長州藩があって、坂本龍馬がいて、新しい時代がやっと来た。
江戸幕府を倒そうと、中心になったのが、長州藩。
若者を指導し、思想面を支えたのは、吉田松陰。
※ 彼の妹は、文(ふみ)。 来年の大河ドラマの主人公。
木戸孝允は、維新3傑と呼ばれ、長州藩を中心になって動かした。 ※ 最初は、桂小五郎。
萩の町は、普通に、古い家並みが残っていた。
木戸孝允旧邸や松下村塾を、見た。
途中で雨。 100円バスも利用。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
萩は、国道9号線から離れる。 行こうとしなければ行けない。
津和野には、いい町並みが。
山口には、瑠璃光寺五重塔。
秋芳台には秋芳洞。
角島には、橋。
萩の近くには、魅力いっぱい。 (どの写真も、数年前)

左周りに歩く。 最後は、バスで、松陰神社へ。

どこまでも歩くぞって、道の駅をスタート。
ところが、右足の人差し指が、腫れていた。 ※ あとで知ったが、化膿していた。 消毒して、次の日に治った。
あっち痛い、こっち痛い。 あれを悩んで、これを悩んで。
全てから、解放される日は、来るんだろうか。
もし来なくても、忘れさせてくれるだけ、うれしいことがあれば、いいことにするか。
でも、それだって・・・。
※ 楽天的というか何かで、日々悩んではいないけど。
左に行ったら、松陰神社。 最後に行く。

この人の歌に、時どき出会った。 心は、どこにあるのでしょう。

梅屋七兵衛旧宅。

この人は、鉄砲1000丁を、長崎から買ってきた。 苦労して。

※ 上の鉄砲は、戊申(ぼしん)戦争で役立った。
大政奉還の後、江戸幕府の残り火と、長州藩・薩摩藩を中心とした新政府軍との戦い。
この戦いの最後が、函館戦争。 土方歳三は、鉄砲の弾で死ぬ。
会津で戦った、若い兵士が、白虎隊。 幕府側に付いて。
鶴ヶ城 さざえ堂 白虎隊士の墓 ~会津若松市~ 明日 吾妻山へ 他 (2010/7/20)
古い家は、どこにでも。 少しだけ見た。

上の家と下の家を比べたら、上の家は、2階が低い。 窓の部分が、狭い。
狭いほうが古く、広い方が新しい。
殿様を2階から、見下ろさせないため。 規制が少しずつ、甘くなる。
間口3軒ほどで、奥が深い。

古くからの港。

菊ヶ浜。 ここも、萩の魅力。 右の山は、指月山(しづきやま)。 麓に、城跡。

沖には、島が浮かんでいる。 学校のある島が2つ。 いつか、行かなければならない。 来年か。
また、歌があった。 さっきの人。
活眼(かつがん)は、物事の道理や本質をよく見分ける眼識、だそう。
張り切りすぎて、つまづいたのか。 どんな意味?

指月山。 ※ トンボロっぽい。 元々は島で、砂でつながったのかなと。(確認はできない)

萩城跡。

有料なので、入らなかった。 航空写真ではこう。
ここは、毛利氏の居城だった。

※ 余談 長州藩ってどこなんだろう。 覚え難いなって思っていた。
その理由を、今回知った。
長州藩の中心は、萩なんだが、幕末に山口に移った。
だからだった。
もし移っていなかったら、山口県の県庁は、萩市になったかも知れない。
毛利一門の長屋。 他もあったが、これだけが残った。 江戸時代のもの。

家臣が住んだのか。 3本の矢の話は、毛利家の話だった。

萩は、どこに行っても、「花燃ゆ」。 萩での撮影は、終わっているそう。
本当に面白くなるのか、不安。
脚本がおかしかったら、井上真央の魅力だけでは、どうしようもない。

山の上と下に城。 他に知らない。
大河ドラマでは、何を描くのだろう。 家族愛だけでは、1年間持たない。

こんな場所も。

このような通りは、どこにでも。 萩の町並みの、大きな特徴。
30㌢ほどの、小さなお地蔵様。 誰が着せてあげたんだろう。 間もなく、雪。

横を見たら、こんな通り。

萩は、萩焼の町でも。 カットしている意味は、何でしょう。 焼く時に、空気が出るようにかな。

藤田伝三郎とある。 どこかで、出会った人。
※ 知恩院の墓には、江の娘の千姫の墓がある。(2010年)
小坂鉱山で会っていた。
日本最古の芝居小屋 康楽館 小坂鉱山事務所 ~どちらも国の重要文化財 小坂町~ 他 (2010/7/29)

