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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

龍馬には、姉が3人。
一番上は、千鶴。  千鶴には、2人が子供。  
次男の直寛(なおひろ)が、北海道の開拓にやって来る。

このことが、龍馬の夢を叶えたと、表現される。
どんな証拠があって、そう言うのかなって、思っていた。

浦臼町には、「龍馬家」の墓がある。
郷土史料館で話を聞いて、墓を見に行った。

史料館では、大きなヒントをもらった。
車で調べたら、分かった。
龍馬の夢は、確かだった。

今日は、龍馬の夢は、どのように実現したかを、整理してみようかな、と。
    ※    ※    ※    ※   ブログタイトル一覧は、右をクリック。 burogutaitoru656.jpg
          ( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。  再度クリックしたら、元に )

今日の一番の収穫は、下が分かったこと。

龍馬の妻は、お龍さん。   ※ おりょうさん。
証拠は、これ。   (小説の孵化場のサイトから。 全文は、ここに

    坂本龍馬の妻のおりょうさんはアイヌ語を勉強していた。
    晩年、彼女はこう回想している。

      「北海道ですが、アレはずッと前から、海援隊で開拓すると云って居りました。
      私も行く積りで、北海道の言葉を一々手帳に書き付けて、毎日、稽古して居りました。
      或日、望月さん等が白の陣幕を造って来ましたから、戦争も無いのに幕を造って何(ど)うすると聞けば、
      北海道は義経を尊むから、此幕へ笹龍桐の紋を染ぬひて持って行くと云って居りました」(『千里駒後日譚』)

   池田屋事件で死んだ望月亀弥太の名が出てくるが、龍馬らが北海道開拓(むろん当時は蝦夷地開拓)をめざして
     盛り上がっていたのは、池田屋事件の直前であった。

※ アレは、龍馬のこと。   笹龍桐は、笹竜胆(ささりんどう)のことかな。 義経の家紋。
※ お龍さんは、望月亀弥太から、本を借りたよう。
   彼は、池田屋から脱出は出来たが、新選組に追いつかれ、自刃。
   土方歳三(ひじかたとしぞう)は、この事件で、名を上げる。
 
   この事件の恨みのように、禁門の変が起きる。
   池田屋事件がなかったら、明治維新は、別の年に。
   歴史に大きな影響を与えたと、司馬遼太郎は言った。

龍馬が指導者で来たら、アイヌに、阿漕(あこぎ)なことは、しなかったでしょうね。
証拠は、他にも見つかったので、後ほど。

石狩川をはさんで、国道12号線がある。   どっちの道も、囚人が作った。
浦臼(うらうす)は、石狩平野の北の方に。



浦臼町郷土資料館。  北の龍馬とある。
館長さんと思われる人が、説明してくれた。  詳しい。

14年 8月7日 (1)

写真は撮れないので、パンレットを撮影。

龍馬の夢の証拠を、1つ、紹介してくれていた。

14年 8月7日 (15)     14年 8月7日 (16)

龍馬の夢を追って、北海道に来たのは、坂本直寛。
系図で分かるように、龍馬の一番上の、千鶴の次男。   千鶴は、龍馬より、19歳年上。

苗字は高松だったが、龍馬の兄の、坂本権平の養子になって、坂本を名乗る。

14年 8月7日 (10)m     14年 8月7日 (22)

※ 坂本直寛は、明治30年、北見の訓子府に入植する。
   北光社という、組織で。    この写真は、後の、北光社の人たち。 
                                                                             ピアソン記念館~北見市~  他  (2011/9/7)
   その前に、武市安哉(あんさい)が、浦臼に入植していた。 こっちも、組織で。
   明治31年に、武市が死んだ。  
   北見の方は、見通しがついたので、浦臼に家族みんなで、移った。

下は、坂本直寛の孫。   坂本直行。  なおゆき、ちょっこう、どちらでも。
この人は、何度か紹介。  画家。
   六花の森は、北海道ガーデン街道の南の端。 坂本直行記念館。~中札内村~  他  (2013/9/5)

やわらかな、笑顔。  今の時代の雰囲気。  この赤ちゃんは、現在77才かな。
ツルさんも、健在のよう。  90を越えて。

14年 8月7日 (18)     14年 8月7日 (19)

この人は、坂本直寛の、兄。  坂本直。  長男。
龍馬の養子になって、龍馬家を継ぐ。   妻は留、子どもは直衛。  
2人は、坂本直が亡くなった後、坂本直寛を頼って、浦臼に来る。

今日見る墓は、この2人の墓。 

14年 8月7日 (23) 

