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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

市のボランティアセンターに行くと、活動の中身は、聞いていたのとは、違っていた。
それには、事情もあった。

初日の今日は、避難所には行かなかったが、地元の多くの人と話すことが出来た。
知らなかったことが、たくさんあった。 考えさせられることも。

釜石市の、はっきりしている行方不明者は、620名。
瓦礫の下に、どれだけの人が眠っているのか。
昨日の動画の撮影場所まで、行ってきた。 

今日は、雪がちらついた。 寒い一日。 四国の真冬。


朝起きたら、遠野の道の駅は、真っ白。 舗装の上だけ黒い。 部分的に、凍っている。
太陽が雲から出るのを待った。

7時半に出発。 路面の確認をしながら、走った。
釜石市は、遠野の海側。


津波は、駅まで来た。  ボランティアセンター辺りは、数十㌢の深さ。

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ここが、ボランティアセンター。 荷物を下ろすトラックが、待っている。 

11年3月23日 (6)

ボランティアセンターには、要望が来ている。
どこどこの清掃に、何名欲しいとか。

待ってたら、ここに行ってもらえますかと、言って来る。
決まったら、要望の用紙に、名前が張らさる。

11年3月23日 (7)

集配所で、荷物の積み下ろしをすることになった。
後で知ったが、ニーズ調査は、もう終わっていた。
そればかりやってたら、聞いてばかりいないで、持ってこい、と言われる。
 
基本は、9時から4時まで。
毎朝受付。 その日休んでも、午前中でやめてもいい。

11年3月23日 (8)

釜石市内の人が、ボランティアのほとんど。
他に、遠野市が、バスで送り出している。
その他は、私だけ。    ※ 石や看護師などは、他県から来ている。

ボランティアセンターのとなりが、集配所だった。
トラックに積む物が伝えられる。 そうしたら、一斉に動いて積む。

11年3月23日 (2)

野菜と肉以外は、山ほどある。 
大型トラックが、次から次と、荷物を積んでやってくる。 遠くからも。
その割に、各避難所へ積んでいく車が少ない。

私の後ろにも、品物はいっぱい。

11年3月23日 (1)

トラックの荷物を降ろしている。  後ろの方に、次のトラックが待っている。

11年3月23日 (5)

自衛隊の人達は疲れた。 マイナスの気温の中、テントで寝ている。
ご苦労様と言いたい。

11年3月23日 (9)

運ぶ仕事をしていたら、ボランティアセンターの人が、掃除の仕事が出たので、お願いしたいと言ってきた。
いいですよと、言った。
運ぶ方の責任者は、怒った。 こっちが足りなくなるって。
ボランティアの数は、足りていなかった。

掃除に行く前に、昼食をどうぞって、言われた。
カップめんやパンがあった。 私は弁当を持っていたが、パンを食べた。
私は、色んな人に話しかけた。 みんな、釜石の人。

11年3月23日 (3)

上の写真の、中央奥の2人は、盛岡県立大の3年生。 間もなく、4年生。 社会福祉学科。 
左の子は、今回の津波でお父さんを亡くした。 宮古市に単身赴任で行ってたという。
それでも、ボランティアに参加している。 考えさせられますね。 強いと言っていいのか。

一番右の女の人は、その左の人と、一緒に来た。 
 (男の人は、かげに。 ジーパンは、下がっていた。人間、見た目では、その人の本質は決して分からない)
こう言った。 おばあちゃんが、見つかったって。
上に書いた大学生が、よかったねって言った。

行方不明になったら、みんな覚悟している。
だから、「死んで見つかって、何がよかったのさ」なんて、言わない。

バスで、清掃の現場に向かった。

11年3月23日 (10)

道だけ、瓦礫は無かった。

11年3月23日 (11)

この住宅には、ほとんど人は入っていない。 これを、避難住宅にする。
同じ建物が2つあり、はき掃除を全部した。 100戸くらいか。

11年3月23日 (4)

高校生もいた。 高一3名。 釜石商工と言っていた。  休憩時間になったら、すぐ遊ぶ。
一人で来た大学生もいた。 左から、4番目。 しゃがんでいる。 この人とも、たくさん話した。

11年3月23日 (12)

終わって、バスが来る所まで、歩いた。 この辺りは、水道は復旧していない。
おばあちゃんが、とつぜん寄って来た。
ある所に、困ってる人たちがいる。 助けてほしいと。
それを聞いて、ボランティアセンターに伝えた。