町屋風の古い家に入った。 旧久保田家住宅。 呉服商とか酒屋をやっていたよう。
江戸時代後期に、近江商人として、近江から来た。

雨が降ってきて、動けなくなった。 傘は忘れた。 あっても、風が強く使えない。

蔵の中にあった、昔の灯り。 それと、萩城の天守。

弱くなったので、走って、近くの木戸孝允旧邸へ。 読みは、たかよし、こういん、どっちでも。

彼は、ここで生まれた。

池田屋事件で、長州藩は襲われた。 多くの命が失われた。
襲ったのは、新選組。 新選組は、この事件で名を上げた。 土方歳三が活躍。
木戸孝允も、池田屋に行ったが早かったので、近くの対馬藩邸に行っていた。 命拾い。
※ 屋根伝いに逃げたという話もあって、管理人に、どっちが正しいのと聞いた。
対馬藩邸に行ってた方と、言った。
※ 彼は命を狙われる。 隠れ家に食事を届けたのは、京都の芸妓 幾松。
京都から脱出して、出石(いづし)に潜伏。 その後、幾松と一緒に長州へ。
但馬の小京都、出石 ~豊岡市~ 他 (2011/6/10)
下のブログに、木戸孝允(桂小五郎)の像と、幾松について。
維新の史跡を残す、木屋町通を歩く ~京都市~ キッスは目にして(ヴィーナス) 他 (2012/6/17)
彦太郎は、妹の子。 右写真の後ろ中央が、木戸孝允。 前列中央は、殿様。

※ 木戸孝允の墓は、京都霊山護国神社にある。(撮影は、2010年) 龍馬の墓の近く。
磯松の墓がそばにあるそう。 知らなかった。
雨は小振りのまま。 アーケードまで走った。 100円バスで、松陰神社に行くことに。

松陰神社。

吉田松陰の歌碑。 安政の大獄を進めたのは、井伊直弼(なおすけ)。
井伊直弼は、桜田門外の変で、殺される。
※ 現場の指揮者は関鉄之助。 映画で演じたのは、大沢たかお。
彼は大河ドラマで、文の2番目の夫を演じる。 好きな俳優。
ちなみに、最初の夫は、久坂玄瑞で、演じるのは 東出昌大。
29日の晩、久しぶりに、1時間だけテレビを見た。
チンギスカンの墓のある、モンゴルの旅。 東出昌大が出てた。

松下村塾。 ここで、みんな学んだ。 学んだ者たちの力が、維新の原動力に。

久坂玄瑞もいる。
珍しいのでは、前原一誠。 萩の乱で捕まって処刑される。
殺したのは、大久保利通。 江藤新平も殺された。
大久保利通は、江藤新平を恐れた。 彼がいたら、明治新政府の中で、主導権が取れないから。
大久保利通は、以前から、嫌い。
土佐の東の玄関口 甲浦 ~仏頂造りの家と、江藤新平が捕まった地 東洋町~ 他 (2011/1/3)
※ 余談 民主党の前原誠司と名前が似ている。 調べてみた。
直接は関係なかった。
前原一誠の先祖は、尼子氏の家臣で、出雲の出身。 前原誠司の先祖は、境港の出身。
2つの町は近い。 遠くの先祖で、つながっているかも知れないけど。

こんな部屋も。

松陰は、幕府につかまって、ここに幽閉される。
下田で海外渡航に失敗とある。 その場所は、下のブログに。
下田の町を、道の駅から玉泉寺まで散策。 龍馬の夢。 爪木埼灯台。~下田市~ 他 (2014/6/2)

反対側から。 幽閉された部屋。

一番奥に、松陰神社。

花畑を見ながら、戻る。 向こうから来た。
雪降るのに、今植えて大丈夫なのか。

日本の夜明けは、萩から始まった。
でも、新しい時代は、戦争の始まり。
どこで、狂ったんだろう。
萩の全体は、まだ見ていない。
いつかまた。
【今日の歌】 James Last: Slavonic Dance (ジェームス・ラスト スラブ民族のダンス、の感じか)
【停泊場所】 28日、29日は、門司の和布刈(めかり)公園駐車場。
【今後の予定】
萩を見た後、九州に渡る。
29日は、門司港近辺を、タカリンさんと。 夜景は、1人で。
30日現在は、さらに南下して、青春の門の舞台の遠賀川の流域に。
そこの、小さな町、糸田町に。
30日と1日は、ブログの整理。
終わったら、長崎県の諫早(いさはや)市に。
春にお世話になった、Kさんと、山に登る。
10日頃に、鹿児島県の長島町に。
夏、北海道に来た人たちが、いる。
楽しみ。
この数日間、ずいぶん走った。
バッテリーの調子が悪く、南下を急ぎ、いつもお世話になってる、長島に行くため。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行、2位。 旅行全体で、3位です。
気に入った所がありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
ランキングが、見られます。
⇓
ランキング
※ 最初は、国内旅行のランキングが。
旅行をクリックすると、旅行全体のが。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
次の日のクリックも、また、1週間生きる。
【拍 手】
.
江戸幕府を倒そうと、中心になったのが、長州藩。
若者を指導し、思想面を支えたのは、吉田松陰。
※ 彼の妹は、文(ふみ)。 来年の大河ドラマの主人公。
木戸孝允は、維新3傑と呼ばれ、長州藩を中心になって動かした。 ※ 最初は、桂小五郎。
萩の町は、普通に、古い家並みが残っていた。
木戸孝允旧邸や松下村塾を、見た。
途中で雨。 100円バスも利用。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
萩は、国道9号線から離れる。 行こうとしなければ行けない。
津和野には、いい町並みが。




萩の近くには、魅力いっぱい。 (どの写真も、数年前)


