今日も東風さんと一緒。
午前中、私はブログを書いていた。
東風さんは、道の駅の近くを下見をしてくると言って、出かけた。
そうしたら、筑北村坂北の青柳宿(あおやぎしゅく)の地図を手に入れて、戻ってきた。
その地図は、歩きたくなる、地図だった。
11時過ぎから、地図を片手に、あっちこっちと、歩いた。
東風さんとは、2時過ぎに別れた。
私は、道の駅あおきの近くの温泉に向かった。
途中に、石仏の案内。 800㍍、山道を登った。
そうしたら、800の石仏があった。 1㍍の苦労は、石仏1個分だった。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
筑北村(ちくほくむら)の坂北(さかきた)は、松本と長野の真ん中辺り。
昔は、善光寺街道が通っていて、ここは、青柳(あおやぎ)宿だった。
東風さんが見つけてきた、地図。 右下に駅。 車はそこに。
キツネがいる。 おじょろさま狐と。
坂北駅。
今日も暑い。 元気に、歩き出した。
こんなのを見るのも、楽しみ。
二十三夜待が見える。 二十三夜の晩、遅くまで起きて月を見た。 家族の幸せとかを願って。
右隣は、馬頭観世音と、大日如来。 左端は、何でしょう。 阿弥陀寺とあるのか。 右端は、?。
戦国時代は、青柳氏が治めたとある。 武田信玄の支配下。
町の整備は、江戸時代になって、松本城主の小笠原氏が。
石組み水路がある。
右写真は、日除けでかぶせたのか。 雪ん子みたい。
右の建物の所に、本陣があった。 殿様が通るときの宿泊所。 切り通しがあると。
地図の右上の、碩水寺(せきすいじ)に向かった。
何があるという訳ではない。 青柳氏の墓はあるが。
地図の道が分かり難く、山の中を散々歩いて、この道に出てきた。
2人だから、どこを歩こうが、不安はない。 ※ 東風さんの携帯は、ナビ付。 便利。
虫は、何虫か分からない。 カミキリムシに似ているが。
本当に切るか、試してみれば、よかったか。
こんな田舎の里山に、大きなお寺。
立派な本堂と、凝った屋根瓦。
石段下から見た、坂北の風景。 右下に、小学校。 青柳宿は、山の右陰に。
戻ってきた。 右に、石積み用水路。 水は、石積みの中を通っている。
手前の家の敷地に、水が落ちる。 そこで、洗物とか。
地図の上にある、清長寺に向かっている。
山の上に青柳城跡。 復元した建物があるよう。 信玄は、この城に来ている。
お寺の所が、青柳氏が日常住んでいた、館(やかた)跡。
寺は、廃寺。 境内のお地蔵さまは、泣いていた。
少し歩いて、里坊(さとぼう)稲荷神社。
祀られてる狐は、おじょろさま狐と、地図の案内に。
春の祭りでは、7年に1回、狐の嫁入りの行列がある。 こうです。(ここの神社のです)(戻るときは、右上の×)
おじょろさま狐は、女の狐ですね。
じょろは、女郎のことで、女の人のこと。 遊女のことを、女郎とも。
狐はどうして、信仰の対象になるのでしょうね。 ※ 一度書いたことがあるような・・。
小狐は、抱きしめたくなるほど可愛い。 こんなの(北海道の上渚滑で)
地図の左上。 切り通しに。
さっきの寺と、神社と、切り通しの説明。
斜面に、青柳宿。
大切通し。 おおきりとおし。 ※ たいせつ通しと読むと、何が何だか分からなくなる。
壁には、このように。 右は、彫った人が、遊びで書いた字なのか。 建物でも、よくある。
上に磨崖仏(まがいぶつ)。
切り通しのおかげで、馬車とかが通りやすくなった。
高さ、6㍍。 幅、3.3㍍。 長さ、27㍍。
ノミで削って、作り上げた。 気の遠くなる、仕事。
