姨捨の棚田に、来た。 ※ 姨捨~おばすて。
名前の通り、ここの魅力は、姨捨と棚田。
特に姨捨については、日本で最も知られた、姨捨伝説の地だった。
魅力は、もう1つ。
棚田、そして姨捨駅からの風景は、善光寺平を見渡せる、絶景だった。
それは、日本三大名月が見られる地であり、日本三大車窓の地でもあった。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
ここは、千曲市。
篠ノ井線が、山を越えて、一気に下る。
駅の所だけ、線路が飛び出ている。 スイッチバックの駅。
きつい傾斜に、列車を停めるのは危険なので、こうして線路を水平にする。
※ 日本一傾斜のある鉄道の駅は、恵那市の明知鉄道にあった。 少し前に行った。
車は、姥捨観光会館の駐車場に。 こういうのがあると、ありがたい。
見所は、長楽寺、姥捨駅、姥捨の棚田、四十八枚田。
長楽寺。 昔から、月を見に多くの文人がやってきた。 文人だけでなく、凡人もかな。
この寺から見た。
寺の下に降りて、上を見た。 左に、芭蕉の面影塚。
少し離れると、このように見える。 明治時代でも、こんなに立派。 面影塚が見える。
句は、石の柱の、横に書いてあった。
「 俤や 姨ひとり泣く 月の友 」
※ 解釈ですが、ネット上にこのようなのが、
姥捨山に来てみると、山の姿も哀れに趣深く、月の光も美しく照り輝いている。
その昔、この月を眺めて独り泣いていた 姥の姿が浮かんできて、何ともいえぬ物憂いた気持であるが、
今宵はその俤を偲んで、月を友としよう。
上手に読み取るものですね。 意味が分かる。
※ 日本の3名月は、ここと、土佐の高知の桂浜、石山寺の秋の月、だそう。 (桂浜は、2009年冬に)
本堂前。 前の建物は、観音堂。 大きな岩は、姨岩(おばいわ)。
※ 姨捨伝説の姥山は、この姥岩を中心とした、この一帯と云うのが、定説のよう。
各地の伝説が似ているので、本当にあったというより、伝説が広まったと考えるのが、自然でしょうか。
でも、あったかも知れない。 話の中身は、後ほど。
句碑が、いたるところにある。 その中で、いいかなというのを、2つ。
月が鏡なのか。 月が映った田んぼが、鏡か。 前者かな。
蕎麦(そば)の花が、雪のように白く見えるのは、本当です。 (写真は、秋田県、手這坂近くで)
西行法師も来ている。 四十八枚田が見えるが、この名は、西行が命名したよう。
この田1枚1枚に、月が映った。 それで、田毎の月。
※ 見る人間が動かないと、田毎には、映らないか。
1ヶ所に座ってて、全部の田に月が映ったら、感動的な風景。 あり得ないかな。
姨岩の上からの眺め。
楽しい道を通って、姨捨駅に。 リンゴは、この大きさに。
笠は、最初から、かぶせてもらった。
線路が見えた。
振り返れば、いつも、この風景。 贅沢。
篠ノ井線。 向こうは、千曲・長野方面。 下っていく。 左上の線路に、姨捨駅。
姨捨駅。 駅の向こうで、線路は切れる。
水の出るこの地に、機関車が止まる必要があった。
それで、スイッチバックにしてまでも、駅を作った。
田毎の月は、当初は四十八枚田のことで、言っていたが、今は、棚田全体。
上の絵で、おばあちゃんが、枝を折っている。 これが、栞(しおり・枝折り)の語源になる。
伝説の概要はこう。(千曲市観光協会のHPより)
信濃の国更級の里(戸倉上山田温泉)に一人の若者が住んでいました。
若者は養ってくれた伯母を母のように慕い、大切にしていました。
ところがこの国の殿様は年寄りが大嫌いで、六十歳以上になった者は山奥に捨てよ、
とのおふれを出しました。 伯母も七十歳になってしまい、若者は泣く泣く背負って、
姨捨山に捨てたのでした。
けれども、後ろ髪がひかれ一人で帰る気になれません。
若者はそっと引き返し、老婆を背負って帰途につきましたが、道がわからなくなってしまいました。
すると老婆は「おまえが道に迷わないように、小枝を折ってあるからそれを目当てに歩きなさい。」
と教えてくれましたので、 無事帰ることができました。
そして地下室に隠しておきましたが、殿様に知れてしまいました。
殿様は「もし灰の縄をもってくれば許す。」とのことです。
困った若者が老婆に相談するとすぐ教えてくれました。
それを持っていくと殿様はたいそう感心し、経験のありがたいこと、大切なことがわかり、
それから老人を大事にする国振りにかわったということです。