左周りに歩く。 最後は、バスで、松陰神社へ。


どこまでも歩くぞって、道の駅をスタート。
ところが、右足の人差し指が、腫れていた。 ※ あとで知ったが、化膿していた。 消毒して、次の日に治った。
あっち痛い、こっち痛い。 あれを悩んで、これを悩んで。
全てから、解放される日は、来るんだろうか。
もし来なくても、忘れさせてくれるだけ、うれしいことがあれば、いいことにするか。
でも、それだって・・・。
※ 楽天的というか何かで、日々悩んではいないけど。
左に行ったら、松陰神社。 最後に行く。

この人の歌に、時どき出会った。 心は、どこにあるのでしょう。


梅屋七兵衛旧宅。

この人は、鉄砲1000丁を、長崎から買ってきた。 苦労して。



※ 上の鉄砲は、戊申(ぼしん)戦争で役立った。
大政奉還の後、江戸幕府の残り火と、長州藩・薩摩藩を中心とした新政府軍との戦い。
この戦いの最後が、函館戦争。 土方歳三は、鉄砲の弾で死ぬ。
会津で戦った、若い兵士が、白虎隊。 幕府側に付いて。
鶴ヶ城 さざえ堂 白虎隊士の墓 ~会津若松市~ 明日 吾妻山へ 他 (2010/7/20)
古い家は、どこにでも。 少しだけ見た。


上の家と下の家を比べたら、上の家は、2階が低い。 窓の部分が、狭い。
狭いほうが古く、広い方が新しい。
殿様を2階から、見下ろさせないため。 規制が少しずつ、甘くなる。
間口3軒ほどで、奥が深い。


古くからの港。

菊ヶ浜。 ここも、萩の魅力。 右の山は、指月山(しづきやま)。 麓に、城跡。

沖には、島が浮かんでいる。 学校のある島が2つ。 いつか、行かなければならない。 来年か。
また、歌があった。 さっきの人。
活眼(かつがん)は、物事の道理や本質をよく見分ける眼識、だそう。
張り切りすぎて、つまづいたのか。 どんな意味?


指月山。 ※ トンボロっぽい。 元々は島で、砂でつながったのかなと。(確認はできない)


萩城跡。


有料なので、入らなかった。 航空写真ではこう。



※ 余談 長州藩ってどこなんだろう。 覚え難いなって思っていた。
その理由を、今回知った。
長州藩の中心は、萩なんだが、幕末に山口に移った。
だからだった。
もし移っていなかったら、山口県の県庁は、萩市になったかも知れない。
毛利一門の長屋。 他もあったが、これだけが残った。 江戸時代のもの。

家臣が住んだのか。 3本の矢の話は、毛利家の話だった。



萩は、どこに行っても、「花燃ゆ」。 萩での撮影は、終わっているそう。
本当に面白くなるのか、不安。
脚本がおかしかったら、井上真央の魅力だけでは、どうしようもない。


山の上と下に城。 他に知らない。
大河ドラマでは、何を描くのだろう。 家族愛だけでは、1年間持たない。



こんな場所も。

このような通りは、どこにでも。 萩の町並みの、大きな特徴。
30㌢ほどの、小さなお地蔵様。 誰が着せてあげたんだろう。 間もなく、雪。


横を見たら、こんな通り。

萩は、萩焼の町でも。 カットしている意味は、何でしょう。 焼く時に、空気が出るようにかな。


藤田伝三郎とある。 どこかで、出会った人。
※ 知恩院の墓には、江の娘の千姫の墓がある。(2010年)
小坂鉱山で会っていた。
日本最古の芝居小屋 康楽館 小坂鉱山事務所 ~どちらも国の重要文化財 小坂町~ 他 (2010/7/29)

町屋風の古い家に入った。 旧久保田家住宅。 呉服商とか酒屋をやっていたよう。
江戸時代後期に、近江商人として、近江から来た。

雨が降ってきて、動けなくなった。 傘は忘れた。 あっても、風が強く使えない。


蔵の中にあった、昔の灯り。 それと、萩城の天守。


弱くなったので、走って、近くの木戸孝允旧邸へ。 読みは、たかよし、こういん、どっちでも。

彼は、ここで生まれた。


池田屋事件で、長州藩は襲われた。 多くの命が失われた。
襲ったのは、新選組。 新選組は、この事件で名を上げた。 土方歳三が活躍。
木戸孝允も、池田屋に行ったが早かったので、近くの対馬藩邸に行っていた。 命拾い。
※ 屋根伝いに逃げたという話もあって、管理人に、どっちが正しいのと聞いた。
対馬藩邸に行ってた方と、言った。
※ 彼は命を狙われる。 隠れ家に食事を届けたのは、京都の芸妓 幾松。
京都から脱出して、出石(いづし)に潜伏。 その後、幾松と一緒に長州へ。
但馬の小京都、出石 ~豊岡市~ 他 (2011/6/10)
下のブログに、木戸孝允(桂小五郎)の像と、幾松について。
維新の史跡を残す、木屋町通を歩く ~京都市~ キッスは目にして(ヴィーナス) 他 (2012/6/17)
彦太郎は、妹の子。 右写真の後ろ中央が、木戸孝允。 前列中央は、殿様。


※ 木戸孝允の墓は、京都霊山護国神社にある。(撮影は、2010年) 龍馬の墓の近く。
磯松の墓がそばにあるそう。 知らなかった。
雨は小振りのまま。 アーケードまで走った。 100円バスで、松陰神社に行くことに。