駅に戻る。 雨が降らないので、水が足りない。
坂北駅。 向こうに行くと、松本。
この後、東風さんと少し一緒に走って、東風さんは高速で、須坂に。
私は、青木村に。
下の地図の場所で、石仏の案内があった。
800㍍とある。 行かないと、負けたような気分になるので、行くしかない。
修那羅(しょなら)石仏、と読む。
急な登りが、続いた。
着いた。 安宮神社。 お参りの後、右の小さな鳥居をくぐって、裏山に行く。
そこらじゅうに、転がってるように、いっぱいある。 どれも小さい。
信者が奉納したもの。
私は、自分が石仏を見ているつもりだが、本当は、見られているのか。
困ったときは、まず神様にお願い。 そういう時代が、長く続いた。
今は、いろんな方法を考える。 その中に、神様も。
渡り廊下の下を、来た。
素人が彫ったようなのも。 天保とある。
こんなのは、素人には彫れない。
このようにある。 今も奉納する人は、いるのでしょうか。
裏山から戻ると、小さな子供。 猫と仲良し。
しばらく話した。 すぐに仲良くなるコツは、昔から友達だったように、話すこと。
「あら、めんこいねこだね」とか、まず。
お家の人とも、最後に。
右の岩は、石を生むように、出す岩。 時々見る。 切り通しの岩もそうだった。
女の子に、さよならをして、歩き出した。
少し歩いたら、後ろから、さよ~なら、が聞こえる。
振り返って、私も、さよ~なら。
また歩くと、また、さよ~なら。。
3回ほど繰り返して、神社を後にした。
山の景色を見ながら、戻る。 遠く下に、道が見える。
筑北村に来たから、素通りしないで見ることに。
観光地ではないので、情報誌には、まったく載っていない。
Wikipediaにも、ないものが多い。
でも、退屈しないで、色々見ることが出来ました。
神社には、狐の伝説があるそうですが、ネット上で見つけることは、出来ませんでした。
知りたいですね。
※ 狐の嫁入りについては、このサイトに詳しくあります。
東風さんとの、楽しい2日間でした。
話に夢中になって、時々、見るのを忘れていました。
【動画】 狐でもいい、と考えるのか。 どうして狐は、化けるのでしょう。
【今日の歌】 森田童子です。 最初に知った曲です。
【道の駅】 あおき
【明日の予定】 青木村を歩きます。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行、2位、 旅行全体、3位です。
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午前中、私はブログを書いていた。
東風さんは、道の駅の近くを下見をしてくると言って、出かけた。
そうしたら、筑北村坂北の青柳宿(あおやぎしゅく)の地図を手に入れて、戻ってきた。
その地図は、歩きたくなる、地図だった。
11時過ぎから、地図を片手に、あっちこっちと、歩いた。
東風さんとは、2時過ぎに別れた。
私は、道の駅あおきの近くの温泉に向かった。
途中に、石仏の案内。 800㍍、山道を登った。
そうしたら、800の石仏があった。 1㍍の苦労は、石仏1個分だった。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
筑北村(ちくほくむら)の坂北(さかきた)は、松本と長野の真ん中辺り。
昔は、善光寺街道が通っていて、ここは、青柳(あおやぎ)宿だった。
東風さんが見つけてきた、地図。 右下に駅。 車はそこに。
キツネがいる。 おじょろさま狐と。
坂北駅。