この人は、坂本直寛の長男。
上に書いた、坂本家の直衛には、子供がいなかった。
龍馬の家系が途切れるので、養子になって行く。

龍馬の家系は、頭がいい。

14年 8月7日 (20) 

まず、直寛が後ろに、いますね。
ここに墓のある、留が右後ろ。  直衛は、左端。

後に、直もいる。  前の直恵は、直行の母。    直道は、直寛の長男。子どもの顔つきでない。

14年 8月7日 (13) 

坂本龍馬の一族の多くが、北海道に来た。
龍馬関係の遺品も、持ってきた。

貴重なものが多いため、現在は、博物館に行っている。
ここの資料館には、龍馬直筆の文書が、1つだけあった。
いつの日にか、重要文化財になる。

昼間だけ展示。   閉館後は、耐火金庫に仕舞う。

14年 8月7日 (14)

どれも、墓から、遠くない。   今回行かなかったので、今度通ったら、寄る。
右は、聖園教会。   みんな、クリスチャン。

14年 8月7日 (12)     14年 8月7日 (21)

※ アイヌの知里幸恵は、クリスチャンを、悪くは思っていなかったよう。
  ピアソンさんと、交流があった。  ピアソンさんが、旭川にいた時。
  この写真の左端に。   右の方に、ピアソンさん。
  クリスチャンは、アイヌを、人間として認めていたのか。

坂本家、ゆかりの地。
  ※ 直寛は旭川に牧師になっていく。  聖園(せいえん)農場を離れて。  
     旭川に、聖園中学校がある。 関係あるかは、確認していない。  この学校に私は、実習で3週間ほど行った。

14年 8月7日 (24) 

この町の地図。

14年 8月7日 (2)
14年 8月7日 (3)

墓は、札的(さってき)駅の裏の方に。

14年 8月7日 (4)

上で触れた、武市安哉。   この地に最初に入った。   倒れた後、坂本直寛が。

14年 8月7日 (5)

武市安哉は、武市半平太(瑞山)の、分家の人。
龍馬と半平太は、下の系図で、親類と分かる。

14年 8月7日 (11)     14年 8月7日 (25)

※ 武市半平太は、大きな人だった。  
  土佐藩を支えていた、吉田東洋を、暗殺する指示を出す。
  実行したのは、龍馬の脱藩を助けた、那須信吾たち。 
        龍馬脱藩の道、茶や谷から、韮ヶ峠までを歩く。  迷いそうな、6㌔の道。~梼原町~  他  (2014/4/3)
        龍馬は、梼原から韮ヶ峠を越えて、脱藩した。  維新の門、他。~梼原町~  他  (2014/4/2)

これが、龍馬家を継いだ、坂本直の妻と息子の墓。

14年 8月7日 (6) 

山の方。  山の向こうは、日本海。   今は、登山道はないそう。
山には、熊がいる。

昔、クマがいる山の中を、真夜中、懐中電灯1つで歩いた。
釣りのため。  木には、クマのひっかき傷があった。
それ以来、夜中、墓地を歩くのは、平気になった。

幽霊より、クマや人間の方が、恐ろしい。

14年 8月7日 (7) 

向こうの山との間が、石狩平野。   向こうの山には、昔、炭鉱があった。
坂本直寛たちの聖園農場は、坂を下った、左向こうに広がっていた。

14年 8月7日 (8) 

龍馬の夢の、他の証拠を、1つ。

北海道の開拓には、屯田兵(とんでんへい)が活躍した。
この屯田兵のことを言いだしたのは、西郷隆盛。
ただ、その前に、坂本龍馬が言っている。  Wikipediaでは、こう。

  慶応3年(1867年)、坂本龍馬は大政奉還で武士が職を失うことを予想し、武士の力を北海道開拓に活かすことを考え、
  同志にエゾ(北海道)に渡り、新しい国をつくることを述べていた。

龍馬は、開拓だけでなく、商売も考えていたよう。(管長さんの話)
長崎の、亀山社中の経験で、儲けるコツは分かっていた。

龍馬の夢は、この春、下田で、この石碑の文を見てから、気になっていた。 
                    下田の町を、道の駅から玉泉寺まで散策。  龍馬の夢。  爪木埼灯台。~下田市~  他  (2014/6/2)

龍馬の夢は、本当に、北海道の開拓だった。
それが、分かりましたね。

【今日の歌】     雨の日ばかりなので。



【道の駅】   しんしのつ



【明日の予定】   どこかを見学して、Tさん宅に。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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