松陰神社。

吉田松陰の歌碑。 安政の大獄を進めたのは、井伊直弼(なおすけ)。
井伊直弼は、桜田門外の変で、殺される。
※ 現場の指揮者は関鉄之助。 映画で演じたのは、大沢たかお。
彼は大河ドラマで、文の2番目の夫を演じる。 好きな俳優。
ちなみに、最初の夫は、久坂玄瑞で、演じるのは 東出昌大。
29日の晩、久しぶりに、1時間だけテレビを見た。
チンギスカンの墓のある、モンゴルの旅。 東出昌大が出てた。


松下村塾。 ここで、みんな学んだ。 学んだ者たちの力が、維新の原動力に。


久坂玄瑞もいる。
珍しいのでは、前原一誠。 萩の乱で捕まって処刑される。
殺したのは、大久保利通。 江藤新平も殺された。
大久保利通は、江藤新平を恐れた。 彼がいたら、明治新政府の中で、主導権が取れないから。
大久保利通は、以前から、嫌い。
土佐の東の玄関口 甲浦 ~仏頂造りの家と、江藤新平が捕まった地 東洋町~ 他 (2011/1/3)
※ 余談 民主党の前原誠司と名前が似ている。 調べてみた。
直接は関係なかった。
前原一誠の先祖は、尼子氏の家臣で、出雲の出身。 前原誠司の先祖は、境港の出身。
2つの町は近い。 遠くの先祖で、つながっているかも知れないけど。


こんな部屋も。

松陰は、幕府につかまって、ここに幽閉される。
下田で海外渡航に失敗とある。 その場所は、下のブログに。
下田の町を、道の駅から玉泉寺まで散策。 龍馬の夢。 爪木埼灯台。~下田市~ 他 (2014/6/2)


反対側から。 幽閉された部屋。


一番奥に、松陰神社。

花畑を見ながら、戻る。 向こうから来た。
雪降るのに、今植えて大丈夫なのか。

日本の夜明けは、萩から始まった。
でも、新しい時代は、戦争の始まり。
どこで、狂ったんだろう。
萩の全体は、まだ見ていない。
いつかまた。
【今日の歌】 James Last: Slavonic Dance (ジェームス・ラスト スラブ民族のダンス、の感じか)
【停泊場所】 28日、29日は、門司の和布刈(めかり)公園駐車場。
【今後の予定】
萩を見た後、九州に渡る。
29日は、門司港近辺を、タカリンさんと。 夜景は、1人で。
30日現在は、さらに南下して、青春の門の舞台の遠賀川の流域に。
そこの、小さな町、糸田町に。
30日と1日は、ブログの整理。
終わったら、長崎県の諫早(いさはや)市に。
春にお世話になった、Kさんと、山に登る。
10日頃に、鹿児島県の長島町に。
夏、北海道に来た人たちが、いる。
楽しみ。
この数日間、ずいぶん走った。
バッテリーの調子が悪く、南下を急ぎ、いつもお世話になってる、長島に行くため。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)

【ランキング】 国内旅行、2位。 旅行全体で、3位です。
気に入った所がありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
ランキングが、見られます。
⇓

※ 最初は、国内旅行のランキングが。
旅行をクリックすると、旅行全体のが。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
次の日のクリックも、また、1週間生きる。
【拍 手】
.
光雲寺に、先日の撮影のお礼の挨拶に行った。
住職さんと、少しお話し。
今日も見て行ってくださいと、言われた。
あの美しかった聖観音像に、再度会いました。
新しい発見がありました。
また、住職さんから、うれしい話がありました。
どうぞ、聖観音像の写真を、ブログに載せてくださいと。
※ 仏殿内の写真の整理が終わり次第、他の像も一緒に、20日のブログに載せます。
今日のブログには、先日撮った聖観音像の写真を、3枚ほど載せます。
驚きの、表情です。
光雲寺は、高松のMさんの紹介でした。
どうしてそうなったか。
実は、Mさんの息子さんが、光雲寺に下宿しています。
※ 寺のお手伝いもするので、雲水の雰囲気。(彼は京都大学)
そんなことで、今回の光雲寺です。
Mさんの息子さんとは、しばらく話した。
最後は、住職さんからという、抹茶と和菓子をごちそうになった。
今日の庭の写真は、別の写真になった。
曇っていたから。
先日、東山方向の写真が、うまく撮れなかった。
今日は、まあまあのが。
特別公開日の今日は、お客さんが来ていた。
仏殿とか展示室の写真は撮れないが、掛け軸などを見た。
帰り、哲学の道を通って、あちこち、紅葉を見ながら帰った。
最後に、大好きな、八坂の塔を。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
真っ直ぐ行って、左に曲がったら、哲学の道。
正面に、熊野若王子(くまのにゃくおうじ)神社。 帰りに寄る。

場所は、ここ。 哲学の道を歩き出したら、直ぐに光雲寺はある。

見えました。 手前は、顕子(あきこ)内親王の墓。
東福門院和子(まさこ)の第4皇女。 東福門院は、後水尾天皇の中宮であり、江(ごう)の末娘(5女)。
光雲寺は、東福門院の菩提寺。
いいですね。 1本の傘だって、アクセント。

