大晦日なので、少しの見学。
いい風景を見ようと、山の上に。
千貫平(せんがんびら)自然公園。
開聞(かいもん)岳、指宿の町方面、桜島など、快晴の中に絶景。
山を下りて、池田湖。
菜の花の向こうに、開聞岳。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
印は千貫平自然公園。 右地図の赤〇には、信繁の墓と云われるのものが。 昨日行った。
薩摩半島は、全体に道がいい。

ここが千貫平自然公園。 向こうに展望台。

広く見渡せる。 開聞岳がそびえている。
大きな山ではないけど、この姿に深田久弥は感動した。 そして百名山に。

上の写真の山の左に、JR最南端の駅がある。 西大山駅。 (以前撮影)

空気は霞む。 いつものこと。

奥に大隅半島。 右端が佐多(さた)岬。

美しい岬。 (以前撮影)
上の上の写真の左部分。 中央の小さな島は、魚見岳。 その右に指宿(いぶすき)市街地。
魚見岳の左に、知林ヶ島。

魚見岳から見た、知林ヶ島。 潮が引いて、渡れる時が。 エンジェルロード。(以前撮影)

ぐるっと左方向。 左遠くに、桜島。

いつも噴煙。 鹿児島市の中心街は左端。

過去の噴火で、鳥居が埋まった。 (以前撮影)

向こうから来た。

北西方向。 昨日行った場所は、左下の方か。 直線で5㌔程。

山を下る時、途中で撮影。 これから行く、池田湖が見える。
池田湖。 菜の花の向こうに、開聞岳。

冬なのに一面の菜の花。

開聞岳の頂上から見た、池田湖。 元旦に初日を見に登った。
真っ暗いうちに登山開始。 昔の方が根性があった。 (6年ほど前)

別の場所から撮影。

観光地になっている。

この池田湖には、オオウナギがいる。

こんなの。 全長170㌢。 胴回り60㌢。 重さ20㌔。(以前撮影)

この後、篤姫の住んだ薩摩今和泉を通って戻った。
※ スーパーで買い物をして、晩にお酒。
少し風邪気味なので、何食べても美味しくないような。
※ 晩に、今後のコースを考える。
(諫早の人は、体調がよくないので、一緒に山には登れない)
そんなことで、今年も終わります。
みなさん、よいお年を迎えてくださいね。
【今日の一句】 「 1年が過ぎて また1年が過ぎて 来年はどこに行きましょう 」
【今日の歌】 New Year's Eve - Lea Michele "Auld Lang Syne" HD
【道の駅】 喜入
【明日の予定】 北に。 あちこち寄って、四国に向かいます。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)
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今までの記事には、この2枚だけ。
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旅行をクリックすると、旅行全体のが。
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いい風景を見ようと、山の上に。
千貫平(せんがんびら)自然公園。
開聞(かいもん)岳、指宿の町方面、桜島など、快晴の中に絶景。
山を下りて、池田湖。
菜の花の向こうに、開聞岳。
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印は千貫平自然公園。 右地図の赤〇には、信繁の墓と云われるのものが。 昨日行った。


薩摩半島は、全体に道がいい。

ここが千貫平自然公園。 向こうに展望台。


広く見渡せる。 開聞岳がそびえている。
大きな山ではないけど、この姿に深田久弥は感動した。 そして百名山に。

上の写真の山の左に、JR最南端の駅がある。 西大山駅。 (以前撮影)

空気は霞む。 いつものこと。

奥に大隅半島。 右端が佐多(さた)岬。

美しい岬。 (以前撮影)

上の上の写真の左部分。 中央の小さな島は、魚見岳。 その右に指宿(いぶすき)市街地。
魚見岳の左に、知林ヶ島。

魚見岳から見た、知林ヶ島。 潮が引いて、渡れる時が。 エンジェルロード。(以前撮影)

ぐるっと左方向。 左遠くに、桜島。

いつも噴煙。 鹿児島市の中心街は左端。

過去の噴火で、鳥居が埋まった。 (以前撮影)

向こうから来た。

北西方向。 昨日行った場所は、左下の方か。 直線で5㌔程。

山を下る時、途中で撮影。 これから行く、池田湖が見える。

池田湖。 菜の花の向こうに、開聞岳。

冬なのに一面の菜の花。

開聞岳の頂上から見た、池田湖。 元旦に初日を見に登った。
真っ暗いうちに登山開始。 昔の方が根性があった。 (6年ほど前)

別の場所から撮影。

観光地になっている。

この池田湖には、オオウナギがいる。

こんなの。 全長170㌢。 胴回り60㌢。 重さ20㌔。(以前撮影)

