天気がいいので遠くには行かない。
(曇りなら、遠くへ。 電気をつくるため)
島を走ることに。
新しい発見がないかなって。
昔、長島に遣唐使船が流れ着いた。
女の人がいたらしい。
昨日から社長さんと、誰だろうって話していた。
晩に分かったよって、社長さんから電話。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
島の近くを、豪華客船が通るという。 八代を目指して。
何の船かを調べてみた。 大きさに、びっくり。

今日は赤〇に行った。 赤い線は、豪華客船のルート。

社長さんの会社からスタート。 温泉の左下に道の駅。 段々畑はじゃがいも。

道の駅に、こんなの。 島のあっちこっちに。 造形作品展をやってるよう。

道端には、花壇が多い。 島の大きな通りに。

じゃがいも畑。 遠くの山並みは天草。

天草に渡る蔵之元港。 自分にとっては、橋が出来たらうれしい。

何度も渡ったことが。

ここにもあった。 マンモス。

100円のお店。 みかんがあればと見に来た。 今日はない。
10個くらい入ったのが100円の時も。
ブーゲンビリア。 この前は温室のを見た。

山の上の道を行ってみた。 見えた見えた。 向こうは天草。 海は、長島海峡。

大きな船は、左の島のこっちを通るよう。

上の写真の右の方。
明治時代、野を越え山越えして天草を歩いた若者たちがいた。
リーダーは、与謝野鉄幹。 全部で5人。 5足の靴の本が。
北原白秋や吉井勇など。

昨年あたりから、この2隻が主に来ている。
下は、オベーション・オブ・ザ・シーズ
就航:2016年4月/総トン数:168,666t/全長:348m
最大幅:41m/乗客定員:4,180名/乗組員数:1,500名/巡航速度:22.0ノット
世界で2番目の大きさだという。
アメリカの船で、八代に来るお客のほとんどは、中国人。

クァンタム・オブ・ザ・シーズ。 大きさとは上とほぼ同じ。
台風のような強い風が吹いたら、ひっくり返りそう。
※ 巡視船などは、転覆しない仕組み。

山道を行ってみる。

島はじゃがいもと漁業で活気がある。 たくさんの集落。 限界集落ではなく。

乳之瀬橋を渡って、諸浦島へ。

広く養殖。 主にブリ。 ブリ王のブランド。

諸浦港に着いた。 ここからフェリーで獅子島に。 天草にも。

※ 以前の写真。 Aくんと。 かわいいフェリー。 どっちが前かな。

獅子島。 橋が出来て欲しいと町民は願っている。 以前あの山に登った。

集落はこのように。

戻って、伊唐島に。 伊唐大橋。
じゃがいもの畑。 橋が出来て、島は活気づいた。

ここも、養殖が盛ん。

海から離れたら、畑が続く。

養殖の網か。 奥に、生簀(いけす)。

子供の声がしたので振り返ったら、伊唐小学校。
児童数15名。 持ちこたえている。

何を思って、どんな心で生活しているのか。
校歌で、地域の自然も分かってくる。
八代海だから、不知火(しらぬい)。 伊唐小学校HP。

戻る時に、伊唐大橋を。 船が行き来して。

長島の入り口にある、道の駅だんだん市場に。

みかんと野菜を買った。
刺身にしてと云ったら、3分後には出来上がる。 以前一度だけ。

ここにもあった。

簡単に、長島町の風景を紹介しました。
自然豊か。 豊饒の島です。
【その他】 社長さんは、どうやって調べたのでしょう。
藤原喜娘(ふじわらのきじょう)は、藤原清河(ふじわらのきよかわ)の娘。
奈良時代終わり頃の話。
清河は遣唐使として中国に。
そこで現地の人との間に、喜娘(きじょう)が生まれた。
喜娘は大きくなるが、父の清河は亡くなる。
彼女は父の故郷の日本に行ってみたい。
遣唐使船で日本に向かう。
荒天で船は難破。
6日間、半分になった船の前の部分にしがみついて、40人ほどが長島に漂着。
(約100人が乗っていた) (漂着の地に碑がある)
その後の彼女の足取りがはっきりしない。
奈良の都に向かったらしいが。
唐招提寺辺りに。
梓澤要(あづさわかなめ)という人が、本を書いている。
読んでみたい。
※ 喜娘のことを調べ始めたきっかけはこう。
上陸地点の近くの集落に、公民館が出来る。
その名前の愛称を募集している。
社長さんは、昔流れ着いた姫がいたと言った。
その人の名前を付ければいいのではと。
それで調べ始めた。
※ こことここに、彼女のことが。
※ 大河の直虎の原作はないと云われる。
しかし、梓澤要という人は、2006年に下の本を出している。
『女(おなご)にこそあれ次郎法師』(2006年、新人物往来社) (井伊直虎)
※ 追記 流れ着いた場所は、下の印。 遣唐使漂着の地 記念碑がある。