先日住職さんにお会い出来なかったので、今日は撮影のお礼に。
日高の浦河のTさんからいただいた昆布を、少し持って。
初対面でしたが、私の不安は、すぐに消えてしまった。
そう感じさせてくれる人。
住職さんは、ただの住職さんでないことは、知っていました。
※ サイトがあるので紹介。 作家か学者が書くような文です。
禅と東洋の心
※ 余談 山岡鉄舟ほか、少ししか読んでませんが、面白いです。 学ばされます。
山岡鉄舟については、旅で何度も出会っています。
日本最後の復讐の、臼井六郎に関わっても、出てきます。 (映画になっている)
臼井六郎は、秋月で出会った人。
詳しくは書きませんが、鉄舟は大政奉還に関わっても、大きな仕事をしている。
20日のブログに失礼がないか、その確認も、今日の目的でした。
ところが、こう言っていただきました。
仏像の写真を、ブログに載せていいことを。
ありがたいことでした。 うれしいことでした。
その後、住職さんは、高松のMさんの息子さんを紹介してくれました。
やわらかな物腰の、さわやかな感じ。
もし寅さんが生きていたら、「よ! そこの青年」って、声をかけそう。
雰囲気は、お母さんのMさんのようでもあり、住職さんの影響も、でしょうか。
住職さんが、今日も見て行ってくださいと云うので、甘えて、見ることに。
下の写真は、東山を見たときに、左にあった棟の部屋から。 前回は、そこに行ってない。

今日は、雨上がりの曇り空。 光は落ち着いているので、写真は撮りやすい。

先週の金曜日から、特別公開。 お客さんが来ている。

途中、部屋の掛け軸などを見た。
明正天王の色紙、そして、東福門院の掛け軸が。(Wikipedia) いい表情でした。
写真を撮っているとき、Mさんの息子さんが来た。
燃える紅葉の写真と、揺れる池の鯉の写真が、珍しいと言った。
20日の写真には、逆光を利用した写真が多いこと、魚が波を立てるのを待ったこと、
写真の透明感を出すには、レンズの明るさが必要なことなどを、伝えた。
※ プロでないのに、偉そうに言った。
私のブログは、写真だって、文だって、みんな素人。
山にも登るけど、これだって素人。
プロになれないから、何にだって、首を突っ込む。
彼と話していたら、頭の聡明さを感じた。
変な例えだけど、レンズなら、F1.4。
大学では、深い研究をしている。 その道のプロを目指して。
後で、抹茶を飲んで行ってくださいと、言っていただいた。
その時にまた、話した。
そうそう、こんなことも伝えた。
住職さんが、聖観音像の写真を、ブログに載せていいですよって言ったんすすよ。
それを一番喜ぶのは、あなたの、お母さん、って。
仏殿に行きました。 見たのは、聖観音像だけです。
写真は、20日に撮ったもの。
こんな仏像です。
まず正面から。 レンズは、23㍉のF1.4。 カメラは、フジフイルムのX-T1。
仏像だけでなく、後の光背や台座などの、全体のバランスが、絶妙に感じます。
そして、聖観音像そのものについて。
少しうつむき加減の、たたずまいが、大きな魅力。
その魅力が、この仏像の大きな特徴でもあります。
運慶作と伝わっている。
私は、たたずまいの良さと、表情の品の良さが、運慶作の証拠かなと。
例えば、運慶作と言われる、円成寺大日如来像や六波羅蜜寺地蔵菩薩像に、似ています。
光雲寺の聖観音像の方が、さらに洗練されてる印象を受けます。
下の左は、APSで35㍉F1.4のレンズで撮影。 仏像などが、得意。
カメラは、X-T1。
この写真が、本物の色に近い。
この表情です。
右は、望遠レンズで撮影。 カメラは、X-E1
この角度の近辺に、ベストの表情がありそう。
ベストの表情と云うのは、聖観音様の心が、一番よく感じられる表情でもあります。

この像は、東福門院の念持仏。
右の写真の目は、東福門院を見つめてるように、感じる。
東福門院のつらさを、みんな知って。
聖観音像の心を想像して観ると、その時々、表情が変わる。
この像のいい写真を撮るためには、深く、東福門院を学ぶことが必要でしょうか。
「東福門院和子(まさこ)の涙」を、読まなければならない。
今日気づいたことは、どの角度からも、いい表情に見えること。
それに、驚き。
真横近くから見た表情は、完璧。
鼻、口、あごのラインは、一直線。 ほんの少し、口が下がっている。
それが、気品を作り出している。
今日も、たくさんの時間はありませんでしたが。
いい像ということが、分かりました。
※ いつの日か、この像を数時間かけて撮ることが出来たら、三脚を使いますね。
いろんな撮り方をする。 光の当て方も変えて。
被写界深度を深くして、聖観音像の全てに、正確にピントが合わさるように、なども。
※ ただ、あくまで、私の写真は、素人。
この聖観音像は、プロの方に撮ってもらうのがいいかなと。
※ 私は、東福門院になって撮るとか、プロがやらない方法で挑戦。
いい写真でなく、いい表情、いい佇(たたず)まいを追う。
中庭です。