この後、篤姫の住んだ薩摩今和泉を通って戻った。
※ スーパーで買い物をして、晩にお酒。
少し風邪気味なので、何食べても美味しくないような。
※ 晩に、今後のコースを考える。
(諫早の人は、体調がよくないので、一緒に山には登れない)
そんなことで、今年も終わります。
みなさん、よいお年を迎えてくださいね。
【今日の一句】 「 1年が過ぎて また1年が過ぎて 来年はどこに行きましょう 」
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【明日の予定】 北に。 あちこち寄って、四国に向かいます。
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家康に勝てないと分かった時、信繁の願いはどう変わったでしょう。
それは、世話になった秀吉の夢を、ゼロにしないことか。
つまり、秀頼の命を守ること。
そんな気がする。
可能なのか。
信繁も家康も、影武者をいっぱい使っていた。
負けたときどうするかは、冬の陣のあとに、きっと考えた。
では、どこに落ち延びるか。
可能性が一番高いのは、薩摩の島津。
元々、徳川には従順でない。 江戸から遠い。
宇喜多秀家も、関ヶ原の後かくまっている。
桜島の近くに。
宇喜多秀家の潜居跡。 島津にかくまわれて、最後は八丈島に。 死罪を免れたのは?~垂水市~ 他 (2016/1/6)
お梅や大八は、伊達政宗に頼んだ。(家臣の片倉重綱に)
同じように、秀頼のことを考えてもおかしくない。
信繁は、秀頼に付き添う。
※ 余談 信州上田の観光大使に真田徹と云う人がいる。
この人は、上に書いた大八の子孫。 13代目。 信繁から数えて14代目。 直系。
信繁と秀頼が生き延びた可能性が、5㌫あれば十分。
今日は、薩摩の伝説を追ってみた。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
信繁の墓と云われる所は、南九州市 頴娃(えい)町 牧之内 雪丸。

場所が正確に分からない。 途中3人に聞いてやっとたどり着けた。
下の地図は、後で分かった。
2つの県道があって、印の場所。

どの道も、車は通れる。 〇から入るのがいいか。
墓の近くは、雪丸地区。 雪は降らない。 幸村が、なまったと云われる。

グーグルの地図に、道は表示された。
案内の〇の場所で、初めて幸村の墓の案内が。 それまでは、雪丸地区の案内が続いた。
お店の電話番号をカーナビに入れたら、行けると後で分かった。
青〇に駐車場。 赤〇が墓。 自分は、案内の近くから歩いた。

案内の地点の、少し南から撮影。 赤〇に案内が。

この様に。 駐車場まで、800㍍。

分岐点には、必ず案内があった。

知覧(ちらん)茶の畑。 土地の人に、知覧茶ですかと聞いたら、そうですよと。(ちらんちゃ、とは言わなかった。?。)
あと少し。

風車が見える。 右にもいくつか。 最初に聞いた人は、風車の下の方と言った。 遠くから見て。

振り返って開聞(かいもん)岳。 三角の山。 3度ほど登っている。 百名山。

右に駐車場。 正面に案内小屋(杖の小屋)。

信繁を演じた堺雅人が、5月2日に来ていた。
100㌫伝説と分かっていたら、きっと来ない。

山の下のお店で、関係するお土産が売っている。

ここから400㍍ちょっとあるので、杖。
新聞記事。 読みにくいけど。 ここを整備したことが書いてある。

幸村の子を身ごもった女性は、大川に嫁いだとある。 その家は後に、真江田を名乗ったと。
大川は、頴娃町の海岸近く。 大川駅がある。
※ このことについては、後ほどまた。

この道を行く。 少し先に案内。

右写真。 少し行って、左前方に登る。

着きました。 小さな墓。 文字は無い。

まるい小石がいっぱい。 昔、大川の浜からお賽銭代わりに持ってきた。
説明があるけど、写真に撮ると読むのは大変。 一応資料として。
薩摩伝説は、いろんな資料にあると書いてある。

信繁は焼酎が好きだった。
※ 九度山から上田に、焼酎を送ってほしいと、手紙を送っていた。
誰かが、六文銭。

上に書いた山川の話だけど、生れた子の子孫が今もいる。
その子孫の方が書いた記事がある。
※ 詳しくは、江戸時代の真田幸村の子孫。に。 この記事のあるサイトは、真田家全体について詳しい。
別方向から。 墓の近くに、住んだ屋敷があったよう。
※ 秀頼は、鹿児島市谷山に。 そこに墓がある。

ここに住んだとすれば、何を願っていたのでしょう。
秀頼と会うことはあったのか。
その辺は、調べても分からない。
徳川の世が不安定になるのを待ったのか。
この道を戻る。

