茂田井(もたい)宿(しゅく)には、江戸から何番目、という番号がない。
幕府から認められた、正式な宿場町ではなかった。
中山道の望月宿と芦田宿の間にある、間の宿(あいのしゅく)と呼ばれる、宿場だった。
大澤酒造と武重本家酒造の、二つの蔵元を中心に、街並みは続いていた。
国道から離れているため、昔の状態が、ひっそりと残った。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に )
※ 写真の大きさは、そのまま。 小さくできません。
昨日の、望月宿の、左隣です。
小学校跡に車を停めて、旧街道に。
街道は、見える交差点を、左右に。 右に行く。
街並みが、普通に、このように残っている。
茂田井宿なんだけど、間の宿なので、茂田井間(あい)の宿。
酒造会社が2つ。
和宮の行列が通ったとある。 大きなことのよう。
※ 皇室と幕府の関係がぎくしゃくしていたので、その修復のために、
和宮が、14代将軍・徳川家茂の正室になる。
それで、京都から江戸に向かった。
※ 幕府の中で意見が分かれ、半主流派を弾圧。 これが、安政の大獄。
安政の大獄を主導した、井伊直弼が、桜田門外の変で暗殺される。
和宮が嫁ぐのは、この後。
望月宿と芦田宿の間にある。 望月宿は、江戸から25番目。 芦田宿は、26番目。
だから、茂田井宿は、江戸から何番目というのが、ない。
昔の面影が残っていますね。
普通の家が多い。 幕府から認められた宿場町ではないので、宿泊所はない。
あるのは、休憩所。
訪れる人のための、小さな休憩所。
佐久鯉。 冷たい水で育っていて、身が引き締まっているそう。
背中が盛り上がっているのが、特徴。
※ 佐久鯉(さくごい)なんだけど、
日本シリーズを見ながら書いてるので、柵越え(さくごえ)になりそう。
変わった形の木が、見えてきた。
大澤酒造の庭。 その向こうに、入り口が見える。
○の所に、高札場があった。 幕府の決まりを知らせる場所。
名主の家の前に作られる。 大澤家は、昔は名主。
矢印の方向に、小路がある。
こんな小路で、味のある塀。
天狗党のことが書いてある。
※ 幕府の内部の、反乱かな。 詳しくわからない。
京都に向かうが、途中で投降。
352名が、斬首。
大澤酒造の入り口。 お店と、資料室がある。
軒先に、杉玉。 新酒が出来ましたって、知らせる。
あるお客さんが、蜂の巣があるよって、言った。
酒造りは、元禄2年から。
お客さんは、試飲して、お買い物。
2階の資料室。 こういう所のものは、基本的に、本物。
若山牧水の歌。 彼は酒が好きだから、宣伝部長のよう。
※ ここには、何度か来ている。
右から、 それほどに うまきかと ひとの問ひたらば 何と答へむ この酒の味
ひとの世に たのしみ多し 然れども 酒なしに なにのたのしみ
しらたまの 歯にしみとおる 秋の夜の 酒はしずかに 飲むべかりけり
時をおき 老木( おいき )のしづく 落つるごと 靜けき酒は 朝にこそ あれ
※ 牧水は、朝から飲んでいたのか。
寂しみて 生けるいのちの ただ一つの みちづれとこそ 酒をおもふに
※ 死ぬときは、酒を道連れに、と言っているのか。
牧水は、酒と心中。 享年43。
※ 牧水は、宮崎県の日向市の人。 昔、東郷町。 耳川沿い。 生家が残っている。 (平成10年)
古い手書きの、百人一首。 まず、小町。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
昨日出会った、紀貫之。
「人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞむかしの 香ににほひける」
式子内親王(しょくし ないしんのう)
「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」
どれも、いい歌ですね。
白壁の家が、続きます。 ここから、武重本家酒造。
ここにも、牧水の歌碑。
入口に、杉玉。
武重本家酒造の裏に、映画「たそがれ清兵衛」のオープンセットが作られた。
そこで、撮影。 今はない。
来た方向を撮影。
宿場のはずれに、神明社。
引き返します。
昔からの家のデザインは、いつの時代になっても、通用する。
右に高札の所を、戻っている。
茶釜のどぶ跡を見に行ったが、見つけられなかった。
脱穀した稲を乾燥。 何に使うのでしょう。
反対側の方向へ。
左に、馬頭観音。 ここから曲がって、戻った。
曲がる前に、奥を撮影。 登りきるまで、宿場。
駐車場の近くに、諏訪神社。
この後、城跡に向かったが、地図とは違って、遠かった。
戻った。
昔の小学校の跡に、停めていた。 駐車場として、用意されている。
酒蔵は、昔の建物のままで、仕事が出来るんですね。
そんなのがあって、茂田井宿は、残ったのでしょうか。
本陣とか、大きな宿とかはないのに。
静かに、ひっそりと、昔の街並みが残っていました。
歩いていたのは、私一人。
【今日の歌】 歌は、悲しい酒にします。 (変更)
【道の駅】 マルメロの駅ながと
【明日の予定】 和田宿かな。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
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幕府から認められた、正式な宿場町ではなかった。
中山道の望月宿と芦田宿の間にある、間の宿(あいのしゅく)と呼ばれる、宿場だった。
大澤酒造と武重本家酒造の、二つの蔵元を中心に、街並みは続いていた。
国道から離れているため、昔の状態が、ひっそりと残った。
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昨日の、望月宿の、左隣です。
小学校跡に車を停めて、旧街道に。
街道は、見える交差点を、左右に。 右に行く。

