日本最古の、四角いコンクリート電柱。
函館にあるという。
以前、コメントで教えていただいた。
どうして四角。 どうしてコンクリート。 どうして、今に残った。
不思議なことが、いっぱい。
赤れんが倉庫群の近くにある。
函館は、何度歩いてもいい街。 行ってみることに。
夜、函館から青森に渡った。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
目的地は、印の所。 車は、駅の1㌔北の浜側に路上駐車。 駅まで15分。
花の通りを行くと、函館駅。
この道を行くと、赤れんが倉庫群。 朝市など、市場が並ぶ。
中に入ってみた。 そろそろ終わるけど、まだ朝市も。
観光客は、ここを通って、レンガの倉庫へ。
さらに、坂を上って元町公園へ。 函館山も。 五稜郭は、別な所に。
茹でたてを売ってくれるのかな。
レンガ倉庫群の足湯。 この道も、メインストリート。 いつも通る道。
店には寄らないで、四角い電柱を探しに。
近づいているなと思って、この写真。
※ この時は分からないが、右に見えるマンションの、左向こう角の、少し右にあった。
右上から歩いて来て、ここにある。
下の写真は、南から撮影。
赤○が、目的の電柱。 四角い。 上は細い。
右に、もう1つある。 同じものを、後の世に作った。
反対方向から。 見ての、安定感がある。 細い塔のようでもある。
これが、日本最古の四角いコンクリート電柱。 ただの電柱だけど、ここにしかない。
説明があった。
1923年に作られたとある。 90年経っている。 日本最古。
※ このことは、函館市が言ってるだけでなく、一般的に、認められている。
コンクリートの耐用年数は、50~60年ほど。
倒れる心配はないのだろうか。
これについては、きっと、北電で調べていますね。 結果、大丈夫と。
耐用年数が過ぎてるのに、大丈夫と言うことはあるのでしょうか。
それは、あるようですね。
水とかセメントの量など、高くついても、丁寧な仕事をすると、100年以上はもつようです。
少しくらい手を抜いても、30年は持つから、適当な仕事が多くなる。
水の多いコンクリートは、シャブコンと呼ばれる。
※ 阪神大震災で、高速の支柱が倒れた。 コンクリートの中から、木などのごみが出てきた。
こんな手抜き工事は、しょっちゅう。
この四角い電柱は、丁寧に、心を込めて作られた電柱だったんですね。
平均寿命をとっくに過ぎても、青空に向かって、凛と立っている。
魅力の第一は、ここにありますね。
基礎の部分。 もろそうに見えない。
※ 下のは、北海道のタウシュベツ川橋梁の付け根です。(2008年撮影)
この時、この橋は、出来てから70年。 このように風化するのは珍しくない。
昔の電柱は木なのに、どうして、コンクリートにしたのか。
書いてありましたね。 函館は、火事が多かった。
※ 昭和9年の函館大火の惨状。 この大火でも、上の柱は生き残った。 燃え盛る様子を見ている。
四角いから、金具を取り付けやすい。
次は、なぜ四角いか。
結論は、当時は、円柱を作る技術はなかった。 円柱の型枠(かたわく)を作るのは大変。
この電柱は、ここで作った。
中まで全部、コンクリート。 鉄筋は、間違いなく入っている。
※ 今の電柱は、他で作って、持って来て立てる。
そして、中は、空洞。 震災の現場で、たくさん見た。
中にコンクリートを詰めても、強度は上がらないよう。 重くて、工事が大変。
上が細いから、角錐形(かくすいけい)の形ですね。
だから、棒のように見えない。 安定して、すっと立っているので、細い塔の感じ。
別方向からは、このように。
他に。
(1) タイの国の電柱は、今も四角い。
(2) 電柱は、電信柱の略ですね。
通信に使った時代に、電信柱の名前が一般的になったよう。
(3) 近くに、真宗大谷派函館別院がある。
そこの本堂は、鉄筋コンクリート造。
これも、お寺では、日本最古の鉄筋コンクリート造。 100年前の建物。
(4) 今の電柱は、みんな円柱。 円柱の方が倒れにくいそう。 四方八方、平等。
普通の電柱が見えるけど、ただの棒にしか見えない。
四角の電柱は、確かに美しい。
あっちこっち見ながら、戻った。
港に行ってみた。 像があった。
新島襄の像。
近くに、新島襄海外渡航の地碑が、あったよう。 気づかなかった。
1864年に、ここからアメリカに渡る。 密航。
アメリカで、クラーク博士に合う。 10年間、アメリカで学ぶ。
お店を見ながら。
ちょっとした、小物の店が多い。 小樽に似ている。
ガラス製品。
箸(はし)かな。
いつも見る像。 作者は、宇多香織(うたかおる)。 いつか調べてみます。
赤レンガ。
今4時頃。 日が短くなってきた。
オルゴールの中。 聴いてみたい。
この後、真っ直ぐ戻った。
8時15分出航。 青森行き。 この時、7時45分。
津軽海峡を、もう、何回渡るでしょう。
乗り込みます。
中はこんな感じ。 混んでいない。 青森まで4時間ほど。
ほとんど、ブログを。 ずっと、ネットが使えた。
真夜中の12時。 着きました。 出てから、カーナビを設定して、道の駅に向かう。
ただの電柱ですけど、しかし、ちゃんと魅力がありました。
歴史を知ると、なお美しく見える。 いつも感じること。
気品ある、すらっとした姿は、函館の町に似合っていました。
いいものを、見ました。
【今日の歌】 Horacio Guarany (オラシオ・グアラニ)の
"Cuando ya nadie te nombre"君の名を聞けなかったら
昨日の曲の作者です。 他の曲を、探してみました。
【道の駅】 なみおか
【明日の予定】 弘前市内
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行、3位、 旅行全体、4位です。
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函館にあるという。
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どうして四角。 どうしてコンクリート。 どうして、今に残った。
不思議なことが、いっぱい。
赤れんが倉庫群の近くにある。
函館は、何度歩いてもいい街。 行ってみることに。
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目的地は、印の所。 車は、駅の1㌔北の浜側に路上駐車。 駅まで15分。
花の通りを行くと、函館駅。

