1は死んだ。
※ 日本の全体の死者は、約310万人。  (ちなみに、ソ連は2000万人を越えている。) ※ 数字は、Wikipedia等。
※ 東日本大震災でも多くの人が亡くなった。 でも、戦争での死者数は、桁(けた)が違ってくる。
※ 戦争の責任があやふや。 不思議なこと。

捕虜の服装。

12年5月30日 (12)

引揚港は、10港だったとある。

12年5月30日 (13)

引揚船。

12年5月30日 (14)

桟橋。 船から上陸して来た。 先頭の人は、遺骨を抱えている。

12年5月30日 (15)

やっと戻ってきた。

12年5月30日 (16)

舞鶴には、満州からが多い。

12年5月30日 (17)

舞鶴には、2つの港があった。

12年5月30日 (18)

高砂丸。 30回行き来し、55000人を運んだ。

12年5月30日 (19)

いつ戻って来るかの情報は、きっと分からない。 待ち続けて、やっと会えるのか。

12年5月30日 (20)

この建物は、舞鶴引揚援護局。 引揚者の面倒を見た。 行く当てのない人だっている。

12年5月30日 (21)

上陸の様子。

12年5月30日 (22)   12年5月30日 (23)

地元の人たちは、温かく迎えた。 どこに向かっているんだろう。

12年5月30日 (24)

岸壁の母のモデルの端野いせさんと、その息子。 息子さんは亡くなった。 でも待ち続けた。

12年5月30日 (25)

12年5月30日 (26)   12年5月30日 (27)

思い出して描いた絵。 船に乗るため、港を目指して何日も歩く。

12年5月30日 (28)

※ 途中で子供を中国人に預けることがあった。 子供は、後に残留孤児と呼ばれた。
  預ける時、親はどんなことを考え、どんな心境だったかが知りたい。
  また、中国人は、どんな思いで預かったのか。

こんな絵も。

12年5月30日 (29)   12年5月30日 (30)

引揚船の中。 船底で寝る。

12年5月30日 (31)

ころ島港とある。 ここから出る船が多かった。 4~5日で舞鶴に。
大連は近い。  203高地の旅順も。

12年5月30日 (32)

地図ではこう。

12年5月30日 (33)

下のような文があった。 しわ寄せは、弱い物にとあると。
※ こんな文を展示すると、文句をいう組織や人物が、まだ日本には多い。
  展示の内容で、舞鶴引揚記念館の姿勢が分かる。

12年5月30日 (34)

こんな写真も。 男の子は、お腹を空かしている。

12年5月30日 (35)   12年5月30日 (36)

船の上での食事。

12年5月30日 (37)

食べる物が無くなったらお終い、とある。

12年5月30日 (38)

上の思いで、ちばてつやが描いた。

12年5月30日 (39)

漫画家が、こんなに満州にいた。

12年5月30日 (40)

公園の小高い丘の上に行ってみた。

12年5月30日 (41)

石碑とかがあった。

12年5月30日 (45)

歌碑。 後ろの山は、昨日登った青葉山。

12年5月30日 (42)

像もあった。

12年5月30日 (43)

奥の右が、湾の出口。

12年5月30日 (44)

以前、同じ職場に、赤ちゃんの時に満州から引き揚げてきたんですよ、という女性がいた。
母親に感謝だねって、話したことがある。 山形出身の人。
 ※ 以前、息子さんの目のことで、ブログに登場したことがある。
   この人から、ビタミンの役割とかを初めて学んだ。 
   健康に関心を持った、スタート。
   子供の心を、どうつかむかなども、学んだ。

今日の話は、たった60数年前の出来事ですね。


【今日の歌】
ミュージカル「異国の丘」 画面をクリックすると、YouTubeに行きます。 ※ 貼り付けられない。

ikokunooka5465.jpg

シベリアに抑留されている人達の中で生まれた歌。 作曲は吉田正。 彼も、シベリアにいた。
この曲は、軍歌とは別と考えていいですね。



岸壁の母を最初に歌った人。



大連には、多くの日本人がいた。 今の大連は、大都会。 大陸の匂いがする、不思議なメロディ。



【道の駅】   舞鶴港とれとれセンター

【明日の予定】  赤レンガ博物館を見る。 その後、亀岡へ。

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青葉山は霞んでいる。 ガスっぽい天気。
登るかどうか迷った。
弁当も作ったし、天気だって変わるかもしれない。