赤〇に「女渕橋」というバス停。
藤原喜娘に惚れた男がいて、彼女がいなくなって嘆き悲しむ。
ある渕に身を投げる。
その渕が、女渕(おなふち)と呼ばれるようになり、女渕橋の名で残っている。(社長さんの奥様から)

遣唐使漂着の地 記念碑。 (以前撮影)
※ 追記 喜娘(きじょう)の父の藤原清河は、藤原不比等の次男の子供。
高貴な家柄。
彼女は、喜娘姫と呼ばれてもおかしくないですね。
社長さんが、姫と呼んだように。
公民館の愛称は、喜娘公民館が基本でしょうか。
読みが難しいとすれば、きじょう公民館か、きじょう姫公民館。
子供たちのことを考えたら、きじょう姫公民館かなと。
姫が付いて、少し華やかになる。 明るくも。
さらに、標示はきじょう姫公民館にして、普段は「姫公民館」と呼んでもいいことに。
子供たちが忙しい時は「姫に行ってくるね」って、さらに短くなっても構わない。
長島のはるか昔の先人は、喜娘たちの漂着を助けた。
喜娘を知ることで、先人の生き方が学べる。
「きじょう姫公民館」 子供たちにとって、いい名前かなって思うのですが。
【道の駅】 長島
【明日の予定】 車の点検。 バッテリー関係などを社長さんが。 自分は近くで釣り。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)
※ プロフィール・・・。 ⇒
今までの記事には、この2枚だけ。
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(曇りなら、遠くへ。 電気をつくるため)
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新しい発見がないかなって。
昔、長島に遣唐使船が流れ着いた。
女の人がいたらしい。
昨日から社長さんと、誰だろうって話していた。
晩に分かったよって、社長さんから電話。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
島の近くを、豪華客船が通るという。 八代を目指して。
何の船かを調べてみた。 大きさに、びっくり。

今日は赤〇に行った。 赤い線は、豪華客船のルート。

社長さんの会社からスタート。 温泉の左下に道の駅。 段々畑はじゃがいも。

道の駅に、こんなの。 島のあっちこっちに。 造形作品展をやってるよう。



道端には、花壇が多い。 島の大きな通りに。

じゃがいも畑。 遠くの山並みは天草。

天草に渡る蔵之元港。 自分にとっては、橋が出来たらうれしい。

何度も渡ったことが。

ここにもあった。 マンモス。

100円のお店。 みかんがあればと見に来た。 今日はない。
10個くらい入ったのが100円の時も。

ブーゲンビリア。 この前は温室のを見た。

山の上の道を行ってみた。 見えた見えた。 向こうは天草。 海は、長島海峡。

大きな船は、左の島のこっちを通るよう。

上の写真の右の方。
明治時代、野を越え山越えして天草を歩いた若者たちがいた。
リーダーは、与謝野鉄幹。 全部で5人。 5足の靴の本が。
北原白秋や吉井勇など。

昨年あたりから、この2隻が主に来ている。
下は、オベーション・オブ・ザ・シーズ
就航:2016年4月/総トン数:168,666t/全長:348m
最大幅:41m/乗客定員:4,180名/乗組員数:1,500名/巡航速度:22.0ノット
世界で2番目の大きさだという。
アメリカの船で、八代に来るお客のほとんどは、中国人。