小屋に着いた。 信繁も見たであろう開聞岳。

別の人達がやって来た。

天気がいいので、歩くのは楽しい。 今年は明日でお終い。

可能性を感じさせてくれる墓だったでしょうか。
いつの日か、歴史的な大きな発見があるといいです。
夏の陣で100㌫死んでしまった、でなければ、それで十分。
夢が少しでも残っていれば。
※ なお、「真田家の館」というサイトに、詳しい内容が。
※ 今日見学の墓について、Wikipedia では下のように。
信繁の記事を書くのは、一段落かなと思います。
【信繁の夢】 信繁の徳川を倒す夢は、叶わなかった。
しかし、夢を叶えたのは、兄の信幸(之)。
彼は沼田から、信州の松代藩の初代藩主に。
その松代藩は、幕末に佐久間象山を生み出す。
彼が徳川幕府崩壊のきっかけを作る。
そして、教え子の多くが長州藩士。 幕府を倒す。
信繁の、また真田の夢は、細くつながっていた。
遠い先のことだけど、叶う。
このことは、真田丸の最終回の最後に紹介される。
【今日の一句】 「 信繁の 戦乱に咲いた 花のあとさきを追う 」
「 あっち歩いて こっち歩いて 今年も暮れてゆく 」
【記事の紹介】 午後から総集編を見ました。 ワンセグの入る喜入で。 面白かった。
2日にまた見る。 BSのちゃんとした映像で。
大阪城、見事な石垣にかつての栄華が。 大阪城の出丸 真田丸は、どこにあったのか。~大阪市~ 他 (2016/10/6)
九度山は、真田昌幸と信繁が上田を夢見て暮らした土地。 住居跡に今は・・。~九度山町~ 他 (2016/10/4)
信繁の念持仏が伝わる高松神明神社。 神明地蔵尊は久度山の真田庵からここに。~京都市~ 他 (2016/10/1)
真田丸の紀行で紹介された新日吉神宮。 方広寺の鐘。 豊国神社。~京都市~ 他 (2016/9/30)
長谷寺にある真田幸隆夫妻と昌幸の墓にお参り。 真田氏本城跡の近くに。~上田城~ 他 (2016/9/22)
真田氏本城は、上田城が築かれるまで真田の拠点だった。 真田氏歴史館。~上田市~ 他 (2016/9/21)
真田氏上州の拠点、岩櫃城。 武田勝頼が岩櫃城に行っていれば、どうなったでしょう。~ 東吾妻町~ 他 (2016/9/18)
沼田城址公園。 真田信幸は初代沼田城主に。 信幸を支えた小松姫。~沼田市~ 他 (2016/9/17)
歴史の流れを変えた、名胡桃城。 真田昌幸が築く。 小田原攻めのきっかけをつくる。~みなかみ町~ 他 (2016/9/16)
信州上田は、真田3代の里。 上田城跡。 柳町の家並み。 信玄の重臣、板垣信方の墓。~上田市~ 他 (2015/6/24)
角間渓谷。 猿飛佐助伝説。 角間温泉は、真田一族の隠し湯。~上田市真田町~ 他 (2013/10/14)
信州上田は、真田幸隆・昌幸・幸村、3代の郷。 上田城跡。 他。~上田市~ 他 (2013/5/28)
白石城は、木造での復元。 片倉小十郎の妻は、真田幸村の娘、阿梅(おうめ)姫。~白石市~ 他 (2014/10/12)
浄土宗総本山、知恩院 ~日本最大の三門・千姫の墓 他~ いそしぎ(西島三重子) 他 (2012/5/9)
【その他】 信繁にずっと寄添っていたきりちゃんが良かった。
【今日の歌】 真田丸 メインテーマ
【道の駅】 喜入
【明日の予定】 近くを少しだけ。
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(2008年4月~2010年9月までの.記事)
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そんな気がする。
可能なのか。
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負けたときどうするかは、冬の陣のあとに、きっと考えた。
では、どこに落ち延びるか。
可能性が一番高いのは、薩摩の島津。
元々、徳川には従順でない。 江戸から遠い。
宇喜多秀家も、関ヶ原の後かくまっている。
桜島の近くに。
宇喜多秀家の潜居跡。 島津にかくまわれて、最後は八丈島に。 死罪を免れたのは?~垂水市~ 他 (2016/1/6)
お梅や大八は、伊達政宗に頼んだ。(家臣の片倉重綱に)
同じように、秀頼のことを考えてもおかしくない。
信繁は、秀頼に付き添う。
※ 余談 信州上田の観光大使に真田徹と云う人がいる。
この人は、上に書いた大八の子孫。 13代目。 信繁から数えて14代目。 直系。
信繁と秀頼が生き延びた可能性が、5㌫あれば十分。
今日は、薩摩の伝説を追ってみた。
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信繁の墓と云われる所は、南九州市 頴娃(えい)町 牧之内 雪丸。


場所が正確に分からない。 途中3人に聞いてやっとたどり着けた。
下の地図は、後で分かった。
2つの県道があって、印の場所。

どの道も、車は通れる。 〇から入るのがいいか。
墓の近くは、雪丸地区。 雪は降らない。 幸村が、なまったと云われる。

グーグルの地図に、道は表示された。
案内の〇の場所で、初めて幸村の墓の案内が。 それまでは、雪丸地区の案内が続いた。
お店の電話番号をカーナビに入れたら、行けると後で分かった。
青〇に駐車場。 赤〇が墓。 自分は、案内の近くから歩いた。

案内の地点の、少し南から撮影。 赤〇に案内が。

この様に。 駐車場まで、800㍍。



分岐点には、必ず案内があった。


知覧(ちらん)茶の畑。 土地の人に、知覧茶ですかと聞いたら、そうですよと。(ちらんちゃ、とは言わなかった。?。)
あと少し。


風車が見える。 右にもいくつか。 最初に聞いた人は、風車の下の方と言った。 遠くから見て。


振り返って開聞(かいもん)岳。 三角の山。 3度ほど登っている。 百名山。

右に駐車場。 正面に案内小屋(杖の小屋)。

信繁を演じた堺雅人が、5月2日に来ていた。
100㌫伝説と分かっていたら、きっと来ない。


山の下のお店で、関係するお土産が売っている。


ここから400㍍ちょっとあるので、杖。
新聞記事。 読みにくいけど。 ここを整備したことが書いてある。


幸村の子を身ごもった女性は、大川に嫁いだとある。 その家は後に、真江田を名乗ったと。
大川は、頴娃町の海岸近く。 大川駅がある。
※ このことについては、後ほどまた。



この道を行く。 少し先に案内。


右写真。 少し行って、左前方に登る。


着きました。 小さな墓。 文字は無い。


まるい小石がいっぱい。 昔、大川の浜からお賽銭代わりに持ってきた。
説明があるけど、写真に撮ると読むのは大変。 一応資料として。
薩摩伝説は、いろんな資料にあると書いてある。