内容が、教訓っぽいでしょうか。
枝を折るのは、山の中の曲がり道で、やったことがあります。
隠されるなら、屋根裏がいい。 小さな窓から、外を見たら、心が休まる。
地下室は、つらい。
(10分45秒)
無人駅。 ホームに行ってみた。
反対側のホームに。
この風景が、日本三大車窓、と呼ばれる。 (一般的に、認められている)
北海道の狩勝峠からの風景が、そうだったが、今は、トンネル。
下の写真は、国道から見た、同じ風景。(2009年夏)
※ この年の夏、トムラウシの山で大きな遭難事故があった。
この風景を見た後、トムラウシの山を、東大雪から入って、見に行った。
あと1つは、肥薩線の矢岳(やたけ)駅近くからの、風景。 人吉市の、少し南。
肥薩線 ~真幸駅から人吉駅~ 幽霊寺 他 (2010/1/21)
肥薩線 真幸駅 ~幸福の鐘が響く、スイッチバックの駅~ 他 (2010/1/20)
下に、篠ノ井駅の方に下る線路が。
(40秒) 説明が、へたくそ。
棚田を見に、駅を後にした。
稲は、一気に背を伸ばしている。
見える風景の、奥の方で、上高地から流れてくる梓川が、千曲川に合流する。
棚田自体の大きさや美しさは、普通でしょうか。
伝説や月と結びついているから、魅力が大きくなる。
左側、こんもりした森に、長楽寺。
田んぼは、借りることが出来る。 田植えは自分。 刈り取りも自分。 食べるのも、もちろん。
そういう田んぼがいっぱい。 名前があった。
適当な道を歩いて、四十八枚田に向かっている。
風景を説明する絵があった。 遠くに、長野市街。
左に、高妻山。 妙高山も。 今日は見えなかった。
今まで登った山で、一番つらい思いをしたのは、高妻山。
頂上まで、登っては下って、登っては下って、やっと着いた。
高妻山は遠かった。 そして、危険でもあった。 ~戸隠連峰の最高峰~ 他 (2011/7/13)
写真中央少し上に、四十八枚田。 左の岩は、姪岩(めいいわ)。
神が宿ると考えたんですね。
取り組みの説明。 分かりやすい。 オーナー制度ってある。 楽しそう。
どの句にも、姥捨の話が。 悲しすぎる話だからか。 いくら、貧しかったと言っても。
四十八枚田は、ここから入る。 句碑だらけ。
どこがいいのか、分からない句も、多い。 山頭火のように、さらっとしたのが好き。
ここなんだけど、上からでないので、よく分からない。
田は小さいのが多い。
※ 問題です。
昔、ある時、お役人さんがやってきた。
暑い日だった。
ここに着いて、かぶっていた傘を置いて、汗をぬぐった。
田んぼの数を数えた。
台帳には48枚とあるが、どうしても、47枚しかない。
役人は、お百姓さんに、あと1枚はどこにある、と聞いた。
はい、お百姓さんは、どこにあると言ったでしょう。
答えは、右をクリック。
この後、駐車場に戻った。
暗くなったら、この風景が見えた。 見所は、もう1つあった。
まったくの自然だけより、そこに人が関わると、面白くなりますね。
雨模様の日が、続いています。
この天気なら、妙高山に登るのは、難しい。
信州を過ぎたら、暑いから、一気に北海道かな。
象潟(きさかた)、津輕に寄って。
【関連ブログ】 遠野ふるさと村 デンデラ野 ~遠野市~ 他 (2011/7/24)
【今日の歌】 ラブソング
【停泊場所】 姨捨の棚田の駐車場
【明日の予定】 八幡原史跡公園。 勘助は、ここで倒れた。
姥捨てから、見渡せる場所にあります。
その後2日間、東風さんと一緒。
須坂の町と、滝を見るのかな。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事
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名前の通り、ここの魅力は、姨捨と棚田。
特に姨捨については、日本で最も知られた、姨捨伝説の地だった。
魅力は、もう1つ。
棚田、そして姨捨駅からの風景は、善光寺平を見渡せる、絶景だった。
それは、日本三大名月が見られる地であり、日本三大車窓の地でもあった。
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( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
ここは、千曲市。
篠ノ井線が、山を越えて、一気に下る。