予想通り天気は変わった。 でも、いい方には変わらなかった。
下山後、激しい土砂降りになった。 登山道が、小川になるほどの。
    ※    ※    ※    ※

青葉山は、高浜町と舞鶴市との境にある。 頂上は、高浜町。



この天気です。 昨日とは違う。

12年5月29日 (1)

青葉山青少年旅行村の駐車場。 頂上は見えていない。 登山口まで、5分ほど歩く。
私より少し先に、名古屋から来たという7人のグループが出発している。

12年5月29日 (2)

登山口。

12年5月29日 (3)

頂上の高さは、693㍍。 東峰。 西峰もあって、1㍍低い692㍍。
 ※ 頂上が耳のように2つあるので、双耳峰という山。 由布岳もそうだった。
1時間半で着きそう。

12年5月29日 (4)

山の下は、昔は棚田か段畑があったよう。 今は、木が植えられている。

12年5月29日 (5)

人気のある山は、登山道が整備されている。
小雨が降り出して来た。 傘をさしている。

12年5月29日 (6)

青葉神社が、山の頂上。 高い方の東峰。

12年5月29日 (7)

隙間から下界が見えた。 
いつもそうだけの、見えた時に撮っておくことにしている。 この後、見えないかも知れないので。

12年5月29日 (8)

名古屋からの人達が、見えた。 みんな傘をさしている。 
 ※ 風が強いと、傘は使えない。 そうなったら、戻るけど。

12年5月29日 (9)

シャガの花。 アヤメの仲間。  右は、分からない。

12年5月29日 (10)   12年5月29日 (11)

登山道が深く掘れている。 青葉さんは信仰の山。 昔から人は登った。

12年5月29日 (12)

展望台に着いた。 みんな一休み。 霧の中。

12年5月29日 (13)

頂上まで、1㌔程。

12年5月29日 (14)

下は、何も見えない。 山の楽しみが、一つ消えた。

12年5月29日 (15)

ちょっと歩くと、金比羅大権現。 名古屋の人達より、先に出ている。

12年5月29日 (16)

12年5月29日 (17)

歩きやすい道。 この頃、小雨は止んだ。

12年5月29日 (18)

登りが続く。

12年5月29日 (19)

あとちょっと。
この時、ハトのような鳴き声が聞こえた。 
ポッポッポッ、のように鳴いた。
キジバト(ヤマバト)は、デデッポッポーって鳴くが、それとは違う。
※ 晩に調べたが、分からなかった。

12年5月29日 (20)

左に、大きな岩がある。 ここが馬ノ背でしょうか。 奥に、薄っすらと頂上が見えた。

12年5月29日 (21)

岩に登って、足元はこう。 左奥から登ってきた。

12年5月29日 (22)

下の風景が見えることになっているが、何も見えない。
でも、雨にぬれた新緑は、いっそう美しい。

12年5月29日 (23)

登り始めたら、すぐに頂上に着いた。 頂上の場所に、青葉神社。
下にベンチがある。 後で、食事はここでする。

12年5月29日 (24)

12年5月29日 (25)

ここから、下が見渡せるのだろうか。

12年5月29日 (26)

神社の裏に、頂上の標識。 693㍍。

12年5月29日 (27)

名古屋からの人達が着いた。

12年5月29日 (28)

名古屋の人達は、今度50人程で、この山に来るそう。 今回は、下見で来た。
この後、みんなで食事。 賑やか。

12年5月29日 (29)

名古屋にいたら、ここまで来なくても、山はいくらでもあるんでない、って私は聞いた。
みんな登ってしまったので、この青葉山になったと、言った。

名古屋の人達は、西峰に行く予定だったようだが、行かないことにした。
天気のこととかがあって。
私も止めた。 きっと景色が見えないから。

20分程食事をして、下山開始。 私は一番後ろを歩く。

12年5月29日 (30)

みんな元気。 北海道の山を登った人もいる。

12年5月29日 (31)

金比羅大権現。 休まないで、すぐに下る。

12年5月29日 (32)

私の後ろに、5人いる。 
みんな、ワラビを探しながら歩いている。 ミツバを採ってる人も。
 ※ ワラビの煮物は美味しい。 居酒屋でおでんに入っていたら、いつも注文する。
   味噌汁に、ミツバが散らばっていると、香りがいい。 自然のは、香りが強い。