信繁は焼酎が好きだった。
※ 九度山から上田に、焼酎を送ってほしいと、手紙を送っていた。
誰かが、六文銭。


上に書いた山川の話だけど、生れた子の子孫が今もいる。
その子孫の方が書いた記事がある。
※ 詳しくは、江戸時代の真田幸村の子孫。に。 この記事のあるサイトは、真田家全体について詳しい。

別方向から。 墓の近くに、住んだ屋敷があったよう。
※ 秀頼は、鹿児島市谷山に。 そこに墓がある。


ここに住んだとすれば、何を願っていたのでしょう。
秀頼と会うことはあったのか。
その辺は、調べても分からない。
徳川の世が不安定になるのを待ったのか。
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小屋に着いた。 信繁も見たであろう開聞岳。


別の人達がやって来た。

天気がいいので、歩くのは楽しい。 今年は明日でお終い。

可能性を感じさせてくれる墓だったでしょうか。
いつの日か、歴史的な大きな発見があるといいです。
夏の陣で100㌫死んでしまった、でなければ、それで十分。
夢が少しでも残っていれば。
※ なお、「真田家の館」というサイトに、詳しい内容が。
※ 今日見学の墓について、Wikipedia では下のように。

信繁の記事を書くのは、一段落かなと思います。
【信繁の夢】 信繁の徳川を倒す夢は、叶わなかった。
しかし、夢を叶えたのは、兄の信幸(之)。
彼は沼田から、信州の松代藩の初代藩主に。
その松代藩は、幕末に佐久間象山を生み出す。
彼が徳川幕府崩壊のきっかけを作る。
そして、教え子の多くが長州藩士。 幕府を倒す。
信繁の、また真田の夢は、細くつながっていた。
遠い先のことだけど、叶う。
このことは、真田丸の最終回の最後に紹介される。
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大阪城、見事な石垣にかつての栄華が。 大阪城の出丸 真田丸は、どこにあったのか。~大阪市~ 他 (2016/10/6)
九度山は、真田昌幸と信繁が上田を夢見て暮らした土地。 住居跡に今は・・。~九度山町~ 他 (2016/10/4)
信繁の念持仏が伝わる高松神明神社。 神明地蔵尊は久度山の真田庵からここに。~京都市~ 他 (2016/10/1)
真田丸の紀行で紹介された新日吉神宮。 方広寺の鐘。 豊国神社。~京都市~ 他 (2016/9/30)
長谷寺にある真田幸隆夫妻と昌幸の墓にお参り。 真田氏本城跡の近くに。~上田城~ 他 (2016/9/22)
真田氏本城は、上田城が築かれるまで真田の拠点だった。 真田氏歴史館。~上田市~ 他 (2016/9/21)
真田氏上州の拠点、岩櫃城。 武田勝頼が岩櫃城に行っていれば、どうなったでしょう。~ 東吾妻町~ 他 (2016/9/18)
沼田城址公園。 真田信幸は初代沼田城主に。 信幸を支えた小松姫。~沼田市~ 他 (2016/9/17)
歴史の流れを変えた、名胡桃城。 真田昌幸が築く。 小田原攻めのきっかけをつくる。~みなかみ町~ 他 (2016/9/16)
信州上田は、真田3代の里。 上田城跡。 柳町の家並み。 信玄の重臣、板垣信方の墓。~上田市~ 他 (2015/6/24)
角間渓谷。 猿飛佐助伝説。 角間温泉は、真田一族の隠し湯。~上田市真田町~ 他 (2013/10/14)
信州上田は、真田幸隆・昌幸・幸村、3代の郷。 上田城跡。 他。~上田市~ 他 (2013/5/28)
白石城は、木造での復元。 片倉小十郎の妻は、真田幸村の娘、阿梅(おうめ)姫。~白石市~ 他 (2014/10/12)
浄土宗総本山、知恩院 ~日本最大の三門・千姫の墓 他~ いそしぎ(西島三重子) 他 (2012/5/9)
【その他】 信繁にずっと寄添っていたきりちゃんが良かった。
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今日の話は、神話の中での話。
初代天皇は、神武天皇。
その前の3代は、神代三代(かみよさんだい)と呼ばれる。 日向(ひゅうが)三代とも。
三代のうち、2つは見学している。
今日は残りの、ニニギの陵(はか)。
可愛(えの)山陵(さんりょう)。
薩摩川内の新田神社にある。
神社にあるのは、珍しい。
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場所は、原発で名前を聞く薩摩川内市。
市街地の外れにある。

長い石段の上に。

太鼓橋が入り口。 コンクリートの新しい橋(明治に)。

明治までは、古い橋だった。 島津義弘が関わってると、説明に。

太鼓橋の上から。 向こうに、小さな石橋。 これは本物の石橋。

初詣の準備。 この石段の上に駐車場。

駐車場に来て、下を撮った。 左に、カッパの像。

再び、長い石段。

雰囲気のいい石段を登る。

右にクスノキの巨木。 説明には、与謝野鉄幹が来てると。

拝殿。 写ってないけど、元旦の準備の人が、忙しそうに動いている。
説明に寺のような建物と。 神仏混淆の時代が続いたから。

ニニギは、3代のうちの初代。
反対方向から。

本殿の右に、山陵への道がある。 整備されている。

拝殿の後ろに本殿。 右端。 その後ろに、ニニギの陵(はか)が。

石段の上に見えた。 右に、ここにも大きなクスノキの老木。
山の頂上に、古墳のようにあるんですね。

明治に入って、ここをニニギに墓と決めた。 明治政府が。
本当は、正確にはどこだか分からないけど、一応ここにした。
宮内庁が管理している。

神代三代は、下の図に。 ※ 霧島神宮では三代を祀っている。
初代が、ニニギ。 妻はコノハナサクヤヒメ。
戻るけど、左にクスノキ。 中は大きな空洞。 それでも生きている。