この道を行くと、赤れんが倉庫群。 朝市など、市場が並ぶ。

中に入ってみた。 そろそろ終わるけど、まだ朝市も。

観光客は、ここを通って、レンガの倉庫へ。
さらに、坂を上って元町公園へ。 函館山も。 五稜郭は、別な所に。

茹でたてを売ってくれるのかな。

レンガ倉庫群の足湯。 この道も、メインストリート。 いつも通る道。

店には寄らないで、四角い電柱を探しに。
近づいているなと思って、この写真。
※ この時は分からないが、右に見えるマンションの、左向こう角の、少し右にあった。

右上から歩いて来て、ここにある。
下の写真は、南から撮影。
赤○が、目的の電柱。 四角い。 上は細い。
右に、もう1つある。 同じものを、後の世に作った。

反対方向から。 見ての、安定感がある。 細い塔のようでもある。
これが、日本最古の四角いコンクリート電柱。 ただの電柱だけど、ここにしかない。
説明があった。


1923年に作られたとある。 90年経っている。 日本最古。
※ このことは、函館市が言ってるだけでなく、一般的に、認められている。
コンクリートの耐用年数は、50~60年ほど。
倒れる心配はないのだろうか。
これについては、きっと、北電で調べていますね。 結果、大丈夫と。
耐用年数が過ぎてるのに、大丈夫と言うことはあるのでしょうか。
それは、あるようですね。
水とかセメントの量など、高くついても、丁寧な仕事をすると、100年以上はもつようです。
少しくらい手を抜いても、30年は持つから、適当な仕事が多くなる。
水の多いコンクリートは、シャブコンと呼ばれる。
※ 阪神大震災で、高速の支柱が倒れた。 コンクリートの中から、木などのごみが出てきた。
こんな手抜き工事は、しょっちゅう。
この四角い電柱は、丁寧に、心を込めて作られた電柱だったんですね。
平均寿命をとっくに過ぎても、青空に向かって、凛と立っている。
魅力の第一は、ここにありますね。
基礎の部分。 もろそうに見えない。

※ 下のは、北海道のタウシュベツ川橋梁の付け根です。(2008年撮影)
この時、この橋は、出来てから70年。 このように風化するのは珍しくない。

昔の電柱は木なのに、どうして、コンクリートにしたのか。
書いてありましたね。 函館は、火事が多かった。
※ 昭和9年の函館大火の惨状。 この大火でも、上の柱は生き残った。 燃え盛る様子を見ている。
四角いから、金具を取り付けやすい。