ガソリンを大事にするから、走ってる車は少ない。

11年3月23日 (13)

バスの一番前に乗った。

11年3月23日 (14)

震災の後、治安の良さを、外国から褒められている。
でも、昨晩、釜石市で、100台以上の車がガラスを割られ、盗難にあった。

また、人間性も褒められた。
清掃の時のチーフの人に、避難所の人に会ってみたいと言った。
止めた方がいいと言われた。

全部とは言わないが、みんな苛立っているという。
毛布を奪い合いになった避難所もある。
支援が、順調に進んでいないのが、大きな原因。

放送局は、いい所だけ放送している。 おかしなことを放送したら、文句を言われるから。
避難所の実態は、正確には伝わっていない。 避難者が悪いわけではない。 限界の生活をしている。

前を走ってる車は、水のタンクを引っ張っている。

11年3月23日 (15)

避難所での生活はきびしい。 だから、子供はほとんどいないと言う。 親戚や知人の所に行った。
   ※ 追記 子供は一ヶ所に集まっているよう。 釜石中と聞いた。

他人の車から、ガソリンを抜き取る人が出てきた。 盗難になる。

11年3月23日 (16)

ボランティアセンターで、報道の人に会った。 ※ 多くの報道が入っている。 中継する車も。
話が出来た。
岩手県内では、釜石市が一番、ボランティア活動が整っていると云う。
※ 釜石市のボランティアセンターは、先週の月曜日に立ちあげ、水曜日に軌道に乗っていた。

11年3月23日 (17)

ボランティアセンターに戻って、名札を戻して、今日の作業は終わったことを伝えた。

市内を、歩くことにした。
想定したように、津波は、ここまで来た。 左向こうに、駅が見える。

11年3月23日 (18)

避難所を運営するのは、基本的に役場。
少し北の、大槌町は、役場の機能が失われた。 町長も亡くなっている。

大槌町の避難所には、仕切る人がいなかった。
避難所の運営は、大変だったと聞いた。

港に向かっている。 そして、左の高台に行く。

11年3月23日 (19)

小さな集落の中には、そこまでの道が、まだ出来ていない所があるという。
現実は、まだ、そうだった。 

やっと、歩道が。

11年3月23日 (20)

大槌町は、火事でも亡くなった人がいると云う。
ガスボンベが押し流され、火が付いた。 津波の被害は受けていないのに、火に襲われた。

この辺りで、津波の高さは、1階の上辺り。 1階を水が通り抜けた所も。

11年3月23日 (21)

大槌町は、外部から人が入って、ボランティアセンターを立ち上げようとしている。

小さな高台があったので、登ってみた。

11年3月23日 (22)

鉄筋コンクリートの建物は、残った。

11年3月23日 (23)

どこの被災地も、最初に捜索に入った時は、瓦礫から、手や足が見えたと云う。
寒いからか、人は少ない。

11年3月23日 (24)

ここの場所は、右に行ったら港。 
だから、この辺にいた人は、向こうの高台に逃げた。 数分あれば、着く。

※ 建物の上に逃げて、助かった人もいる。 家が流される不安は、大きな恐怖だったと思う。

11年3月23日 (25)pp

避難の方法は、4種類あった。
海に向かって、左右の高台。 
駅の方が高いから、こっちに逃げる。(これは、バスの運転手さんが教えてくれた。
それと、丈夫な建物の上。

民家のような家は、津波に弱い。

11年3月23日 (26)

家族が、友人が、同僚が、津波に消えて行ったのを見た人は、たくさんいる。
手をつないで逃げたのに、津波が来て、手が離れたり。

11年3月23日 (27)

港に近づくと、津波の高さは、高い。

11年3月23日 (28)

津波の前でしょうか。 海の水が引いた。 
その時。数㍍の深さの海底が見えたと云う。 (バスの運転手さんの話)

高台に来た。 先日の動画の撮影場所は、ここより、少し左。 港の、左の方。

11年3月23日 (29)

津波が牙をむいて、ここから襲ってきた。

11年3月23日 (30)

釜石大観音は、全てを見た。 でも、見ているしか出来なかった。

11年3月23日 (31)

津波の後、全国の人達は、毎日テレビで、津波の様子を見た。
釜石の人達は、電気が停まったので、その様子は、テレビで見てない。

11年3月23日 (32)