神代三代の陵(はか)は、宮崎県の方でも、自分の所が本物だと主張している所がある。
宮内庁は、そこも候補として、それなりに認めている。
神代三代は全部、鹿児島県にある。
明治時代の政府の中枢には、薩摩出身の物が多かった。 ※ 薩長で幕府を倒したから。
それがあって、みんな鹿児島県に。
(宮崎県は、悔しい思い)
本殿の近くに、校倉(あぜくら)造りの建物が。
何かを保管してますね。

この石段を下って戻る。

今の天皇が、天照大神からずっと続いていることを示すために、神代三代の墓をここですよと決めた。
神話の中の話なんだが。
本物かどうか議論しても、意味は無い。
神話なんですから。
神話の中身を、明治政府はこうした、と云うことですね。
これで、神代三代と云われる陵の見学は完了しました。
【今日の一句】 「 新田神社の歴史は クスノキの巨木で 」
【記事の紹介】
高屋山上陵は、山幸彦の陵(はか)と云われるものだった。 熊襲の穴は、奥が広い洞窟。~霧島市~ 他 (2015/1/7)
吾平山上陵(あいらさんりょう) 圧倒的な本数の、くにの松原 ~鹿屋市・大崎町~ 雨に消えたあなた 他 (2012/3/12)
霧島神宮の祭神は、神代三代の天皇と神武天皇だった。 神木は メアサ杉。 性空上人の墓。~霧島市~ 他 (2015/1/9)
【今日の歌】 Quiero bailar (踊りたいって意味) 歌ってるのは、Kinzli。 ロンドン在住。
【道の駅】 きんぽう木花館
【明日の予定】 真田信繁の墓に。
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初代天皇は、神武天皇。
その前の3代は、神代三代(かみよさんだい)と呼ばれる。 日向(ひゅうが)三代とも。
三代のうち、2つは見学している。
今日は残りの、ニニギの陵(はか)。
可愛(えの)山陵(さんりょう)。
薩摩川内の新田神社にある。
神社にあるのは、珍しい。
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場所は、原発で名前を聞く薩摩川内市。
市街地の外れにある。


長い石段の上に。

太鼓橋が入り口。 コンクリートの新しい橋(明治に)。

明治までは、古い橋だった。 島津義弘が関わってると、説明に。


太鼓橋の上から。 向こうに、小さな石橋。 これは本物の石橋。


初詣の準備。 この石段の上に駐車場。

駐車場に来て、下を撮った。 左に、カッパの像。

再び、長い石段。

雰囲気のいい石段を登る。

右にクスノキの巨木。 説明には、与謝野鉄幹が来てると。


拝殿。 写ってないけど、元旦の準備の人が、忙しそうに動いている。
説明に寺のような建物と。 神仏混淆の時代が続いたから。


ニニギは、3代のうちの初代。

反対方向から。

本殿の右に、山陵への道がある。 整備されている。

拝殿の後ろに本殿。 右端。 その後ろに、ニニギの陵(はか)が。

石段の上に見えた。 右に、ここにも大きなクスノキの老木。

山の頂上に、古墳のようにあるんですね。

明治に入って、ここをニニギに墓と決めた。 明治政府が。
本当は、正確にはどこだか分からないけど、一応ここにした。
宮内庁が管理している。


神代三代は、下の図に。 ※ 霧島神宮では三代を祀っている。
初代が、ニニギ。 妻はコノハナサクヤヒメ。

戻るけど、左にクスノキ。 中は大きな空洞。 それでも生きている。


神代三代の陵(はか)は、宮崎県の方でも、自分の所が本物だと主張している所がある。
宮内庁は、そこも候補として、それなりに認めている。
神代三代は全部、鹿児島県にある。
明治時代の政府の中枢には、薩摩出身の物が多かった。 ※ 薩長で幕府を倒したから。
それがあって、みんな鹿児島県に。
(宮崎県は、悔しい思い)
本殿の近くに、校倉(あぜくら)造りの建物が。
何かを保管してますね。

この石段を下って戻る。

今の天皇が、天照大神からずっと続いていることを示すために、神代三代の墓をここですよと決めた。
神話の中の話なんだが。
本物かどうか議論しても、意味は無い。
神話なんですから。
神話の中身を、明治政府はこうした、と云うことですね。
これで、神代三代と云われる陵の見学は完了しました。
【今日の一句】 「 新田神社の歴史は クスノキの巨木で 」
【記事の紹介】
高屋山上陵は、山幸彦の陵(はか)と云われるものだった。 熊襲の穴は、奥が広い洞窟。~霧島市~ 他 (2015/1/7)
吾平山上陵(あいらさんりょう) 圧倒的な本数の、くにの松原 ~鹿屋市・大崎町~ 雨に消えたあなた 他 (2012/3/12)
霧島神宮の祭神は、神代三代の天皇と神武天皇だった。 神木は メアサ杉。 性空上人の墓。~霧島市~ 他 (2015/1/9)
【今日の歌】 Quiero bailar (踊りたいって意味) 歌ってるのは、Kinzli。 ロンドン在住。
【道の駅】 きんぽう木花館
【明日の予定】 真田信繁の墓に。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)

