西会津町の山奥に、弥平四郎集落。
そこは、飯豊山への代表的な登山口の1つ。
・ ・ ・ ・ ・
弥平四郎(やへいしろう)って人の名前のよう。
どこで切って読むのか。 それとも切らないのか。
そんな山奥の集落が、どうして残っているのでしょうか。
分からないことがいっぱい。
※ ※ ※ ※ ランキング
ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
・ ・ ・ ・ ・ (撮影は27日)
豊実駅と徳沢駅の間に、県境。 新潟県と福島県。
※ 余談 豊実駅のある阿賀町は新潟県東蒲原(かんばら)郡。
明治に入って最初は福島県だった。 でも、福島市まで遠い。
そんなことなどで、新潟県に変更。
江戸時代は、東蒲原郡は越後だった。 元に戻った感じ。
幕末、会津は明治政府に逆らった。 そんなのも影響か。
県庁所在地が会津若松でなく、福島市になったのも、それが関係したよう。
右地図に飯豊(いいで)山。

豊実駅。

後ろを見たらこの家が。 まったくの素人の絵ではない感じ。
右は、釣りキチ三平に似てる。 秋田県が舞台なら本物かな。

駅舎ではなくトンネルの入り口。 駅前に、モニュメント??

向うから上がってきた。

ホームに待合室。 列車が来ない。

駅前。 車の向こうにさっきの絵。

徳沢駅は福島県。

向うの家の壁にも絵。 ※ 関係するサイトを見つけたけど、どこかに・・。 これに関わってる人かな。

最初の絵は木の陰。 横にもあった。

県境を越えて、徳沢駅。

飯豊山弥平四郎登山口案内所、とある。 これについては最後に。

昔はにぎやかだったイメージ。

駅舎の中に待合室。 半分は郵便局。 そこが案内所かな。

もともとは大きな駅でしたね。 線路がいっぱいあって。

今は1時間に1本だって走っていない。

※ 飯豊山、弥平四郎登山口からのルート。
緑〇に弥平四郎集落。 車は紫〇まで。
2泊3日の場合、1日目は三国小屋まで。 次の日山頂往復。 3日目に下山。

弥平四郎集落。 行ってみたい。
※ 弥平四郎について。 地元の情報では見つけられない。
昔の武将に、海野弥平四郎幸広という人が。 通称、弥平四郎。 (海野氏は信州上田の方。 海野宿記事)
その人は戦いで討ち死に。 その人を慕う人が、西会津のその地に住み着いたのか。 地名を弥平四郎と。
何でここに来たか。 その人は木地師だった。
誰が連れてきたか。 保科正之です。
彼が信州の高遠から会津に来たとき、木地師を連れてきたことが分かっています。
弥平四郎集落は、木地師の集落になりました。 木でお椀をつくったり。
そんな風に考えてみました。
※ 弥平四郎集落のほとんどが、小椋(おぐら)姓。
木地師を全国に広めた惟喬親王(これたかしんのう)の家臣に小椋という人が。
木地師の集落はどこも、小椋姓が多い。
また、弥平四郎集落の神社の祭神には惟喬親王が。
※ 惟喬親王は長男だったけど、弟が天皇に。 清和天皇。
源氏の多くは清和源氏と呼ばれ、源氏の祖に。 墓は京都水尾に。 記事。 惟喬親王の墓は大原に。 記事。

青〇の部分を1日目に歩く。 6時間。 三国小屋泊。

次の日、山頂往復。 10時間30分。

頂上です。 (wikipedia)