今日も暑い。 元気に、歩き出した。

こんなのを見るのも、楽しみ。
二十三夜待が見える。 二十三夜の晩、遅くまで起きて月を見た。 家族の幸せとかを願って。
右隣は、馬頭観世音と、大日如来。 左端は、何でしょう。 阿弥陀寺とあるのか。 右端は、?。


戦国時代は、青柳氏が治めたとある。 武田信玄の支配下。
町の整備は、江戸時代になって、松本城主の小笠原氏が。
石組み水路がある。
右写真は、日除けでかぶせたのか。 雪ん子みたい。


右の建物の所に、本陣があった。 殿様が通るときの宿泊所。 切り通しがあると。


地図の右上の、碩水寺(せきすいじ)に向かった。
何があるという訳ではない。 青柳氏の墓はあるが。
地図の道が分かり難く、山の中を散々歩いて、この道に出てきた。
2人だから、どこを歩こうが、不安はない。 ※ 東風さんの携帯は、ナビ付。 便利。
虫は、何虫か分からない。 カミキリムシに似ているが。
本当に切るか、試してみれば、よかったか。


こんな田舎の里山に、大きなお寺。

立派な本堂と、凝った屋根瓦。


石段下から見た、坂北の風景。 右下に、小学校。 青柳宿は、山の右陰に。

戻ってきた。 右に、石積み用水路。 水は、石積みの中を通っている。
手前の家の敷地に、水が落ちる。 そこで、洗物とか。

地図の上にある、清長寺に向かっている。
山の上に青柳城跡。 復元した建物があるよう。 信玄は、この城に来ている。
お寺の所が、青柳氏が日常住んでいた、館(やかた)跡。

寺は、廃寺。 境内のお地蔵さまは、泣いていた。

少し歩いて、里坊(さとぼう)稲荷神社。
祀られてる狐は、おじょろさま狐と、地図の案内に。
春の祭りでは、7年に1回、狐の嫁入りの行列がある。 こうです。(ここの神社のです)(戻るときは、右上の×)

おじょろさま狐は、女の狐ですね。
じょろは、女郎のことで、女の人のこと。 遊女のことを、女郎とも。
狐はどうして、信仰の対象になるのでしょうね。 ※ 一度書いたことがあるような・・。
小狐は、抱きしめたくなるほど可愛い。 こんなの(北海道の上渚滑で)

地図の左上。 切り通しに。

さっきの寺と、神社と、切り通しの説明。


斜面に、青柳宿。

大切通し。 おおきりとおし。 ※ たいせつ通しと読むと、何が何だか分からなくなる。

壁には、このように。 右は、彫った人が、遊びで書いた字なのか。 建物でも、よくある。


上に磨崖仏(まがいぶつ)。

切り通しのおかげで、馬車とかが通りやすくなった。
高さ、6㍍。 幅、3.3㍍。 長さ、27㍍。
ノミで削って、作り上げた。 気の遠くなる、仕事。

駅に戻る。 雨が降らないので、水が足りない。

坂北駅。 向こうに行くと、松本。


この後、東風さんと少し一緒に走って、東風さんは高速で、須坂に。
私は、青木村に。
下の地図の場所で、石仏の案内があった。
800㍍とある。 行かないと、負けたような気分になるので、行くしかない。
修那羅(しょなら)石仏、と読む。

急な登りが、続いた。


着いた。 安宮神社。 お参りの後、右の小さな鳥居をくぐって、裏山に行く。

そこらじゅうに、転がってるように、いっぱいある。 どれも小さい。

信者が奉納したもの。
私は、自分が石仏を見ているつもりだが、本当は、見られているのか。


困ったときは、まず神様にお願い。 そういう時代が、長く続いた。
今は、いろんな方法を考える。 その中に、神様も。
渡り廊下の下を、来た。


素人が彫ったようなのも。 天保とある。


こんなのは、素人には彫れない。


このようにある。 今も奉納する人は、いるのでしょうか。

裏山から戻ると、小さな子供。 猫と仲良し。
しばらく話した。 すぐに仲良くなるコツは、昔から友達だったように、話すこと。
「あら、めんこいねこだね」とか、まず。
お家の人とも、最後に。
右の岩は、石を生むように、出す岩。 時々見る。 切り通しの岩もそうだった。


女の子に、さよならをして、歩き出した。
少し歩いたら、後ろから、さよ~なら、が聞こえる。
振り返って、私も、さよ~なら。
また歩くと、また、さよ~なら。。
3回ほど繰り返して、神社を後にした。
山の景色を見ながら、戻る。 遠く下に、道が見える。

筑北村に来たから、素通りしないで見ることに。
観光地ではないので、情報誌には、まったく載っていない。
Wikipediaにも、ないものが多い。
でも、退屈しないで、色々見ることが出来ました。
神社には、狐の伝説があるそうですが、ネット上で見つけることは、出来ませんでした。
知りたいですね。
※ 狐の嫁入りについては、このサイトに詳しくあります。
東風さんとの、楽しい2日間でした。
話に夢中になって、時々、見るのを忘れていました。
【動画】 狐でもいい、と考えるのか。 どうして狐は、化けるのでしょう。
【今日の歌】 森田童子です。 最初に知った曲です。
【道の駅】 あおき
【明日の予定】 青木村を歩きます。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)

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