昨日の夕方、平福に入った。
重伝建地区の町並みがある。
昔は、平福宿。
因幡街道では、大きな宿場町だった。
この地方に来ると、武蔵伝説がある。
武蔵は、今の兵庫県か岡山県のどちらかで生まれているよう。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
内陸に入ると寒い。 5度くらい違う。
鳥取と姫路への道の途中。 因幡(いなば)街道。
要所要所に、日本海と瀬戸内を結ぶ道はありますね。

佐用町の中心街は、少し離れて。

右が北。 まず左に行く。

道の駅から智頭(ちず)急行の駅を見た。

髙い所に、陣屋門。 後に代官所跡。

門の前から。 国道の1本隣に、旧道が。 因幡街道。

陣屋門。 平福藩は、江戸時代の初めの30年程あっただけ。
その後は、幕府の直轄地。

集落の向こうの山の上に、利神(りかん)城跡。
数年前から整備した。 1ヶ月ほど前に、国の史跡になった。
※ 史跡になるかどうかは、地元の熱心さも関係するんですね。
価値を整理して、文科省かどこかに伝えるのかな。

平福宿の南の入り口近くに、武蔵の決闘場が。

ここは処刑場でもあったので、六地蔵。
誰でも相手しますよとあったので、武蔵は申し込んだ。 武蔵13歳。
五輪書が真実とすれば、こういうことだったんですね。
※ 余談 下の方に、姫が。
説明はないが、これは佐用(さよ)姫ですね。
佐用姫伝説はあちこちにある。
ここは佐用(さよう)町。 10数年前までは、佐用(さよ)町。
川の名前も、佐用(さよ)川。
町名は、佐用姫の佐用だった。
佐用姫(さよひめ)の伝説が残る、加部島 ~唐津市~ 他 (2012/1/4)

六地蔵。 ※ 今日のカメラとレンズのセットは、久しぶりです。
重いから使っていなかった。 空気に透明感が出ます。
もったいないから使いましょうか。 小さいのは壊れたし。

こんなのを、武蔵は見た。

この近くの案内。 先に見ればよかった。
平福宿に入る。

水音が聞こえる。

手前に変わった縁側。 実は、これは戸なんですね。
上に上げたら下半分が閉じらさる。 上の戸は、下に降ろす。
仏頂造りですね。 説明にもある。 四国の甲浦(かんのうら)で見たことが。
土佐の東の玄関口 甲浦 ~仏頂造りの家と、江藤新平が捕まった地 東洋町~ 他 (2011/1/3)

右奥は風を送る、鞴(ふいご)。 代々鋳物(いもの)を作っていた。

素敵な庭。 実は家の向こうは畑。 庭のような畑。
上の道を通った時、しばらく眺めていた。 人がいたので写真は撮ってない。

右に行ったら何かある。

橋がある。

佐用(さよ)川。 2009年の夏に、大洪水。
山側の護岸の石が新しい。 復旧工事で積んだ。
川の水は溢れて家の方に。 1日で300㍉以上の雨。

利神城跡がよく見える。 右の方から道がある。

旅館ですね。

城跡には行けないとあった。 危険。 熊対策してないから行かないつもりだった。
※ 昨年、少し北の岡山県で一番高い、後山に登った。
クマだらけだったとその日のニュースで知る。 クマは増えてる。
案内地図をいただいた。 無人。
ここはいったい誰が管理しているのか、書いていなかった。

左から来た。 向こうに道の駅。 ここは、本陣跡。 殿様とかが泊まった。
利神城の説明。
戦国時代の前は、この一帯は赤松氏だったんですね。
赤松氏は、嘉吉(かきつ)の乱を起こす。
足利6代将軍の義教(よしのり)を暗殺。 宴(うたげ)にだまして呼び出して。
その後、反撃されて殺される。 赤松氏は滅亡。
戦国時代に、復活。 それも、消える。
関ケ原の後、姫路に池田輝政が入る。 初代藩主。 (説明にある)
池田氏の関係が治めるが、陣屋門の説明にもあったけど、30年程でお終い。
城はなくなって、平福は幕府直轄に。