3日目。 三国小屋から駐車場まで。 4時間。
※ 上の時間は、このサイトの人たちのもの。
【動画紹介】
下の記事で、奥会津の木地師の仕事が分かります。 弥平四郎集落と似てると予想されます。
民映研フィルム作品紹介No.5 奥会津の木地師
【明日の記事】 道の駅高畠周辺。
【停泊場所】 道の駅 おがち
【カメラ・レンズ】 フジフイルム X-S10 シグマ 18~50mm f 2.8
※ 都道府県別のブログタイトル一覧表は、右をクリック。
(放浪の旅Ⅱと放浪の旅Ⅰの両方です。 記事の総数は4300ほど。)
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2021年夏のを1枚プラス。 美瑛川上流で釣り。
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そこは、飯豊山への代表的な登山口の1つ。
・ ・ ・ ・ ・
弥平四郎(やへいしろう)って人の名前のよう。
どこで切って読むのか。 それとも切らないのか。
そんな山奥の集落が、どうして残っているのでしょうか。
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・ ・ ・ ・ ・ (撮影は27日)
豊実駅と徳沢駅の間に、県境。 新潟県と福島県。
※ 余談 豊実駅のある阿賀町は新潟県東蒲原(かんばら)郡。
明治に入って最初は福島県だった。 でも、福島市まで遠い。
そんなことなどで、新潟県に変更。
江戸時代は、東蒲原郡は越後だった。 元に戻った感じ。
幕末、会津は明治政府に逆らった。 そんなのも影響か。
県庁所在地が会津若松でなく、福島市になったのも、それが関係したよう。
右地図に飯豊(いいで)山。


豊実駅。

後ろを見たらこの家が。 まったくの素人の絵ではない感じ。
右は、釣りキチ三平に似てる。 秋田県が舞台なら本物かな。

駅舎ではなくトンネルの入り口。 駅前に、モニュメント??


向うから上がってきた。

ホームに待合室。 列車が来ない。


駅前。 車の向こうにさっきの絵。

徳沢駅は福島県。


向うの家の壁にも絵。 ※ 関係するサイトを見つけたけど、どこかに・・。 これに関わってる人かな。


最初の絵は木の陰。 横にもあった。


県境を越えて、徳沢駅。

飯豊山弥平四郎登山口案内所、とある。 これについては最後に。

昔はにぎやかだったイメージ。


駅舎の中に待合室。 半分は郵便局。 そこが案内所かな。

もともとは大きな駅でしたね。 線路がいっぱいあって。


今は1時間に1本だって走っていない。


※ 飯豊山、弥平四郎登山口からのルート。
緑〇に弥平四郎集落。 車は紫〇まで。
2泊3日の場合、1日目は三国小屋まで。 次の日山頂往復。 3日目に下山。

弥平四郎集落。 行ってみたい。
※ 弥平四郎について。 地元の情報では見つけられない。
昔の武将に、海野弥平四郎幸広という人が。 通称、弥平四郎。 (海野氏は信州上田の方。 海野宿記事)
その人は戦いで討ち死に。 その人を慕う人が、西会津のその地に住み着いたのか。 地名を弥平四郎と。
何でここに来たか。 その人は木地師だった。
誰が連れてきたか。 保科正之です。
彼が信州の高遠から会津に来たとき、木地師を連れてきたことが分かっています。
弥平四郎集落は、木地師の集落になりました。 木でお椀をつくったり。
そんな風に考えてみました。
※ 弥平四郎集落のほとんどが、小椋(おぐら)姓。
木地師を全国に広めた惟喬親王(これたかしんのう)の家臣に小椋という人が。
木地師の集落はどこも、小椋姓が多い。
また、弥平四郎集落の神社の祭神には惟喬親王が。
※ 惟喬親王は長男だったけど、弟が天皇に。 清和天皇。
源氏の多くは清和源氏と呼ばれ、源氏の祖に。 墓は京都水尾に。 記事。 惟喬親王の墓は大原に。 記事。
木地師の里、奥永源寺を歩く。 (その1) 政所茶。 こんにゃく。 惟喬親王伝説。~東近江市~ 他 (2021/10/31/日)
木地師の里、奥永源寺を歩く。 (その2) 惟喬親王伝説。 こんにゃく。 学校跡。~東近江市~ 他 (2021/11/1/月)

青〇の部分を1日目に歩く。 6時間。 三国小屋泊。

次の日、山頂往復。 10時間30分。

頂上です。 (wikipedia)

3日目。 三国小屋から駐車場まで。 4時間。
※ 上の時間は、このサイトの人たちのもの。
【動画紹介】
下の記事で、奥会津の木地師の仕事が分かります。 弥平四郎集落と似てると予想されます。
民映研フィルム作品紹介No.5 奥会津の木地師
【明日の記事】 道の駅高畠周辺。
【停泊場所】 道の駅 おがち
【カメラ・レンズ】 フジフイルム X-S10 シグマ 18~50mm f 2.8
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(放浪の旅Ⅱと放浪の旅Ⅰの両方です。 記事の総数は4300ほど。)
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