12年5月29日 (33)

雲行きが怪しくなって、遠くで雷が鳴り出した。 みんな急いで下山。
駐車場に着いた頃、雨が降り出した。

12年5月29日 (34)

重要文化財の中山寺を見る予定だったが、写真を1枚撮ってお終い。
雨が強くなってきた。

12年5月29日 (35)

この後、名古屋の人達とお別れ。 舞鶴に向かった。
途中で、スーパーで買い物。
買い物が終わって車に戻ろうとしたら、土砂降り。  車に行けない。
駐車場は、川のように水が流れている。 5秒外にいたら、ずぶぬれ。 そんな雨。
止むのを待った。

今日の青葉山は、上からの景色が見られませんでした。
でも、名古屋からの人達と話せたので、退屈はしませんでした。
いい一日でした。


【今日の歌】
学生時代。 作詞作曲は、平岡 精二と云う人。 ペギー葉山の1964年のヒット曲。
2人とも、青山学院大学出身。

下の編曲が、一番好き。 あるアルバムの中にある。



1番の歌詞に、秋の日の図書館の・・、というのがある。
上の動画の写真が、その図書館。 間島記念館という建物。 現在は、資料館。  青山学院大にある。

1番の歌詞の出だしの、ツタのからまるチャペルは、写真の左の建物。
ベリーホールと云う建物。 ※ 上の建物もこれも、国登録有形文化財。
祈りをささげた場所は、ベリーホールの中にある、チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂。 写真右。

 ※ 設計は、J.H.ヴォーゲルと云う人。
   この人は、ヴォーリズ建築事務所の中心メンバーだった人。 米国人。
   ヴォーリズは、ブログで何度か紹介。 最北の建物は、北海道北見にあるピアソン記念館
   近江八幡にも、ヴォーリズの設計した建物があった。

beri-ho-ru654566.jpg   reihaidou6758.jpg

この編曲が基本。 テンポが速い。



誰が歌っているか分からないが、いい。 
プロかどうか、分からない。 もう少しすっぱい感じなら、本田路津子。
もしかして、サザンの原由子。 桑田佳祐の奥さま。 彼女の歌を色々聴いてみたが、確認出来ない。



女性には誰にも、今日の歌のような学生時代があった。
誰もが、そこから少しずつ遠ざかって、歳を重ねていく。
この歌を聴くと、そのことを感じさせてくれるかな。

【道の駅】     舞鶴港とれとれセンター



【明日の予定】   岸壁の母の舞台を調べてみます。
          戦後満州から多くの人たちが引き揚げました。
          その中心の港が、ここ、舞鶴港です。
          見晴らしのいい所にも、行きたい。 登りたい。
          31日に、亀岡に戻ります。

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小さな景勝地があったので見た。
その後、大飯原発に行ったが、入り口で通行止め。
近くの家は、全て立派。 原発御殿(?)
山陰の漁村の風景ではなかった。

高浜町もおおい町も、合併はしない。
合併したら、原発マネーは、散らばってしまう。
2つの町の両側には、舞鶴市と小浜市。
2つの市に、原発はない。
でも、原発のリスクだけは、2つの町と、さほど変わらない。

今、なぜ、大飯原発なのか。 それが今日分かった。

小浜市の三丁町のブログで、山川登美子を紹介した。
彼女は結婚したが、自分が決めた人ではなかった。
今日は、こんなのを歌った歌を2曲紹介。
    ※    ※    ※    ※

若狭本郷駅。 近くに小浜ラーメンの店があるので寄ったが、閉店していた。
見える機関車は、義経号のレプリカ。 国鉄が、アメリカから輸入して使った。

12年5月28日 (1)

港を少し散歩。 見える橋は、青戸の大橋。 
橋を渡って10㌔程走ると、大飯原発。 今、騒がれている。 後で行く。

12年5月28日 (2)

近くにある、城山公園。

12年5月28日 (3)

場所は、下の地図の左。 右上に、大飯原発。 真ん中に、今いる道の駅。

ooigennpatu.jpg

岩に穴があいた風景。 明鏡洞。

12年5月28日 (4)

名勝、高浜八穴とある。 公園になっている。

12年5月28日 (5)