向こうが駅。

11年3月23日 (33)

津波の高さが分かる。

11年3月23日 (34)

※ 象潟のKさんの友人も、津波に襲われた。(どこの町かは忘れたが)
  後ろから来た。 競争になった。 膝までの高さになった時、転んだ。
  やっとの思いで立ちあがって、逃げた。 助かった。
  もし立ち上がれなかったら、助からなかったという。

持主は、助かっているだろうか。

11年3月23日 (35)

11年3月23日 (36)

11年3月23日 (37)

ここに、います。

11年3月23日 (38)

釜石に来て知ったことが、いっぱいあった。

今晩も、寒い。 被災者のためにも、暖かくなってほしい。

【停泊場所】   ケーズデンキ駐車場

【明日の予定】  午前中、石応寺の避難所で、炊き出しの手伝い。
         



 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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コメント

活動開始

いよいよ活動開始ですか。情報が交錯していることでしょう。写真を見ると、やはりこの地震の恐ろしさを感じます。はやく終息してほしいものです。
 今日一日ご苦労様でした。

Re: 活動開始

知らなかったことが、いっぱいありました。

みんなが悲しいから、自分だけが、とは考えていないのかも、知れません。



知らされることしか出来ない・・・

今の私には“知らされる”ことしか出来ない。
テレビで知らされた、次に個人から生の情報を知らされた。
文中の>放送局は、いい所だけ放送している。・・・・

自分から”知った”情報はすごい、そして行動に繋がる。

お気をつけて下さい。


Re: 知らされることしか出来ない・・・

報道されるのが少ない部分を、伝えたいでしょうか。



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ありがとう

1970年から4年間新日鉄・釜石製鉄所に勤務しておりました。その間に家内と知り合いました。家内の実家は東前町(魚市場のあたり)で,津波ですっかり流されたようです。母子二人は運よく助かったようです。TVに出ない映像をありがとうございました。

Re: ありがとう

当日、もしその場所にいたら、海に向かって左の高台に逃げたでしょうね。
今までの津波と違うと、きっと気づいた。
一人の人が気づけば、周りの人、何人も助けられたようです。

義捐金

私も1961年から18年間釜石市におりました。友人がたくさんおりますが、みな無事でなによりでした。でも、避難所にいる人が心配です。いま、仲間と義捐金を集めたのですが、釜石市役所への電話がつながりません。釜石市への義捐金の送り先を教えてもらえると助かります。

Re: 義捐金

電話は、つながらないですね。
ネットで調べたら、色々ありそうです。 釜石市と義捐金で検索。
例えば、ここも。
 http://samidare.jp/m/?p=log&l=230083

18年も住んだら、親しみは消えないですね。
釜石市の皆さん、喜びます。

今は募集していない?

 釜石市内のボランティアは、今は「市内に住んでいる人に限り」の募集のようです。
慢性的にボランティアの数が足りていないのかと思いきや、
場所によっては間に合っていると言うことなのでしょうか?

Re: 今は募集していない?

危険な仕事や大変な仕事は、ボランティアにさせていない、ということがありますね。
また、被災者はボランティアを必要としていても、行政側はボランティアを動かすのが大変なため、
募集を抑える、ということがあります。

本当の理由は、後者でしょうか。

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はじめまして…

「釜石 ボランティア」で検索していたら辿り着きました
同じくキャンカー乗りです

また仕事で夜行高速バスの乗務員をしてまして
都内から釜石・大槌へ行っています
ただ街中を通過するだけなので現地の方々の声を聞く事は
中々無く現状把握は出来ませんです
地元の関連会社の方々でも被災され家を流された方
身内の方の行方が判らない方もいらっしゃいますが
話に触れるのは忍びなく遠慮してしまってます

Re: はじめまして…


お仕事、ご苦労様です。
現地の人と話すのは、何かが要りますね。
共通の物と云うか。

ボランティアで地域に入っても、話せます。

普通に会話をしていたら、話してくれることもあります。

大槌町は特に大変でしたね。
震災後直ぐに動き出した高校生、今どうしているか気になります。
あの子たちが、新しい大槌町をきっとつくります。

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  • 釜石市での、ボランティア初日 ~瓦礫(がれき)の下には、まだ多くの人が~   他  (2011/3/23)
  • 2011年03月23日 (水)
  • 20時51分44秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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