駅の所だけ、線路が飛び出ている。 スイッチバックの駅。
きつい傾斜に、列車を停めるのは危険なので、こうして線路を水平にする。
※ 日本一傾斜のある鉄道の駅は、恵那市の明知鉄道にあった。 少し前に行った。

車は、姥捨観光会館の駐車場に。 こういうのがあると、ありがたい。
見所は、長楽寺、姥捨駅、姥捨の棚田、四十八枚田。

長楽寺。 昔から、月を見に多くの文人がやってきた。 文人だけでなく、凡人もかな。
この寺から見た。

寺の下に降りて、上を見た。 左に、芭蕉の面影塚。

少し離れると、このように見える。 明治時代でも、こんなに立派。 面影塚が見える。

句は、石の柱の、横に書いてあった。
「 俤や 姨ひとり泣く 月の友 」
※ 解釈ですが、ネット上にこのようなのが、
姥捨山に来てみると、山の姿も哀れに趣深く、月の光も美しく照り輝いている。
その昔、この月を眺めて独り泣いていた 姥の姿が浮かんできて、何ともいえぬ物憂いた気持であるが、
今宵はその俤を偲んで、月を友としよう。
上手に読み取るものですね。 意味が分かる。
※ 日本の3名月は、ここと、土佐の高知の桂浜、石山寺の秋の月、だそう。 (桂浜は、2009年冬に)


本堂前。 前の建物は、観音堂。 大きな岩は、姨岩(おばいわ)。
※ 姨捨伝説の姥山は、この姥岩を中心とした、この一帯と云うのが、定説のよう。
各地の伝説が似ているので、本当にあったというより、伝説が広まったと考えるのが、自然でしょうか。
でも、あったかも知れない。 話の中身は、後ほど。

句碑が、いたるところにある。 その中で、いいかなというのを、2つ。

月が鏡なのか。 月が映った田んぼが、鏡か。 前者かな。


蕎麦(そば)の花が、雪のように白く見えるのは、本当です。 (写真は、秋田県、手這坂近くで)

西行法師も来ている。 四十八枚田が見えるが、この名は、西行が命名したよう。
この田1枚1枚に、月が映った。 それで、田毎の月。
※ 見る人間が動かないと、田毎には、映らないか。
1ヶ所に座ってて、全部の田に月が映ったら、感動的な風景。 あり得ないかな。

姨岩の上からの眺め。

楽しい道を通って、姨捨駅に。 リンゴは、この大きさに。


笠は、最初から、かぶせてもらった。
線路が見えた。


振り返れば、いつも、この風景。 贅沢。

篠ノ井線。 向こうは、千曲・長野方面。 下っていく。 左上の線路に、姨捨駅。

姨捨駅。 駅の向こうで、線路は切れる。

水の出るこの地に、機関車が止まる必要があった。
それで、スイッチバックにしてまでも、駅を作った。
田毎の月は、当初は四十八枚田のことで、言っていたが、今は、棚田全体。


上の絵で、おばあちゃんが、枝を折っている。 これが、栞(しおり・枝折り)の語源になる。
伝説の概要はこう。(千曲市観光協会のHPより)
信濃の国更級の里(戸倉上山田温泉)に一人の若者が住んでいました。
若者は養ってくれた伯母を母のように慕い、大切にしていました。
ところがこの国の殿様は年寄りが大嫌いで、六十歳以上になった者は山奥に捨てよ、
とのおふれを出しました。 伯母も七十歳になってしまい、若者は泣く泣く背負って、
姨捨山に捨てたのでした。
けれども、後ろ髪がひかれ一人で帰る気になれません。
若者はそっと引き返し、老婆を背負って帰途につきましたが、道がわからなくなってしまいました。
すると老婆は「おまえが道に迷わないように、小枝を折ってあるからそれを目当てに歩きなさい。」
と教えてくれましたので、 無事帰ることができました。
そして地下室に隠しておきましたが、殿様に知れてしまいました。
殿様は「もし灰の縄をもってくれば許す。」とのことです。
困った若者が老婆に相談するとすぐ教えてくれました。
それを持っていくと殿様はたいそう感心し、経験のありがたいこと、大切なことがわかり、
それから老人を大事にする国振りにかわったということです。
内容が、教訓っぽいでしょうか。
枝を折るのは、山の中の曲がり道で、やったことがあります。
隠されるなら、屋根裏がいい。 小さな窓から、外を見たら、心が休まる。
地下室は、つらい。
(10分45秒)
無人駅。 ホームに行ってみた。