駅に来ました。 本当の駅は、右の方に。 国指定史跡になったと。

ちょうど登りの列車が来た。 ワンマン列車。 格好いいのもたまに走る。
この人が乗って、客は全部で1人。

元の道に戻った。 感じのいい家が。

五輪書の説明にあった家がここか。 実の母ではないけど、武蔵はここで育った時代が。
※ 五輪書の真実性がはっきりしない。 武蔵が本当に書いたのかを含めて。
オリンピックのことを五輪と云う。 五輪書から。

寺があってその向こうに、醤油のお店。

たつ乃屋醤油とある。 近くにたつの市がある。 醤油作りが盛ん。 関係あるのか。
播磨の小京都、龍野を歩く 童謡、赤とんぼの生まれたいきさつ ~龍野市~ 他 (2011/12/7) (たつの市が正しい)
500mlのを買っても良かったか。 自分はいつも、3ヶ月いたまないのを買っている。

町外れの寺に来た。
遠くから見て戻るつもりだったけど、紅葉があるので行ってみる。

光明寺。 フクロウの寺だった。 ここは平福だから、フクロウか。

平福の町並み。

平福郷土館。 ここに昔、牢屋敷があった。 刑務所か。
洪水の時、1㍍10㌢の深さになったとある。 湖の中に家があった。

平福宿を歩きました。
宮本武蔵については、何が真実か分かりにくい。
強かったとか、黒田如水の元で働いたとか、はっきりしてる部分はあるが。
武蔵と小次郎の巌流島へ 金子みすゞが生きた下関 風頭山 不動坂 ~下関市・北九州市門司区~ 他 (2011/12/29)
【今日の歌】 WIESŁAWA DUDKOWIAK AKORDEON her most beautiful accordion melodies
【道の駅】 彩菜茶屋
【明日の予定】 夜、0度近くになる。 寒いので、瀬戸内に出ようかなと。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)
※ プロフィール・・・。 ⇒
今までの記事には、この2枚だけ。
【ランキング】 国内旅行、1位。 旅行全体、4位です。
気に入った所がありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
ランキングが、見られます。
⇓
ランキング
※ 最初は、国内旅行のランキングが。
旅行をクリックすると、旅行全体のが。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
次の日のクリックも、また、1週間生きる。
【拍 手】 下に。
.
重伝建地区の町並みがある。
昔は、平福宿。
因幡街道では、大きな宿場町だった。
この地方に来ると、武蔵伝説がある。
武蔵は、今の兵庫県か岡山県のどちらかで生まれているよう。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
内陸に入ると寒い。 5度くらい違う。
鳥取と姫路への道の途中。 因幡(いなば)街道。
要所要所に、日本海と瀬戸内を結ぶ道はありますね。

佐用町の中心街は、少し離れて。


右が北。 まず左に行く。

道の駅から智頭(ちず)急行の駅を見た。

髙い所に、陣屋門。 後に代官所跡。

門の前から。 国道の1本隣に、旧道が。 因幡街道。

陣屋門。 平福藩は、江戸時代の初めの30年程あっただけ。
その後は、幕府の直轄地。


集落の向こうの山の上に、利神(りかん)城跡。
数年前から整備した。 1ヶ月ほど前に、国の史跡になった。
※ 史跡になるかどうかは、地元の熱心さも関係するんですね。
価値を整理して、文科省かどこかに伝えるのかな。

平福宿の南の入り口近くに、武蔵の決闘場が。

ここは処刑場でもあったので、六地蔵。
誰でも相手しますよとあったので、武蔵は申し込んだ。 武蔵13歳。
五輪書が真実とすれば、こういうことだったんですね。
※ 余談 下の方に、姫が。
説明はないが、これは佐用(さよ)姫ですね。
佐用姫伝説はあちこちにある。
ここは佐用(さよう)町。 10数年前までは、佐用(さよ)町。
川の名前も、佐用(さよ)川。
町名は、佐用姫の佐用だった。
佐用姫(さよひめ)の伝説が残る、加部島 ~唐津市~ 他 (2012/1/4)


六地蔵。 ※ 今日のカメラとレンズのセットは、久しぶりです。
重いから使っていなかった。 空気に透明感が出ます。
もったいないから使いましょうか。 小さいのは壊れたし。

こんなのを、武蔵は見た。

この近くの案内。 先に見ればよかった。

平福宿に入る。


水音が聞こえる。

手前に変わった縁側。 実は、これは戸なんですね。
上に上げたら下半分が閉じらさる。 上の戸は、下に降ろす。
仏頂造りですね。 説明にもある。 四国の甲浦(かんのうら)で見たことが。
土佐の東の玄関口 甲浦 ~仏頂造りの家と、江藤新平が捕まった地 東洋町~ 他 (2011/1/3)