ここから見ると、正面に東山。 それを借景にして。
上の方の庭の写真は、左の棟から撮った。

右は、一文字手水鉢。 先日紹介。

左の建物。 ここの部屋に、展示物が。

この後、抹茶をごちそうになった。 あんこの入った和菓子も。
※ 食べ物になったら、すぐに写真を忘れる。
こんなのです。(京都のITベンチャーで働く女の写真日記から)
食べながら、ゆっくり庭を見た。
息子さんは、宇宙のことを勉強しているという。
特に、太陽のこと。
彼は、4年終わっての、その後の学び、研究。
あと2年だったかな。
すごいなと思ったのは、専門でないのに、ポアンカレ予想も、リーマン予想も知っていた。
それくらい、当たり前か。
ポアンカレ予想が解けて、宇宙がドーナツの形でないと、分かった。
リーマン予想は、まだ解けていない。
旅は一休み、23日目。 リーマン予想が解けたら、宇宙の何が分かるのでしょう。~亀岡市~ 他 (2013/12/15)
息子さんにお礼を言って、光雲寺を後にした。
足取り軽やかに、哲学の道を。

哲学の道の入り口にある、熊野八王子神社。
神様は、熊野神社からの分霊ですね。
王子が付くのが、不思議。
でも、熊野に行くと、王子の付く神社は、いっぱいある。 その影響で、ここもですね。
※ 熊野には、こんな感じであります。
熊野古道、昨日の続きを歩く。 ~継桜王子から熊野本宮大社まで。(22.1㎞)~ 他 (2010/6/8)

永観堂の紅葉です。 いい状態。 人が並んでいる。

こっちに入るのは有料。
永観堂は、古くより、「秋はもみじの永観堂」といわれていた。 東山を少し。~京都市~ 他 (2013/11/19)

左は、どこかの入り口。 右は、南禅寺の三門。
日本の禅宗の中心はどこかと聞かれたら、それは、南禅寺。 光雲寺は、南禅寺の塔頭。
平安神宮から南禅寺、そして、哲学の道を通って銀閣寺へ ~京都市~ アスタ・シエンプレ(カルロス・プエブラ) (2012/5/10)

インクライン。 船を引っ張り上げたり。 琵琶湖との落差があったので。
知恩院の山門は、修理中。 ライトアップで、並んでいる。
知恩院のライトアップ。 三年坂→二年坂→石塀小路→ねねの道→知恩院。~京都市~ 他 (2012/11/26)

ねねの道。
高台寺と圓徳院、春の夜間特別拝観。 寺照らす、生命(いのち)万華鏡。~京都市~ 他 (2014/4/28)

龍馬の案内。 有料なので、見たことない。 墓は、上の方にある。
龍馬の墓 八坂神社 祇園花見小路 河原町 他 (2010/5/21)

二年坂。

八坂の塔。 好き。 ライトアップはしていない。
八坂神社。

京都駅。 京都には、歴史の他にも魅力があると感じさせてくれるので、気に入っている。
※ 歴史の他というのは、京セラ、島津製作所などの、国内屈指の最先端技術産業のこと。

大げさと思うかも知れないが、東福門院の心を想像して、聖観音像の写真を何度もを見た。
そうしたらですね、涙が出そうになったんですね。
こんな仏像に出会うのは初めて。
光雲寺の聖観音像には、ドラマが秘められている。
東福門院和子の涙のドラマです。
その全てを知って、写真を撮ってみたい。
※ この像は、ずっと秘仏だったから、きっと鑑定はしていない。
最低、重要文化財。
ガラスに囲われてもいいから、大事にしてほしいですね。
【今日の歌】 James Last - Orange Blossom Special
【道の駅】 ガレリアかめおか
【今後の予定】 バッテリーの調子が悪く、予定を変更して、鹿児島に急ぐことに。
26日は、日本海側を通って、西にまっしぐら。
電気がたまったら、ブログの作業。 それの、繰り返し。
27日の朝に、宍道湖に着いています。
この後も、時々ブログを書いて、萩に向かいます。
萩は、来年の大河ドラマの舞台。
あと、200㌔。 午後の、2時ころ着を、目指します。
ブログが、途中になるかも知れません。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行、2位。 旅行全体で、3位です。
気に入った所がありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
ランキングが、見られます。
⇓
ランキング
※ 最初は、国内旅行のランキングが。
旅行をクリックすると、旅行全体のが。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
次の日のクリックも、また、1週間生きる。
【拍 手】
.
住職さんと、少しお話し。
今日も見て行ってくださいと、言われた。
あの美しかった聖観音像に、再度会いました。
新しい発見がありました。
また、住職さんから、うれしい話がありました。
どうぞ、聖観音像の写真を、ブログに載せてくださいと。
※ 仏殿内の写真の整理が終わり次第、他の像も一緒に、20日のブログに載せます。
今日のブログには、先日撮った聖観音像の写真を、3枚ほど載せます。
驚きの、表情です。
光雲寺は、高松のMさんの紹介でした。
どうしてそうなったか。
実は、Mさんの息子さんが、光雲寺に下宿しています。
※ 寺のお手伝いもするので、雲水の雰囲気。(彼は京都大学)
そんなことで、今回の光雲寺です。
Mさんの息子さんとは、しばらく話した。
最後は、住職さんからという、抹茶と和菓子をごちそうになった。
今日の庭の写真は、別の写真になった。
曇っていたから。
先日、東山方向の写真が、うまく撮れなかった。
今日は、まあまあのが。
特別公開日の今日は、お客さんが来ていた。
仏殿とか展示室の写真は撮れないが、掛け軸などを見た。
帰り、哲学の道を通って、あちこち、紅葉を見ながら帰った。
最後に、大好きな、八坂の塔を。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
真っ直ぐ行って、左に曲がったら、哲学の道。
正面に、熊野若王子(くまのにゃくおうじ)神社。 帰りに寄る。