左の方の小高い山。 昔、高浜城があった。

12年5月28日 (6)

遊歩道から。 直ぐ前の下に、明鏡洞がある。

12年5月28日 (7)

展望台があった。

12年5月28日 (8)

遠くに、青戸の大橋が見えている。

12年5月28日 (9)

DSCF5768mnkii.jpg

見える半島の先に、大飯原発はある。

12年5月28日 (10)

12年5月28日 (11)

岩と松がある景勝地。

12年5月28日 (12)

海岸に下りた。 遠くに、青葉山。 

12年5月28日 (13)

小さな島。 真ん中に、トンネルがあった。

12年5月28日 (14)

西側に来た。

12年5月28日 (15)

再び青葉山。 美しい。 これを見て、登ってみようかなと思った。 人気があるそう。

12年5月28日 (16)

伴 信友と云う人の歌。 江戸時代の国学者。 地元の人。
ここは、江戸時代から景勝地地として知られていた。

12年5月28日 (17)

大飯原発に向かった。 資料館もあるので、それを見れたらいいなと。
  ※ 道の心配は全く要らない。 原発の町の道は、どこも完璧。
どうして今、大飯原発が騒がれるのか、それが知りたかった。
でも、今日は休みだった。 月曜日。

12年5月28日 (18)

トンネルが見えるが、抜けたら大飯原発。 近い。
ガードマンがいる。 そこまで行って、戻ってきた。

12年5月28日 (20)

12年5月28日 (19)

下の浜に下りた。

12年5月28日 (21)

山の向こうが大飯原発。

12年5月28日 (22)

他の漁村と、家並みが違った。
どのようにお金が降りてくるのか、その仕組みは分からないが、どの家も御殿。
まるで、原発御殿。 貧しそうな家はない。

直ぐ近くの丹後半島の集落は、全く違う。
例えば伊根の町並みは、開発から取り残されるように、昔からの家が佇んでいる。

12年5月28日 (23)

箱モノと云われる物の、お金のかけ方が違った。

12年5月28日 (24)

なぜ大飯原発なのかは、調べて分かった。
他の原発と比べて新しいため、安全性が高いと判断された。 再稼働するなら、大飯原発しかないと。

原発で潤っているおおい町や高浜町は、今後大変な時代がやって来る。
原発マネーで生きてきたから、自立して生きる術(すべ)を持っていない。
箱モノの維持に大きなお金がかかる。

今まで合併しないで、恩恵を一人占めして来たから、舞鶴市や小浜市と合併しようとしても、今更何だと云われる。

国が、再稼働を地元の自治体に判断させようとしていることに、問題があるかもしれない。
もし再稼働させるにしても、期間限定にしてもらいたい。
原発ゼロへのつなぎとして。

【今日の歌】
心を隠して、望まぬ結婚をする人って、どれだけいるのでしょう。
ジュリー・ロジャースは、1943年ロンドン生まれの女性ポップシンガー。 当時21歳。



※ 下の歌詞は、英語の歌詞を忠実に訳したものです。

白く輝く 花嫁衣裳に
心を隠した 美しいその姿
その目に溢れる 一筋の涙を
私は知っている アヴェ・マリア

祭壇の前に立ち 偽りの愛を誓い
十字架に口づけして 神の許しを願う
その目に溢れる 一筋の涙を
私は知っている アヴェ・マリア
アヴェ・マリア アヴェ・マリア
アヴェ・マリア



島倉千代子のこの世の花。 私が小学生の頃流行った。
うえと同じような内容を歌っている。



1 あかく咲く花 青い花
  この世に咲く花数々あれど
  涙にぬれてつぼみのままに
  散るは乙女の初恋の花

 想う人には嫁がれず
  想わぬ人の言うまま気まま
  悲しさこらえ 笑顔を見せて
  散るもいじらし 初恋の花

3 君のみ胸に黒髪を
  うずめた楽し 想い出月夜
  よろこび去りて涙は残る
  夢は返らぬ初恋の花

※ 2番の歌詞に、笑顔を見せてとある。
  かぐや姫の、僕の胸でおやすみ、の歌詞を思い出す。
  「きみの笑顔の向こうにある悲しみは・・・」

【道の駅】  シーサイド高浜

【明日の予定】  若狭では一番の名峰、青葉山に登ります。

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日本海と京都を結ぶ道が、鯖街道。
その最短ルートが、今日歩いた道。
山越えの道は、今はもう使われていないが、登山道とは違う歩きやすい道だった。
    ※    ※    ※    ※