右奥は風を送る、鞴(ふいご)。 代々鋳物(いもの)を作っていた。


素敵な庭。 実は家の向こうは畑。 庭のような畑。
上の道を通った時、しばらく眺めていた。 人がいたので写真は撮ってない。

右に行ったら何かある。

橋がある。

佐用(さよ)川。 2009年の夏に、大洪水。
山側の護岸の石が新しい。 復旧工事で積んだ。
川の水は溢れて家の方に。 1日で300㍉以上の雨。


利神城跡がよく見える。 右の方から道がある。

旅館ですね。


城跡には行けないとあった。 危険。 熊対策してないから行かないつもりだった。
※ 昨年、少し北の岡山県で一番高い、後山に登った。
クマだらけだったとその日のニュースで知る。 クマは増えてる。
案内地図をいただいた。 無人。
ここはいったい誰が管理しているのか、書いていなかった。

左から来た。 向こうに道の駅。 ここは、本陣跡。 殿様とかが泊まった。
利神城の説明。
戦国時代の前は、この一帯は赤松氏だったんですね。
赤松氏は、嘉吉(かきつ)の乱を起こす。
足利6代将軍の義教(よしのり)を暗殺。 宴(うたげ)にだまして呼び出して。
その後、反撃されて殺される。 赤松氏は滅亡。
戦国時代に、復活。 それも、消える。
関ケ原の後、姫路に池田輝政が入る。 初代藩主。 (説明にある)
池田氏の関係が治めるが、陣屋門の説明にもあったけど、30年程でお終い。
城はなくなって、平福は幕府直轄に。


駅に来ました。 本当の駅は、右の方に。 国指定史跡になったと。


ちょうど登りの列車が来た。 ワンマン列車。 格好いいのもたまに走る。
この人が乗って、客は全部で1人。

元の道に戻った。 感じのいい家が。

五輪書の説明にあった家がここか。 実の母ではないけど、武蔵はここで育った時代が。
※ 五輪書の真実性がはっきりしない。 武蔵が本当に書いたのかを含めて。
オリンピックのことを五輪と云う。 五輪書から。


寺があってその向こうに、醤油のお店。


たつ乃屋醤油とある。 近くにたつの市がある。 醤油作りが盛ん。 関係あるのか。
播磨の小京都、龍野を歩く 童謡、赤とんぼの生まれたいきさつ ~龍野市~ 他 (2011/12/7) (たつの市が正しい)
500mlのを買っても良かったか。 自分はいつも、3ヶ月いたまないのを買っている。

町外れの寺に来た。
遠くから見て戻るつもりだったけど、紅葉があるので行ってみる。

光明寺。 フクロウの寺だった。 ここは平福だから、フクロウか。


平福の町並み。

平福郷土館。 ここに昔、牢屋敷があった。 刑務所か。
洪水の時、1㍍10㌢の深さになったとある。 湖の中に家があった。


平福宿を歩きました。
宮本武蔵については、何が真実か分かりにくい。
強かったとか、黒田如水の元で働いたとか、はっきりしてる部分はあるが。
武蔵と小次郎の巌流島へ 金子みすゞが生きた下関 風頭山 不動坂 ~下関市・北九州市門司区~ 他 (2011/12/29)
【今日の歌】 WIESŁAWA DUDKOWIAK AKORDEON her most beautiful accordion melodies
【道の駅】 彩菜茶屋
【明日の予定】 夜、0度近くになる。 寒いので、瀬戸内に出ようかなと。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)

※ プロフィール・・・。 ⇒


【ランキング】 国内旅行、1位。 旅行全体、4位です。
気に入った所がありましたら、クリックをよろしく。
※ クリックするバナーは、下のです。
ランキングが、見られます。
⇓

※ 最初は、国内旅行のランキングが。
旅行をクリックすると、旅行全体のが。
※ 1回のクリックで、10ポイント。 1週間生きます。
次の日のクリックも、また、1週間生きる。
【拍 手】 下に。
.
コメント
コメントの投稿
トラックバック
https://akkamui.com/tb.php/2612-abd4c775