街並みが、普通に、このように残っている。

茂田井宿なんだけど、間の宿なので、茂田井間(あい)の宿。
酒造会社が2つ。

和宮の行列が通ったとある。 大きなことのよう。
※ 皇室と幕府の関係がぎくしゃくしていたので、その修復のために、
和宮が、14代将軍・徳川家茂の正室になる。
それで、京都から江戸に向かった。
※ 幕府の中で意見が分かれ、半主流派を弾圧。 これが、安政の大獄。
安政の大獄を主導した、井伊直弼が、桜田門外の変で暗殺される。
和宮が嫁ぐのは、この後。

望月宿と芦田宿の間にある。 望月宿は、江戸から25番目。 芦田宿は、26番目。
だから、茂田井宿は、江戸から何番目というのが、ない。
昔の面影が残っていますね。

普通の家が多い。 幕府から認められた宿場町ではないので、宿泊所はない。
あるのは、休憩所。

訪れる人のための、小さな休憩所。

佐久鯉。 冷たい水で育っていて、身が引き締まっているそう。

背中が盛り上がっているのが、特徴。

※ 佐久鯉(さくごい)なんだけど、
日本シリーズを見ながら書いてるので、柵越え(さくごえ)になりそう。
変わった形の木が、見えてきた。
大澤酒造の庭。 その向こうに、入り口が見える。
○の所に、高札場があった。 幕府の決まりを知らせる場所。
名主の家の前に作られる。 大澤家は、昔は名主。
矢印の方向に、小路がある。

こんな小路で、味のある塀。

天狗党のことが書いてある。
※ 幕府の内部の、反乱かな。 詳しくわからない。
京都に向かうが、途中で投降。
352名が、斬首。

大澤酒造の入り口。 お店と、資料室がある。
軒先に、杉玉。 新酒が出来ましたって、知らせる。
あるお客さんが、蜂の巣があるよって、言った。

酒造りは、元禄2年から。

お客さんは、試飲して、お買い物。

2階の資料室。 こういう所のものは、基本的に、本物。

若山牧水の歌。 彼は酒が好きだから、宣伝部長のよう。
※ ここには、何度か来ている。

右から、 それほどに うまきかと ひとの問ひたらば 何と答へむ この酒の味
ひとの世に たのしみ多し 然れども 酒なしに なにのたのしみ
しらたまの 歯にしみとおる 秋の夜の 酒はしずかに 飲むべかりけり
時をおき 老木( おいき )のしづく 落つるごと 靜けき酒は 朝にこそ あれ
※ 牧水は、朝から飲んでいたのか。
寂しみて 生けるいのちの ただ一つの みちづれとこそ 酒をおもふに
※ 死ぬときは、酒を道連れに、と言っているのか。
牧水は、酒と心中。 享年43。
※ 牧水は、宮崎県の日向市の人。 昔、東郷町。 耳川沿い。 生家が残っている。 (平成10年)
古い手書きの、百人一首。 まず、小町。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」

昨日出会った、紀貫之。
「人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞむかしの 香ににほひける」

式子内親王(しょくし ないしんのう)
「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」

どれも、いい歌ですね。
白壁の家が、続きます。 ここから、武重本家酒造。

ここにも、牧水の歌碑。

入口に、杉玉。

武重本家酒造の裏に、映画「たそがれ清兵衛」のオープンセットが作られた。
そこで、撮影。 今はない。
来た方向を撮影。

宿場のはずれに、神明社。

引き返します。

昔からの家のデザインは、いつの時代になっても、通用する。

右に高札の所を、戻っている。

茶釜のどぶ跡を見に行ったが、見つけられなかった。
脱穀した稲を乾燥。 何に使うのでしょう。

反対側の方向へ。

左に、馬頭観音。 ここから曲がって、戻った。

曲がる前に、奥を撮影。 登りきるまで、宿場。

駐車場の近くに、諏訪神社。

この後、城跡に向かったが、地図とは違って、遠かった。
戻った。
昔の小学校の跡に、停めていた。 駐車場として、用意されている。

酒蔵は、昔の建物のままで、仕事が出来るんですね。
そんなのがあって、茂田井宿は、残ったのでしょうか。
本陣とか、大きな宿とかはないのに。
静かに、ひっそりと、昔の街並みが残っていました。
歩いていたのは、私一人。
【今日の歌】 歌は、悲しい酒にします。 (変更)
【道の駅】 マルメロの駅ながと
【明日の予定】 和田宿かな。
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(2008年4月~2010年9月までの記事)

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