川は、遠敷川(おにゅうがわ)。 難しい読み方。 橋の上から撮影。
鵜の瀬公園の中にいる。

12年5月27日 (5)

資料館等がある。

12年5月27日 (4)

この人が、東西時を開山した。 ※ 初代別当。 別当は、住職の感じ。 今の人は、220世。
毎年、東大寺二月堂で『お水送り』の行事があるが、水はここ遠敷(おにゅう)川の水が使われる。

12年5月27日 (3)

鯖(さば)街道の説明があった。 最短路とある。

12年5月27日 (1)

道は、真っ直ぐ南下している。

12年5月27日 (2)

この場所は、上根来(かみねごり)集落。 何軒かの家を通り過ぎている。 ここまで、動画を撮った。

12年5月27日 (6)

集落を過ぎたら、峠に入る。

12年5月27日 (7)

うすい茶色の道が、鯖街道。 黒っぽい道は、林道。 時計と反対回りに歩く。
「さかじり」に、車を置いた。

12年5月27日 (8)

林道と鯖街道が一緒の道を、少し歩く。

12年5月27日 (10)

上の写真の右側。 大きな沢が、2つに分かれている。 その間の山を登って行く。

12年5月27日 (9)

道が分かれて、鯖街道は峠に入って行く。

12年5月27日 (11)

予想していたので、対策はしてある。 ※ 鈴と撃退スプレー。

12年5月27日 (12)

道は、ずっと歩きやすい。 快適。 誰にも、会わない。

12年5月27日 (13)

道は、ずっと登り続ける。 登山。

12年5月27日 (14)

今日は天気が良く、暑い。
周りを注意を払いながら歩く。 熊のこと。

12年5月27日 (15)

道は時々このように。
通り道が深く掘れたら、新しい道になっていた。 雨が降ったら、水が流れるからか。

12年5月27日 (16)

高くなってきたので、周りが見えるようになってきた。

12年5月27日 (17)

京都まで70㌔程を、本当に1日で歩けたんだろうか。
2日間でなら、私も歩けるかなと思うけど。 昔は草履(ぞうり)で歩いた。 大変。

12年5月27日 (18)

右の方に、谷はある。

12年5月27日 (19)

馬ノ背のような所を歩いている。 石仏など、昔の面影を探したが、見つからない。

12年5月27日 (20)

上に林道が見えた。

12年5月27日 (21)

ここからしばらくは、鯖街道の上に、林道をつくった。

12年5月27日 (22)

上根来地区が見えた。

12年5月27日 (23)

右下の、私の車もある。

12年5月27日 (24)

林道をどこまでも行くと、おにゅう峠を越える。

12年5月27日 (25)

バイクの人が通り過ぎた。
この後、バイクは戻ってきた。
もっと先の方に、車が1台いて、変わった雰囲気なので、注意した方がいいかもしれないと、情報をくれた。

12年5月27日 (26)

さらに10分ほど歩いたが、引き返してきた。 
どっちにしても、根来坂峠(針畑峠)までは、行けないと思って。 上のこともあるし。

この景色を見ながら、弁当を食べた。

12年5月27日 (27)

こんな道を戻る。 気分爽快。 山の下では、蝉も鳴き始めた。

12年5月27日 (28)

林道は、谷の奥を通る。

12年5月27日 (29)

川沿いの道を下っている。

12年5月27日 (30)

ここを下って、少し行くと、不動の滝がある。

12年5月27日 (31)

五段の滝で、これは、一番下。 全体で、40㍍の高さ。

12年5月27日 (32)

別の道を通って、一番上の滝に。
※ 途中の道は、危険だった。 ロープを張った手すりが、壊れかけていた。
  そのうち誰かが落ちるなと思った。 落ちたら・・・。

12年5月27日 (33)

3時間半ほど歩いて、戻ってきた。
車で走っていたら、小学校が見えた。 来る時は、気付かなかった。

12年5月27日 (34)

旧上根来小学校。 昭和30年代の建物。 閉校は、昭和60年。
屋根の下が、白壁。
狭いグラウンドで、運動会をしたのか。  最盛期には、きっと何十人もの子供がいた。