場所は、ここ。 哲学の道を歩き出したら、直ぐに光雲寺はある。


見えました。 手前は、顕子(あきこ)内親王の墓。
東福門院和子(まさこ)の第4皇女。 東福門院は、後水尾天皇の中宮であり、江(ごう)の末娘(5女)。
光雲寺は、東福門院の菩提寺。

いいですね。 1本の傘だって、アクセント。

先日住職さんにお会い出来なかったので、今日は撮影のお礼に。
日高の浦河のTさんからいただいた昆布を、少し持って。
初対面でしたが、私の不安は、すぐに消えてしまった。
そう感じさせてくれる人。
住職さんは、ただの住職さんでないことは、知っていました。
※ サイトがあるので紹介。 作家か学者が書くような文です。
禅と東洋の心
※ 余談 山岡鉄舟ほか、少ししか読んでませんが、面白いです。 学ばされます。
山岡鉄舟については、旅で何度も出会っています。
日本最後の復讐の、臼井六郎に関わっても、出てきます。 (映画になっている)
臼井六郎は、秋月で出会った人。
詳しくは書きませんが、鉄舟は大政奉還に関わっても、大きな仕事をしている。
20日のブログに失礼がないか、その確認も、今日の目的でした。
ところが、こう言っていただきました。
仏像の写真を、ブログに載せていいことを。
ありがたいことでした。 うれしいことでした。
その後、住職さんは、高松のMさんの息子さんを紹介してくれました。
やわらかな物腰の、さわやかな感じ。
もし寅さんが生きていたら、「よ! そこの青年」って、声をかけそう。
雰囲気は、お母さんのMさんのようでもあり、住職さんの影響も、でしょうか。
住職さんが、今日も見て行ってくださいと云うので、甘えて、見ることに。
下の写真は、東山を見たときに、左にあった棟の部屋から。 前回は、そこに行ってない。

今日は、雨上がりの曇り空。 光は落ち着いているので、写真は撮りやすい。


先週の金曜日から、特別公開。 お客さんが来ている。


途中、部屋の掛け軸などを見た。
明正天王の色紙、そして、東福門院の掛け軸が。(Wikipedia) いい表情でした。
写真を撮っているとき、Mさんの息子さんが来た。
燃える紅葉の写真と、揺れる池の鯉の写真が、珍しいと言った。
20日の写真には、逆光を利用した写真が多いこと、魚が波を立てるのを待ったこと、
写真の透明感を出すには、レンズの明るさが必要なことなどを、伝えた。
※ プロでないのに、偉そうに言った。
私のブログは、写真だって、文だって、みんな素人。
山にも登るけど、これだって素人。
プロになれないから、何にだって、首を突っ込む。
彼と話していたら、頭の聡明さを感じた。
変な例えだけど、レンズなら、F1.4。
大学では、深い研究をしている。 その道のプロを目指して。
後で、抹茶を飲んで行ってくださいと、言っていただいた。
その時にまた、話した。
そうそう、こんなことも伝えた。
住職さんが、聖観音像の写真を、ブログに載せていいですよって言ったんすすよ。
それを一番喜ぶのは、あなたの、お母さん、って。
仏殿に行きました。 見たのは、聖観音像だけです。
写真は、20日に撮ったもの。
こんな仏像です。
まず正面から。 レンズは、23㍉のF1.4。 カメラは、フジフイルムのX-T1。
仏像だけでなく、後の光背や台座などの、全体のバランスが、絶妙に感じます。
そして、聖観音像そのものについて。
少しうつむき加減の、たたずまいが、大きな魅力。
その魅力が、この仏像の大きな特徴でもあります。


運慶作と伝わっている。
私は、たたずまいの良さと、表情の品の良さが、運慶作の証拠かなと。
例えば、運慶作と言われる、円成寺大日如来像や六波羅蜜寺地蔵菩薩像に、似ています。
光雲寺の聖観音像の方が、さらに洗練されてる印象を受けます。
下の左は、APSで35㍉F1.4のレンズで撮影。 仏像などが、得意。
カメラは、X-T1。
この写真が、本物の色に近い。
この表情です。
右は、望遠レンズで撮影。 カメラは、X-E1
この角度の近辺に、ベストの表情がありそう。
ベストの表情と云うのは、聖観音様の心が、一番よく感じられる表情でもあります。