次は、なぜ四角いか。
結論は、当時は、円柱を作る技術はなかった。 円柱の型枠(かたわく)を作るのは大変。
この電柱は、ここで作った。
中まで全部、コンクリート。 鉄筋は、間違いなく入っている。
※ 今の電柱は、他で作って、持って来て立てる。
そして、中は、空洞。 震災の現場で、たくさん見た。
中にコンクリートを詰めても、強度は上がらないよう。 重くて、工事が大変。


上が細いから、角錐形(かくすいけい)の形ですね。
だから、棒のように見えない。 安定して、すっと立っているので、細い塔の感じ。
別方向からは、このように。

他に。
(1) タイの国の電柱は、今も四角い。
(2) 電柱は、電信柱の略ですね。
通信に使った時代に、電信柱の名前が一般的になったよう。
(3) 近くに、真宗大谷派函館別院がある。
そこの本堂は、鉄筋コンクリート造。
これも、お寺では、日本最古の鉄筋コンクリート造。 100年前の建物。
(4) 今の電柱は、みんな円柱。 円柱の方が倒れにくいそう。 四方八方、平等。
普通の電柱が見えるけど、ただの棒にしか見えない。
四角の電柱は、確かに美しい。

あっちこっち見ながら、戻った。
港に行ってみた。 像があった。

新島襄の像。

近くに、新島襄海外渡航の地碑が、あったよう。 気づかなかった。
1864年に、ここからアメリカに渡る。 密航。

アメリカで、クラーク博士に合う。 10年間、アメリカで学ぶ。

お店を見ながら。

ちょっとした、小物の店が多い。 小樽に似ている。

ガラス製品。

箸(はし)かな。

いつも見る像。 作者は、宇多香織(うたかおる)。 いつか調べてみます。


赤レンガ。

今4時頃。 日が短くなってきた。

オルゴールの中。 聴いてみたい。

この後、真っ直ぐ戻った。
8時15分出航。 青森行き。 この時、7時45分。
津軽海峡を、もう、何回渡るでしょう。

乗り込みます。
中はこんな感じ。 混んでいない。 青森まで4時間ほど。
ほとんど、ブログを。 ずっと、ネットが使えた。

真夜中の12時。 着きました。 出てから、カーナビを設定して、道の駅に向かう。
ただの電柱ですけど、しかし、ちゃんと魅力がありました。
歴史を知ると、なお美しく見える。 いつも感じること。
気品ある、すらっとした姿は、函館の町に似合っていました。
いいものを、見ました。
【今日の歌】 Horacio Guarany (オラシオ・グアラニ)の
"Cuando ya nadie te nombre"君の名を聞けなかったら
昨日の曲の作者です。 他の曲を、探してみました。
【道の駅】 なみおか
【明日の予定】 弘前市内
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(2008年4月~2010年9月までの記事)

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コメント
きりっとしていますね。
Re: きりっとしていますね。
情報ありがとうございました。
今の時代にまだ、現役で活躍している姿を見て、熱い何かを感じました。
何度もそばを通っていたのに、気づかなかった自分が、情けない。
そんなことも少し。
四角い電柱の姿は、美しいといってもいいですね。
歴史を思えば、いとおしくさえもなります。
あすかさんは、いつの日か函館に行って、真っ先に、来ましたよって、行かなければなりませんね。
美しい姿の、四角いコンクリートの電柱でした。
新しい情報、待っています。
今の時代にまだ、現役で活躍している姿を見て、熱い何かを感じました。
何度もそばを通っていたのに、気づかなかった自分が、情けない。
そんなことも少し。
四角い電柱の姿は、美しいといってもいいですね。
歴史を思えば、いとおしくさえもなります。
あすかさんは、いつの日か函館に行って、真っ先に、来ましたよって、行かなければなりませんね。
美しい姿の、四角いコンクリートの電柱でした。
新しい情報、待っています。
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リクエストに応えていただいて
ありがとうございました。
大満足です♪
昔は火災が多かったんですねぇ。
そんなことまでわかりとても勉強になりました。
ただ単に見るだけじゃなく
どうして?なぜ?と思うことが大切なんですね。
これはきっと何でも当てはまることですよね。
リクエストしておきながら知らないことがわかり
ますます興味を持った四角い電柱でした。
大切にされもっともっと長生きしてほしいですね。