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長島町は昔、天草諸島の一部だった。
薩摩の島津氏が、戦国時代の初めに、肥後から奪い取った。
それがあって、今は鹿児島県に。
黒之瀬戸大橋を渡ると、長島町。
橋のおかげで、島は発展した。
ジャガイモを中心とした農業と、ブリの養殖の漁業で。
今は、豊饒(ほうじょう)の島と云っていいほどに。
ジャガイモは段々畑でつくられる。
今日は、冬を感じさせない、その畑を見学した。
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( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
鹿児島県の北西部。 長島、獅子島など、多くの島が集まって長島町。

〇の中を見学。 最初は、青〇から見る。
航空写真。 土地は、大事に使われているのが分かる。

展望所。 下の浜が、上(あが)り浜。 天草が見える。 甑(こしき)島も。(最後に紹介)

黒之瀬戸大橋を渡って、少し走ると、この風景。 誰もが、圧倒される。

上り浜が美しい。 甑島が海に浮かぶ。

左の岬は、板場鼻。
遠くは天草の下須(げす)島。
※ 九州本土から7つの橋を渡っていく。 日本の島では、7つが最高。
他には、天草の通詞(つうじ)島。 安芸灘(あきなだ)諸島の、岡島。(最後に紹介)

もし棚田なら、棚田百選は楽々。 規模の大きさと、景観の雄大さで、棚田20選のレベルでしょうか。

ジャガイモで、豊かな島になった。 海と空とジャガイモ畑。 いい風景。
港が見える。 この後、港の上に行く。

坂を下って、振り返った。 上り浜。

港の上に来た。 ジャガイモ畑が、青々と。 間もなく収穫か。 手前は、種イモをまいたばかりか。

上から下を。 さっきは、向こうから見た。
長島のジャガイモの栽培には休みがない。
連作による土の問題は、長年の研究でクリアしている。

種イモから芽が出る頃、芽を寒さから守るために、黒いビニール。

遠くに阿久根市の市街地。

土地がこんなに大事に使われてる島は、他には知らない。
瀬戸内の島だってどこの島だって、みんな大変。
猫とお年寄りだけの島は、珍しくない。
上とは反対側の斜面に。 谷の感じ。

この様に家並も。 ちょっとした所に、畑が見える。 右上に国道。
右写真は、右上遠くの石垣。 平べったい小さな石を積んでいる。
※ 余談 この石積みは、長崎の教会群の石垣に似ている。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、数年後には世界遺産になりそう。(追加申請が終わっている)
前回、弾圧されたキリシタンの扱いに問題があって、世界遺産にならなかった。

谷の中。 一面、黒いシート。 土地の人が、芽が出るのが少し遅れてるんですよと。
芽は、シートで大事に守られる。

右遠くに、天草の下須島。 どこにでも畑。 下では、ブタを飼っているのかな。

国道に上がって来た。 車は、適当なところに停められる。
赤土が長島の土の特徴。 これが、ジャガイモに向いている。 他と違うジャガイモが。

冬のスーパーには、貯蔵したジャガイモが並ぶ。
でも、長島のジャガイモは、新ジャガイモ。 値段が高い。
春に京都に行ったとき、長島のジャガイモを見るのは珍しくない。

盛り土(うね)も機械でするよう。 これの模様が美しい。

こうですからね。 これから種イモを植えるのか。

向こうの畑は、白いビニルシート。 なんでも、機械だ。 遠くで。

長島のジャガイモは、煮崩れしない。 メークインでないのに。
※ 今日社長さんの奥様から、カレーライスとご飯を頂いた。 いっぱい。
晩に食べて朝に食べて、なくなった。 美味しかった。 他と味が違う。

国道の上に来た。 道が細いから歩いて。 最初の場所が遠くに。

阿久根の市街地が良く見える。 甑(こしき)島には、あそこから。

畑の土の色が違う。 客土のようなことをするのかな。

長島は、赤土が基本。 他の産地は、ジャガイモに赤土を付けて売りたいくらい。(実際にあった)

ジャガイモ栽培のノウハウは、農機具販売会社の社長さんや、農協によって。
驚く情報量の元に、栽培されている。 (社長さんの情報は、コンピュータで管理)

上の風景の、右方向。 豊かな風景に見えてくる。

農業も戦いだから、大変。
それでも、社長さんの事務所に来る人達は、競争を楽しんで様にも見える。
社長さんの情報を元に、工夫することによって、収穫は上がる。 それが面白いのか。
段々畑が輝いて見える。
島に降り注ぐ陽光は強いのかって感じるほどに。
【今日の一句】 「長島の段々畑 努力が報われて 今の風景に 」
【記事の紹介】
ジャガイモの段々畑は、四国にも。 規模は、長島よりずっと小さいけど。 坂が急。
遊子水荷浦の段畑は、山の上まで続いていた。 ~宇和島市 三浦半島~ 他 (2011/2/1)
下の記事で、下須島に行った。 道が細くなって、奥まで行かなかった。
桜木展望所から、牛深の街並みとハイヤ大橋を眺める。 橋を渡る。~天草市~ 他 (2013/1/23)
甑島の記事は、文が完成してないのが。
下甑島をバイクで走る。 観音三滝、武家屋敷通り、釣掛埼灯台、他。~薩摩川内市~ 他 (2013/1/20)
薩摩半島の30㌔沖に浮かぶ、甑(こしき)島列島。 上甑島の長目の浜、他。~薩摩川内市~ 他 (2013/1/19)
7つの橋で行く島。
林芙美子文学碑を訪ねて・・~苓北町富岡半島~ 通詞島で釣り人とおしゃべり 他 (2010/2/8)
関前の岡村港近くを歩く。 安芸灘諸島の一番奥。 そこから愛媛県。 鏝絵の家。~今治市~ 他 (2016/3/5)
【今日の歌】 つまさき坂 永井龍雲 今日歩いた道は、どこもつま先上がりの坂道でした。
【停泊場所】 阿久根市のAZの駐車場。 24時間営業の巨大スーパー。
【明日の予定】 南に。 2~3日後に、真田信繁の墓に。 頴娃(えい)にある。
Wikipediaには、下のように。
堺雅人がお参りしている。

