魚梁瀬(やなせ)の山奥には、大きな杉がいたる所にあった。
また、そこに、義経が八艘飛びで逃げた時の相手、平教経の屋敷跡と言われる所があった。
ここは、魚梁瀬ダムの展望台。 ダムは、1970年に完成している。 発電用。
規模は、吉野川の早明浦ダムに次ぐそう。
左の奥に、魚梁瀬の集落が見える。
馬路の市街地から、20分くらいでしょうか。
少し走った展望台からは、魚梁瀬の家並みが見えた。
ダムが完成する前。 左の白い所が代替地で、今の集落(市街地)はそこにある。
私は、○の辺りに、今晩いる。
魚梁瀬杉の杉林を見るため、千本山の登山口に向かった。 魚梁瀬の市街地から、30分は走った。
ここが、登山口。 奥に道はあるが、進入禁止とあった。
1000㍍クラスの山に、囲まれている。 山奥に来ている。 標高550㍍。
工事用の車以外は、全く出会わない。
見晴らしのいい展望台まで1時間と、案内板にあった。
時間が遅いことと、一人では危険なので、行けない。 ※ 夏で、夜の気温が高ければ行くかな。
片道15分登ると決めた。
橋を渡ったら、大きな杉の木があった。 名前は、橋の大杉。
高さは、54㍍。 下から約1.2㍍の所の直径は、212㌢。
確かに、大きい感じはした。
因みに、日本一と言われる大杉が、大豊町にある。 ※ 高知市の北部。
高さは60㍍で、そんなに変わらない。 しかし、下の部分の太さだが、周囲20㍍ある。
※ 写真は小さいが、この木。 左の木。 美空ひばりは、14歳の時、ちゃんとした歌手になれるようお願いに来ている。
こんな登山道。 この太さは珍しくない。
すぐに、大きな木に出会う。
杉がいいって、日本中、杉の木でいっぱいにした。 日本の山は、ダメになった。 そんな歴史もある。
ここの森は、100%の杉林ではない。
天に届くって言いたくなる高さ。
木が高いので、見晴らしのいい所には、出なかった。
40分ほどで、帰ってきた。
車で少し戻った所に、平教経の屋敷跡の案内があった。 ※ 教経~のりつね
昔は車が通れたが、今は荒れてしまった道を、山に入った。
5分ほど歩いたら、案内板と石碑があった。
平教経という人は、壇ノ浦で死んだことになっている。 ※ 壇ノ浦
でも、逃げのびて、伊谷の方から山を越えて、ここに来たと、説明にはあった。
石碑の後ろに、斜面を平にした土地があった。
平教経が義経に襲いかかったので、義経は、八艘飛びで攻撃をかわした。 ※ 八艘~はっそう
平家落人の伝説はたくさんあるが、ここのは、大物。
伝説なら伝説でいいが、それは伝説ですよと、何かに書いていあるのだろうか。
伝説の形を知りたい。 伝説の形と内容で、どれだけの真実性があるかが、見えるかもしれない。
調べてみたら、教経の生存説は、一般的に、可能性があると認められているようだ。
家のあったこの場所は、昔から、お屋敷と呼ばれていたそうだ。
この人が、教経。 (Wikipediaからお借り)
① 実際は生きていたが、追われないために、死んだことにした。 そして、それが史実となった。
② 実際は死んでいたが、生きていてほしいとの願いで、伝説が生まれた。
魚梁瀬の伝説は、どちらでしょう。 家系図が残っているとか、何かがないのか。
伊谷の方に、いついつ、山を越えて南に向かったとか、そんな伝説があれば面白い。
多くの史実は、みんな潔く死んだ形になってる。
しかし、昔だって、死んでたまるかとの考えが、きっとあった。
歴史的史実と言われていることが、全て真実では、きっとない。
忘れていました。
魚梁瀬という地名は、教経が魚を捕る「魚梁(やな)」を川に仕掛けていたことから来た、と馬路村の説明にありました。
雪はとけないで、残っていた。
うまじ温泉で、やなせ温泉もいいよ、って聞いていたので来た。
龍馬と直接関係なくても、龍馬があった。 うまじ温泉と同じ。
誰もいなかったので、携帯で撮影。
外の露天風呂は、中の湯船とつながっている。 珍しい。
少しヌルっとした温泉。 それが特徴。 温まった。
温泉にあった、昔の魚梁瀬の写真。 昭和30年代でしょうか。 トロッコ列車ですね。 今の子の表情と違う。
杉の木が太い。
魚梁瀬地区の市街地への入り口。 ※ 撮影場所の、直ぐ左の空き地に停泊。
昔の魚梁瀬はダムの底に沈んだ。 ここが代替地。
家並みは、特に豪華ではなく、普通。 40年前に移ったからか。
※ 九州の五木村の代替え地の家は、どこも御殿だった。
ダム建設でもめたからか、移転の保障は御殿が建つ額になった。 ※ 代替え地の家
少し歩いた。 通ってきた魚梁瀬大橋。
この辺りは全体が深いのかと思ったら、そうではない。 右の方に、島のようなのが水面に見える。
道の向こうに見えるのは、かすみ荘という旅館。
魚梁瀬は温泉もあって、小さな観光地を目指している。
お店で、こんなのを買った。 ごっくん馬事村とか書いてある。 ネーミングが面白い。
「ぽん酢しょうゆ ゆずの村」は、しばらく持って歩いている。 誰かへのお土産。
魚梁瀬の情報を、調べきれないできた。
どこまで行ったら、どんな杉林が見えるかも、はっきりしないまま。
夏に来て、千本山(せんぼんやま)の頂上に登るのがベストと分かった。
いつの日か、もう一度馬路村に来たら、千本山に上って、温泉に入って、ごっくん を飲む。
【停泊場所】 魚梁瀬地区 丸山公園のそばの空き地
【明日の予定】 海に出る。
【ランキング】 国内旅行は5位、 旅行全体で10位です。 放浪の旅は30位です。
記事は役立ったでしょうか。
気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
【動画】
魚梁瀬の市街地を過ぎて 曲は、朧月夜
※ 山奥の動画もあるが、しゃべってることに間違いが多く、載せられなかった。
YouTubeには残してあるが。
また、そこに、義経が八艘飛びで逃げた時の相手、平教経の屋敷跡と言われる所があった。
ここは、魚梁瀬ダムの展望台。 ダムは、1970年に完成している。 発電用。
規模は、吉野川の早明浦ダムに次ぐそう。
左の奥に、魚梁瀬の集落が見える。