クァンタム・オブ・ザ・シーズ。 大きさとは上とほぼ同じ。
台風のような強い風が吹いたら、ひっくり返りそう。
※ 巡視船などは、転覆しない仕組み。


山道を行ってみる。

島はじゃがいもと漁業で活気がある。 たくさんの集落。 限界集落ではなく。

乳之瀬橋を渡って、諸浦島へ。

広く養殖。 主にブリ。 ブリ王のブランド。

諸浦港に着いた。 ここからフェリーで獅子島に。 天草にも。

※ 以前の写真。 Aくんと。 かわいいフェリー。 どっちが前かな。


獅子島。 橋が出来て欲しいと町民は願っている。 以前あの山に登った。

集落はこのように。

戻って、伊唐島に。 伊唐大橋。
じゃがいもの畑。 橋が出来て、島は活気づいた。

ここも、養殖が盛ん。

海から離れたら、畑が続く。

養殖の網か。 奥に、生簀(いけす)。

子供の声がしたので振り返ったら、伊唐小学校。
児童数15名。 持ちこたえている。

何を思って、どんな心で生活しているのか。
校歌で、地域の自然も分かってくる。
八代海だから、不知火(しらぬい)。 伊唐小学校HP。

戻る時に、伊唐大橋を。 船が行き来して。

長島の入り口にある、道の駅だんだん市場に。


みかんと野菜を買った。
刺身にしてと云ったら、3分後には出来上がる。 以前一度だけ。



ここにもあった。

簡単に、長島町の風景を紹介しました。
自然豊か。 豊饒の島です。
【その他】 社長さんは、どうやって調べたのでしょう。
藤原喜娘(ふじわらのきじょう)は、藤原清河(ふじわらのきよかわ)の娘。
奈良時代終わり頃の話。
清河は遣唐使として中国に。
そこで現地の人との間に、喜娘(きじょう)が生まれた。
喜娘は大きくなるが、父の清河は亡くなる。
彼女は父の故郷の日本に行ってみたい。
遣唐使船で日本に向かう。
荒天で船は難破。
6日間、半分になった船の前の部分にしがみついて、40人ほどが長島に漂着。
(約100人が乗っていた) (漂着の地に碑がある)
その後の彼女の足取りがはっきりしない。
奈良の都に向かったらしいが。
唐招提寺辺りに。
梓澤要(あづさわかなめ)という人が、本を書いている。
読んでみたい。
※ 喜娘のことを調べ始めたきっかけはこう。
上陸地点の近くの集落に、公民館が出来る。
その名前の愛称を募集している。
社長さんは、昔流れ着いた姫がいたと言った。
その人の名前を付ければいいのではと。
それで調べ始めた。


※ こことここに、彼女のことが。
※ 大河の直虎の原作はないと云われる。
しかし、梓澤要という人は、2006年に下の本を出している。
『女(おなご)にこそあれ次郎法師』(2006年、新人物往来社) (井伊直虎)
※ 追記 流れ着いた場所は、下の印。 遣唐使漂着の地 記念碑がある。

赤〇に「女渕橋」というバス停。
藤原喜娘に惚れた男がいて、彼女がいなくなって嘆き悲しむ。
ある渕に身を投げる。
その渕が、女渕(おなふち)と呼ばれるようになり、女渕橋の名で残っている。(社長さんの奥様から)

遣唐使漂着の地 記念碑。 (以前撮影)

※ 追記 喜娘(きじょう)の父の藤原清河は、藤原不比等の次男の子供。
高貴な家柄。
彼女は、喜娘姫と呼ばれてもおかしくないですね。
社長さんが、姫と呼んだように。
公民館の愛称は、喜娘公民館が基本でしょうか。
読みが難しいとすれば、きじょう公民館か、きじょう姫公民館。
子供たちのことを考えたら、きじょう姫公民館かなと。
姫が付いて、少し華やかになる。 明るくも。
さらに、標示はきじょう姫公民館にして、普段は「姫公民館」と呼んでもいいことに。
子供たちが忙しい時は「姫に行ってくるね」って、さらに短くなっても構わない。
長島のはるか昔の先人は、喜娘たちの漂着を助けた。
喜娘を知ることで、先人の生き方が学べる。
「きじょう姫公民館」 子供たちにとって、いい名前かなって思うのですが。
【道の駅】 長島
【明日の予定】 車の点検。 バッテリー関係などを社長さんが。 自分は近くで釣り。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)

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