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展望所。 下の浜が、上(あが)り浜。 天草が見える。 甑(こしき)島も。(最後に紹介)


黒之瀬戸大橋を渡って、少し走ると、この風景。 誰もが、圧倒される。

上り浜が美しい。 甑島が海に浮かぶ。


左の岬は、板場鼻。
遠くは天草の下須(げす)島。
※ 九州本土から7つの橋を渡っていく。 日本の島では、7つが最高。
他には、天草の通詞(つうじ)島。 安芸灘(あきなだ)諸島の、岡島。(最後に紹介)


もし棚田なら、棚田百選は楽々。 規模の大きさと、景観の雄大さで、棚田20選のレベルでしょうか。

ジャガイモで、豊かな島になった。 海と空とジャガイモ畑。 いい風景。
港が見える。 この後、港の上に行く。



坂を下って、振り返った。 上り浜。

港の上に来た。 ジャガイモ畑が、青々と。 間もなく収穫か。 手前は、種イモをまいたばかりか。


上から下を。 さっきは、向こうから見た。
長島のジャガイモの栽培には休みがない。
連作による土の問題は、長年の研究でクリアしている。

種イモから芽が出る頃、芽を寒さから守るために、黒いビニール。


遠くに阿久根市の市街地。

土地がこんなに大事に使われてる島は、他には知らない。
瀬戸内の島だってどこの島だって、みんな大変。
猫とお年寄りだけの島は、珍しくない。
上とは反対側の斜面に。 谷の感じ。

この様に家並も。 ちょっとした所に、畑が見える。 右上に国道。
右写真は、右上遠くの石垣。 平べったい小さな石を積んでいる。
※ 余談 この石積みは、長崎の教会群の石垣に似ている。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、数年後には世界遺産になりそう。(追加申請が終わっている)
前回、弾圧されたキリシタンの扱いに問題があって、世界遺産にならなかった。


谷の中。 一面、黒いシート。 土地の人が、芽が出るのが少し遅れてるんですよと。
芽は、シートで大事に守られる。

右遠くに、天草の下須島。 どこにでも畑。 下では、ブタを飼っているのかな。

国道に上がって来た。 車は、適当なところに停められる。
赤土が長島の土の特徴。 これが、ジャガイモに向いている。 他と違うジャガイモが。

冬のスーパーには、貯蔵したジャガイモが並ぶ。
でも、長島のジャガイモは、新ジャガイモ。 値段が高い。
春に京都に行ったとき、長島のジャガイモを見るのは珍しくない。

盛り土(うね)も機械でするよう。 これの模様が美しい。

こうですからね。 これから種イモを植えるのか。

向こうの畑は、白いビニルシート。 なんでも、機械だ。 遠くで。


長島のジャガイモは、煮崩れしない。 メークインでないのに。
※ 今日社長さんの奥様から、カレーライスとご飯を頂いた。 いっぱい。
晩に食べて朝に食べて、なくなった。 美味しかった。 他と味が違う。

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畑の土の色が違う。 客土のようなことをするのかな。


長島は、赤土が基本。 他の産地は、ジャガイモに赤土を付けて売りたいくらい。(実際にあった)

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農業も戦いだから、大変。
それでも、社長さんの事務所に来る人達は、競争を楽しんで様にも見える。
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ジャガイモの段々畑は、四国にも。 規模は、長島よりずっと小さいけど。 坂が急。
遊子水荷浦の段畑は、山の上まで続いていた。 ~宇和島市 三浦半島~ 他 (2011/2/1)
下の記事で、下須島に行った。 道が細くなって、奥まで行かなかった。
桜木展望所から、牛深の街並みとハイヤ大橋を眺める。 橋を渡る。~天草市~ 他 (2013/1/23)
甑島の記事は、文が完成してないのが。
下甑島をバイクで走る。 観音三滝、武家屋敷通り、釣掛埼灯台、他。~薩摩川内市~ 他 (2013/1/20)
薩摩半島の30㌔沖に浮かぶ、甑(こしき)島列島。 上甑島の長目の浜、他。~薩摩川内市~ 他 (2013/1/19)
7つの橋で行く島。
林芙美子文学碑を訪ねて・・~苓北町富岡半島~ 通詞島で釣り人とおしゃべり 他 (2010/2/8)
関前の岡村港近くを歩く。 安芸灘諸島の一番奥。 そこから愛媛県。 鏝絵の家。~今治市~ 他 (2016/3/5)
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見学の予定は、段々畑だった。
ところが、予報より天気は荒れた。
社長さんが、川内高城温泉の竹屋の岩風呂がいいという。
リニューアルしたそうだ。 ※ せんだい たき おんせん
今日は、のんびりした一日になりそう。
自分の車は、社長さんが点検。
社長さんの車で動く。
同じ車。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
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長島から40㌔ほど。