反対側のホームに。

この風景が、日本三大車窓、と呼ばれる。 (一般的に、認められている)

北海道の狩勝峠からの風景が、そうだったが、今は、トンネル。
下の写真は、国道から見た、同じ風景。(2009年夏)
※ この年の夏、トムラウシの山で大きな遭難事故があった。
この風景を見た後、トムラウシの山を、東大雪から入って、見に行った。
あと1つは、肥薩線の矢岳(やたけ)駅近くからの、風景。 人吉市の、少し南。


肥薩線 ~真幸駅から人吉駅~ 幽霊寺 他 (2010/1/21)
肥薩線 真幸駅 ~幸福の鐘が響く、スイッチバックの駅~ 他 (2010/1/20)
下に、篠ノ井駅の方に下る線路が。

(40秒) 説明が、へたくそ。
棚田を見に、駅を後にした。
稲は、一気に背を伸ばしている。

見える風景の、奥の方で、上高地から流れてくる梓川が、千曲川に合流する。

棚田自体の大きさや美しさは、普通でしょうか。
伝説や月と結びついているから、魅力が大きくなる。
左側、こんもりした森に、長楽寺。

田んぼは、借りることが出来る。 田植えは自分。 刈り取りも自分。 食べるのも、もちろん。
そういう田んぼがいっぱい。 名前があった。

適当な道を歩いて、四十八枚田に向かっている。

風景を説明する絵があった。 遠くに、長野市街。
左に、高妻山。 妙高山も。 今日は見えなかった。
今まで登った山で、一番つらい思いをしたのは、高妻山。
頂上まで、登っては下って、登っては下って、やっと着いた。

高妻山は遠かった。 そして、危険でもあった。 ~戸隠連峰の最高峰~ 他 (2011/7/13)
写真中央少し上に、四十八枚田。 左の岩は、姪岩(めいいわ)。

神が宿ると考えたんですね。


取り組みの説明。 分かりやすい。 オーナー制度ってある。 楽しそう。


どの句にも、姥捨の話が。 悲しすぎる話だからか。 いくら、貧しかったと言っても。

四十八枚田は、ここから入る。 句碑だらけ。
どこがいいのか、分からない句も、多い。 山頭火のように、さらっとしたのが好き。

ここなんだけど、上からでないので、よく分からない。

田は小さいのが多い。

※ 問題です。
昔、ある時、お役人さんがやってきた。
暑い日だった。
ここに着いて、かぶっていた傘を置いて、汗をぬぐった。
田んぼの数を数えた。
台帳には48枚とあるが、どうしても、47枚しかない。
役人は、お百姓さんに、あと1枚はどこにある、と聞いた。
はい、お百姓さんは、どこにあると言ったでしょう。
答えは、右をクリック。

この後、駐車場に戻った。
暗くなったら、この風景が見えた。 見所は、もう1つあった。

まったくの自然だけより、そこに人が関わると、面白くなりますね。
雨模様の日が、続いています。
この天気なら、妙高山に登るのは、難しい。
信州を過ぎたら、暑いから、一気に北海道かな。
象潟(きさかた)、津輕に寄って。
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【今日の歌】 ラブソング
【停泊場所】 姨捨の棚田の駐車場
【明日の予定】 八幡原史跡公園。 勘助は、ここで倒れた。
姥捨てから、見渡せる場所にあります。
その後2日間、東風さんと一緒。
須坂の町と、滝を見るのかな。
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(2008年4月~2010年9月までの記事

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