馬路の市街地から、20分くらいでしょうか。
少し走った展望台からは、魚梁瀬の家並みが見えた。

ダムが完成する前。 左の白い所が代替地で、今の集落(市街地)はそこにある。
私は、○の辺りに、今晩いる。

魚梁瀬杉の杉林を見るため、千本山の登山口に向かった。 魚梁瀬の市街地から、30分は走った。
ここが、登山口。 奥に道はあるが、進入禁止とあった。

1000㍍クラスの山に、囲まれている。 山奥に来ている。 標高550㍍。
工事用の車以外は、全く出会わない。
見晴らしのいい展望台まで1時間と、案内板にあった。
時間が遅いことと、一人では危険なので、行けない。 ※ 夏で、夜の気温が高ければ行くかな。
片道15分登ると決めた。

橋を渡ったら、大きな杉の木があった。 名前は、橋の大杉。
高さは、54㍍。 下から約1.2㍍の所の直径は、212㌢。
確かに、大きい感じはした。

因みに、日本一と言われる大杉が、大豊町にある。 ※ 高知市の北部。
高さは60㍍で、そんなに変わらない。 しかし、下の部分の太さだが、周囲20㍍ある。
※ 写真は小さいが、この木。 左の木。 美空ひばりは、14歳の時、ちゃんとした歌手になれるようお願いに来ている。
こんな登山道。 この太さは珍しくない。

すぐに、大きな木に出会う。

杉がいいって、日本中、杉の木でいっぱいにした。 日本の山は、ダメになった。 そんな歴史もある。
ここの森は、100%の杉林ではない。

天に届くって言いたくなる高さ。

木が高いので、見晴らしのいい所には、出なかった。
40分ほどで、帰ってきた。
車で少し戻った所に、平教経の屋敷跡の案内があった。 ※ 教経~のりつね
昔は車が通れたが、今は荒れてしまった道を、山に入った。
5分ほど歩いたら、案内板と石碑があった。

平教経という人は、壇ノ浦で死んだことになっている。 ※ 壇ノ浦
でも、逃げのびて、伊谷の方から山を越えて、ここに来たと、説明にはあった。
石碑の後ろに、斜面を平にした土地があった。

平教経が義経に襲いかかったので、義経は、八艘飛びで攻撃をかわした。 ※ 八艘~はっそう
平家落人の伝説はたくさんあるが、ここのは、大物。
伝説なら伝説でいいが、それは伝説ですよと、何かに書いていあるのだろうか。
伝説の形を知りたい。 伝説の形と内容で、どれだけの真実性があるかが、見えるかもしれない。
調べてみたら、教経の生存説は、一般的に、可能性があると認められているようだ。
家のあったこの場所は、昔から、お屋敷と呼ばれていたそうだ。
この人が、教経。 (Wikipediaからお借り)

① 実際は生きていたが、追われないために、死んだことにした。 そして、それが史実となった。
② 実際は死んでいたが、生きていてほしいとの願いで、伝説が生まれた。
魚梁瀬の伝説は、どちらでしょう。 家系図が残っているとか、何かがないのか。
伊谷の方に、いついつ、山を越えて南に向かったとか、そんな伝説があれば面白い。
多くの史実は、みんな潔く死んだ形になってる。
しかし、昔だって、死んでたまるかとの考えが、きっとあった。
歴史的史実と言われていることが、全て真実では、きっとない。
忘れていました。
魚梁瀬という地名は、教経が魚を捕る「魚梁(やな)」を川に仕掛けていたことから来た、と馬路村の説明にありました。
雪はとけないで、残っていた。