12年5月27日 (35)

屋根からの雪で、鉄棒は曲がった。

12年5月27日 (36)   12年5月27日 (37)

さらに道を下ったら、1軒の家があった。 人が住んでいそう。

12年5月27日 (38)

昔の鯖街道の雰囲気が分かりました。
女の人が一人で歩くには、心細くなる山道でした。

【動画】



【今日の歌】
大黒摩季の歌には、ら・ら・らがありますが。 この曲もいいですよ。



【道の駅】    若狭おばま

【明日の予定】  となりの、おおい町に。 今話題になってる、大飯原発がある。

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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久須夜ヶ岳の頂上へは、エンゼルラインという道がある。
今は工事をしているので、通行止め。
ネットで調べたら、今年登ってる人がいた。 ※ 道は、途中から別の道のよう。
何とかなるかと行ってみたが、立ち入り禁止となっていたので、戻った。

山の下の海沿いの道を、行けるところまで行ってみた。
韓国船遭難救護の碑があった。
遭難した韓国線を助けたのは、112年前のことだった。
    ※    ※    ※    ※

小浜湾の右側になる。

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途中で、久須夜ヶ岳(くすやがだけ)が見えた。 

12年5月26日 (1)

頂上まで行けるのか分からないが、行ってみることに。

12年5月26日 (2)

エンゼルラインと呼ばれていて、昔は有料道路だった。

12年5月26日 (3)

半島の東側。  釣り船が見えた。

12年5月26日 (4)

こんな木が。 巻き付いている方が太い。

12年5月26日 (5)

東側の遠くまで見える。

12年5月26日 (6)

脇道が無いか、探しながら歩いた。 

12年5月26日 (7)

途中に、小さな山。 こんな所でも、熊がいるようだ。

12年5月26日 (8)

この花が多い。

12年5月26日 (9)

小浜市の市街地全体。 ○のところが小浜港で、その向こうが三丁町。 

12年5月26日 (10)

1時間ほど歩いた。 

12年5月26日 (11)

半島の左側。 下には集落がある。 後で行くことになる。

12年5月26日 (12)

再び、小浜市の市街地。

12年5月26日 (13)

頂上が見えてきた。

12年5月26日 (14)

振り返って撮影。 昔の道が時々見える。

12年5月26日 (15)

右(東)の方。 だいぶ高くなってきた。

12年5月26日 (16)

なかなか、脇道はない。

12年5月26日 (17)

ここからは行けないかな。 左に道があって、少し行くと駐車場。

12年5月26日 (18)

駐車場から。 頂上は目の前。 
頂上への途中から、蘇洞門(そとも)という景勝地に行く道がある。
頂上へは行けなくても、そっちにでも行けたらいいなと思っていた。

12年5月26日 (19)

遠くに、小浜市街地。

12年5月26日 (20)

頂上を眺めながら、戻っている。

12年5月26日 (21)

山を下って、海沿いの道を来た。

12年5月26日 (23)

深い湾の中は、養殖が盛んだった。

12年5月26日 (22)

左下の○に来た。 小浜市泊地区。

12年5月26日 (29)

海岸沿いの道は、ここでお終い。 山に登る道は、ない。

12年5月26日 (24)

これを見に来た。

12年5月26日 (26)

100年以上前に、韓国の船が遭難してやって来た。 それを地元の人が助けた。

12年5月26日 (25)

その説明。

12年5月26日 (27)

半月間漂流したとある。 また、100年後に、韓国の人達がやってきた。

12年5月26日 (28)

男の子の像があった。

12年5月26日 (30)

小さな男の子の、小さな像。

12年5月26日 (31)

今日は、遠足でただあるいた感じになってしまった。
それでも、不満はない。

【今日の歌】
最近、ビージーズのメンバーが亡くなっています。



【その他】
福島県の南相馬市から、福井県に一人の6年生の女の子がやってきた。
親から離れて。 親は、放射能を心配した。
その子が、下の歌を作った。

「春休みが終わると ちがう春が来る」

【道の駅】   若狭おばま

【明日の予定】  山の中にある、鯖街道に行こうかなと。
         上根来集落から、根来坂峠に向かって、歩いてみたい。
         家康も光秀も、通った道と云われる。
         京都の、鞍馬に続く道。 古道の状態で残っている。

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                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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