西方駅の近くから、山の中に。

右に、西方駅。 国道3から、入って来た。 海は大荒れ。 サーファーはいない。
鉄道は、肥薩おれんじ鉄道。

おれんじ鉄道は、第3セクター。
鹿児島本線の八代と薩摩川内間が、その鉄道。
※ 鹿児島本線はずっと昔、今の肥薩線の方だった。
(肥薩線は八代から人吉を通って鹿児島に)
真幸駅は、スイッチバックの秘境駅。 山あいに幸福の鐘、鳴り響く。~えびの市~ 他 (2015/1/21)

途中に神社があった。 宮司地区。 西郷さんがいる。

薩摩半島の谷は深くない。 台地っぽい山地が続く。

川内高城温泉の入り口。 社長さんの車。 駐車場は、温泉の反対側にある。

駐車場に車を置いて。 そばにあった地図。 こじんまりとした温泉街。
昔は、湯治で流行った。

歩き出したら、梅が一輪。 気の早い花。 うれしくなってくる。

左が公衆浴場。 200円。 いつもはここ。

西郷さんも入った。 近くに住むところを借りて。 熱い湯。
お店もある。 ミニ居酒屋の感じ。 ここでいつかは飲んでみたい。

そうしてこの道。 参ったかと云うほどのにぎやかさ。

少し行って、左に入る。 狭いけど、ここに車は停められるか。
※ ここの温泉街は、リニューアルしてる所が他にも。
さびれて最後は無くなる、ということのない温泉地。

川内岩風呂とある。 竹屋別館の温泉。 入ったら、右のが。 後のはゴリラみたい。
写真は、ここの温泉街のHPからお借り。 湯船は他にもある。
熱い湯船に入ると、小さな傷跡に浸みる。
傷が無くても、浸みる感じも。 お湯に攻められる。 300円。

すっかり温まって、戻る。 左に、竹屋旅館の本館。 正面にさっきの店。

田の神様。 田でよく見る。 目とまゆが西郷さんみたいだ。

社長さんから、車が直ったよと連絡があって、戻る。
体は、1時間ほどポカポカだった。 今日は、自分の好きな温泉に入れた。
晩の7時に、社長さんの隣のお家に行く。
一緒に旅した、Aくんのお家。
Y子先生にマッサージをしてもらう。 鍼灸の先生でも。 Aくんのおばあちゃん。
【今日の一句】 「 Y子先生の神の手 気持ちよさと痛さの境目を さまよう 」
【その他】 朝、社長さんの会社の事務所に、下のが。
大きな芋のかたまり。 金持になれそうな名前。
今年は小さめだけど、こんなジャガイモ。 長島は、ジャガイモで有名。 1年中栽培。
社長さんの車を紹介。 社長さんは、木を加工して何でも作る。

トイレもシャワーも、使える状態。
座席の部分は、自分の車も、最初はこうだった。
右写真は、これを利用して、1年生のSちゃんが上に上がる。

マッサージは7時過ぎまで。 気持ちいい。 ごくらく。 ずっとお話し。
終るころ、社長さん夫婦がやって来た。
10時過ぎまで、ケーキを食べたり何したり。
帰りに、焼酎やリンゴをいっぱいいただいた。
【今日の歌】 WIESŁAWA DUDKOWIAK AKORDEON her most beautiful accordion melodies
この人の演奏の魅力は、何でしょう。
すっと身をかわすように演奏するときがある。 切れ味鋭く。
【停泊場所】 AZの駐車場
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右に、西方駅。 国道3から、入って来た。 海は大荒れ。 サーファーはいない。
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途中に神社があった。 宮司地区。 西郷さんがいる。


薩摩半島の谷は深くない。 台地っぽい山地が続く。

川内高城温泉の入り口。 社長さんの車。 駐車場は、温泉の反対側にある。

駐車場に車を置いて。 そばにあった地図。 こじんまりとした温泉街。
昔は、湯治で流行った。


歩き出したら、梅が一輪。 気の早い花。 うれしくなってくる。



左が公衆浴場。 200円。 いつもはここ。


西郷さんも入った。 近くに住むところを借りて。 熱い湯。
お店もある。 ミニ居酒屋の感じ。 ここでいつかは飲んでみたい。

そうしてこの道。 参ったかと云うほどのにぎやかさ。


少し行って、左に入る。 狭いけど、ここに車は停められるか。
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さびれて最後は無くなる、ということのない温泉地。

川内岩風呂とある。 竹屋別館の温泉。 入ったら、右のが。 後のはゴリラみたい。


写真は、ここの温泉街のHPからお借り。 湯船は他にもある。
熱い湯船に入ると、小さな傷跡に浸みる。
傷が無くても、浸みる感じも。 お湯に攻められる。 300円。

すっかり温まって、戻る。 左に、竹屋旅館の本館。 正面にさっきの店。

田の神様。 田でよく見る。 目とまゆが西郷さんみたいだ。


社長さんから、車が直ったよと連絡があって、戻る。
体は、1時間ほどポカポカだった。 今日は、自分の好きな温泉に入れた。
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今年は小さめだけど、こんなジャガイモ。 長島は、ジャガイモで有名。 1年中栽培。

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座席の部分は、自分の車も、最初はこうだった。
右写真は、これを利用して、1年生のSちゃんが上に上がる。


マッサージは7時過ぎまで。 気持ちいい。 ごくらく。 ずっとお話し。
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