うまじ温泉で、やなせ温泉もいいよ、って聞いていたので来た。
龍馬と直接関係なくても、龍馬があった。 うまじ温泉と同じ。

誰もいなかったので、携帯で撮影。
外の露天風呂は、中の湯船とつながっている。 珍しい。
少しヌルっとした温泉。 それが特徴。 温まった。

温泉にあった、昔の魚梁瀬の写真。 昭和30年代でしょうか。 トロッコ列車ですね。 今の子の表情と違う。

杉の木が太い。

魚梁瀬地区の市街地への入り口。 ※ 撮影場所の、直ぐ左の空き地に停泊。
昔の魚梁瀬はダムの底に沈んだ。 ここが代替地。
家並みは、特に豪華ではなく、普通。 40年前に移ったからか。

※ 九州の五木村の代替え地の家は、どこも御殿だった。
ダム建設でもめたからか、移転の保障は御殿が建つ額になった。 ※ 代替え地の家
少し歩いた。 通ってきた魚梁瀬大橋。
この辺りは全体が深いのかと思ったら、そうではない。 右の方に、島のようなのが水面に見える。

道の向こうに見えるのは、かすみ荘という旅館。
魚梁瀬は温泉もあって、小さな観光地を目指している。

お店で、こんなのを買った。 ごっくん馬事村とか書いてある。 ネーミングが面白い。
「ぽん酢しょうゆ ゆずの村」は、しばらく持って歩いている。 誰かへのお土産。

魚梁瀬の情報を、調べきれないできた。
どこまで行ったら、どんな杉林が見えるかも、はっきりしないまま。
夏に来て、千本山(せんぼんやま)の頂上に登るのがベストと分かった。
いつの日か、もう一度馬路村に来たら、千本山に上って、温泉に入って、ごっくん を飲む。
【停泊場所】 魚梁瀬地区 丸山公園のそばの空き地
【明日の予定】 海に出る。
【ランキング】 国内旅行は5位、 旅行全体で10位です。 放浪の旅は30位です。
記事は役立ったでしょうか。
気に入った所などがありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。

※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
【動画】
魚梁瀬の市街地を過ぎて 曲は、朧月夜
※ 山奥の動画もあるが、しゃべってることに間違いが多く、載せられなかった。
YouTubeには残してあるが。
コメント
年賀状、ありがとうございました。
魚梁瀬
魚梁瀬来ましたね。僕はガソリンが少なくてあきらめた所なのでakkamui21さんがゆっくり周って来て下さい。
Re: 年賀状、ありがとうございました。
寒さについては、昔の人のことを考えたら、これくらい と考えることはありますね。
柳川は、雪が降りましたね。 雪が降ったから、なお寒かったでしょうか。
柳川は、桜の咲く頃になりそうです。
楽しみにしていますね。
柳川は、雪が降りましたね。 雪が降ったから、なお寒かったでしょうか。
柳川は、桜の咲く頃になりそうです。
楽しみにしていますね。
Re: 魚梁瀬
今は冬なので、寒いため山に入りにくい。
山に誰もいない。
また海に出て、高知に近づきますね。
情報をお願いします。
山に誰もいない。
また海に出て、高知に近づきますね。
情報をお願いします。
懐かしかったです。
はじめまして。実は魚梁瀬出身者です。
展望台からの丸山台地の眺めが、とても大好きで
写真を拝見して、とてもうれしかったです。
冬に行かれたのですね。
次回はぜひ、夏に行って千本山の
川の冷たさを体験してください。
とても丁寧なレポートをありがとうございます。
展望台からの丸山台地の眺めが、とても大好きで
写真を拝見して、とてもうれしかったです。
冬に行かれたのですね。
次回はぜひ、夏に行って千本山の
川の冷たさを体験してください。
とても丁寧なレポートをありがとうございます。
Re: 懐かしかったです。
魚梁瀬はいいところでしたね。
私が行った時は、薄く雪がありました。
夏なら一人でも行くんですが、冬は怪我して動けなくなったら大変なので戻りました。
私はいつか剣山に登ります。
その時でしょうか。
ゆずポンだったかな、美味しかった。 ゆずがいっぱい。
温泉にも入ります。
魚梁瀬までの道が細く、秘境のように感じましたよ。
私が行った時は、薄く雪がありました。
夏なら一人でも行くんですが、冬は怪我して動けなくなったら大変なので戻りました。
私はいつか剣山に登ります。
その時でしょうか。
ゆずポンだったかな、美味しかった。 ゆずがいっぱい。
温泉にも入ります。
魚梁瀬までの道が細く、秘境のように感じましたよ。
コメントの投稿
トラックバック
https://akkamui.com/tb.php/106-311e8249
わが家は祖父が建てた家で、築80くらい経っていて、どこからとなく隙間風が入り込んできます。
昔の人は寒さに強かったのでしょうか。
年賀状が届きました。ありがとうございました。写真が豊富な賀状で、感激しています。
元旦の朝日もすばらしく、いい年の始まりだったことでしょう。
又、春、こちらへ来られた折、旅先の出来事に対して、ゆっくりお話を聞きたいものです。
うなぎのせいろ蒸しを囲んで語り合いましょう。