この像は、東福門院の念持仏。
右の写真の目は、東福門院を見つめてるように、感じる。
東福門院のつらさを、みんな知って。
聖観音像の心を想像して観ると、その時々、表情が変わる。
この像のいい写真を撮るためには、深く、東福門院を学ぶことが必要でしょうか。
「東福門院和子(まさこ)の涙」を、読まなければならない。
今日気づいたことは、どの角度からも、いい表情に見えること。
それに、驚き。
真横近くから見た表情は、完璧。
鼻、口、あごのラインは、一直線。 ほんの少し、口が下がっている。
それが、気品を作り出している。
今日も、たくさんの時間はありませんでしたが。
いい像ということが、分かりました。
※ いつの日か、この像を数時間かけて撮ることが出来たら、三脚を使いますね。
いろんな撮り方をする。 光の当て方も変えて。
被写界深度を深くして、聖観音像の全てに、正確にピントが合わさるように、なども。
※ ただ、あくまで、私の写真は、素人。
この聖観音像は、プロの方に撮ってもらうのがいいかなと。
※ 私は、東福門院になって撮るとか、プロがやらない方法で挑戦。
いい写真でなく、いい表情、いい佇(たたず)まいを追う。
中庭です。


ここから見ると、正面に東山。 それを借景にして。
上の方の庭の写真は、左の棟から撮った。

右は、一文字手水鉢。 先日紹介。


左の建物。 ここの部屋に、展示物が。

この後、抹茶をごちそうになった。 あんこの入った和菓子も。
※ 食べ物になったら、すぐに写真を忘れる。
こんなのです。(京都のITベンチャーで働く女の写真日記から)
食べながら、ゆっくり庭を見た。
息子さんは、宇宙のことを勉強しているという。
特に、太陽のこと。
彼は、4年終わっての、その後の学び、研究。
あと2年だったかな。
すごいなと思ったのは、専門でないのに、ポアンカレ予想も、リーマン予想も知っていた。
それくらい、当たり前か。
ポアンカレ予想が解けて、宇宙がドーナツの形でないと、分かった。
リーマン予想は、まだ解けていない。
旅は一休み、23日目。 リーマン予想が解けたら、宇宙の何が分かるのでしょう。~亀岡市~ 他 (2013/12/15)
息子さんにお礼を言って、光雲寺を後にした。
足取り軽やかに、哲学の道を。


哲学の道の入り口にある、熊野八王子神社。
神様は、熊野神社からの分霊ですね。
王子が付くのが、不思議。
でも、熊野に行くと、王子の付く神社は、いっぱいある。 その影響で、ここもですね。
※ 熊野には、こんな感じであります。
熊野古道、昨日の続きを歩く。 ~継桜王子から熊野本宮大社まで。(22.1㎞)~ 他 (2010/6/8)

永観堂の紅葉です。 いい状態。 人が並んでいる。

こっちに入るのは有料。
永観堂は、古くより、「秋はもみじの永観堂」といわれていた。 東山を少し。~京都市~ 他 (2013/11/19)

左は、どこかの入り口。 右は、南禅寺の三門。
日本の禅宗の中心はどこかと聞かれたら、それは、南禅寺。 光雲寺は、南禅寺の塔頭。
平安神宮から南禅寺、そして、哲学の道を通って銀閣寺へ ~京都市~ アスタ・シエンプレ(カルロス・プエブラ) (2012/5/10)


インクライン。 船を引っ張り上げたり。 琵琶湖との落差があったので。
知恩院の山門は、修理中。 ライトアップで、並んでいる。
知恩院のライトアップ。 三年坂→二年坂→石塀小路→ねねの道→知恩院。~京都市~ 他 (2012/11/26)


ねねの道。
高台寺と圓徳院、春の夜間特別拝観。 寺照らす、生命(いのち)万華鏡。~京都市~ 他 (2014/4/28)

龍馬の案内。 有料なので、見たことない。 墓は、上の方にある。
龍馬の墓 八坂神社 祇園花見小路 河原町 他 (2010/5/21)



二年坂。


八坂の塔。 好き。 ライトアップはしていない。



八坂神社。

京都駅。 京都には、歴史の他にも魅力があると感じさせてくれるので、気に入っている。
※ 歴史の他というのは、京セラ、島津製作所などの、国内屈指の最先端技術産業のこと。

大げさと思うかも知れないが、東福門院の心を想像して、聖観音像の写真を何度もを見た。
そうしたらですね、涙が出そうになったんですね。
こんな仏像に出会うのは初めて。
光雲寺の聖観音像には、ドラマが秘められている。
東福門院和子の涙のドラマです。
その全てを知って、写真を撮ってみたい。
※ この像は、ずっと秘仏だったから、きっと鑑定はしていない。
最低、重要文化財。
ガラスに囲われてもいいから、大事にしてほしいですね。
【今日の歌】 James Last - Orange Blossom Special
【道の駅】 ガレリアかめおか
【今後の予定】 バッテリーの調子が悪く、予定を変更して、鹿児島に急ぐことに。
26日は、日本海側を通って、西にまっしぐら。
電気がたまったら、ブログの作業。 それの、繰り返し。
27日の朝に、宍道湖に着いています。
この後も、時々ブログを書いて、萩に向かいます。
萩は、来年の大河ドラマの舞台。
あと、200㌔。 午後の、2時ころ着を、目指します。
ブログが、途中になるかも知れません。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)

【ランキング】 国内旅行、2位。 旅行全体で、3位です。
気に入った所がありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
ランキングが、見られます。
⇓

※ 最初は、国内旅行のランキングが。
旅行をクリックすると、旅行全体のが。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
次の日のクリックも、また、1週間生きる。
【拍 手】
.