たくさんの薬師像。
それに、般若(はんにゃ)姫の大きな像と伝説。
魅力はそれで十分と、蓮城(れんじょう)寺に。
内山地区にあって、本尊が観音様なので、通称内山観音。
急に温かくなった。
昨日と10度は違う。 春の服装。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
国道の近く。 道が大丈夫か、調べなくていい。

印の下の方に、(豊後大野市)三重町内山とある。

着きました。 車は手前の広い駐車場に。 その手前にもあった。

般若姫伝説がある。 それによると、内山観音は奈良時代の前から。

伝説は歴史的な証拠にはならない。 鎌倉時代とかには、確かにあったよう。
まず、本堂である観音堂に。

観音様がいて観音堂。

千手観音は、この中に。
(トリップアドバイザーから)

頭をなででみた。 中も外も不安なので。 お地蔵さまがあちこちに。

水子供養の像。
右の建物は輪蔵。 中に、回るものが。 お経が仕舞ってある。 写真はすき間から。
1回転させれば、全部読んだことに。 岐阜県華厳寺の輪蔵。
(Wikipediaから)

たくさんの像。

鋭い目つき。 何を思って・・・。

見たいのはここ、薬師堂。 この時急に、お腹が空いた。

車に戻る。 山の上に、般若姫の像。 道は薬師堂から右上に。

餅を3つ食べて、出直し。 薬師堂。

般若姫伝説に出て来る。 伝説全体は、後ほど。

ここから入る。

薬師だから病気から救うのが基本ですね。
室町時代に彫られた。
戦国時代に、よく火事に遭わなかったですね。

入り口に、仁王様。 雛段に並んでいる。

真ん中に本尊。 薬壺を持って。 仏様も、薬の力を借りる。 仏の力だけでは無理なのか。

整然と。 半分の500程。 1つの像の高さは、65㌢。

1つだけ小さい。 表情が同じでない。

※ 余談 京都の三十三間堂と、ここは対等のような表現がネット上に見かける。
でも、向こうの像は人間の大きさ。(167㌢とか) 彫った仏師も一流。 レベルが別。
仏像の大量生産 三十三間堂 方広寺の鐘 ~京都市東山区~ 他 (2010/5/19)
それでも、地方の寺にこんなのがあるなんて驚きですね。

反対側にも仁王像。 迫力満天。

山の上に行く。 石塔。 九州観光のHPでは、般若姫の両親の墓だという。

山の上に。 般若姫像。 像も環境も荒れている。 伝説を大事にするのはやめたのか。

大まかにはこんな内容。

詳しくは下に。(Wikipediaから)
大和朝廷の時代、都に、顔に醜い痣のある姫がいたが、仏のお告げに従って豊後国深田に住む
炭焼き小五郎の許へ行き夫婦になる。
2人は数々の奇跡により富を得て長者となり、1人の娘が生まれた。
般若姫と名付けられた娘は都にまで伝わるほどの美女に成長し、1人の男と結婚するが、
実はその男は都より忍びで来ていた皇子(後の用明天皇)であった。
皇子は天皇の崩御により都へと帰ることになったが、姫は既に身重であった為、
「男の子が産まれたなら、跡継ぎとして都まで一緒に、女の子であったなら長者夫婦の跡継ぎとして残し、
姫1人で来なさい」と告げて帰京してしまう。
産まれた子供は女の子であった為、姫は1人で船に乗り都を目指すが、途中嵐に会い周防国大畠に漂着する。
村人による介抱も虚しく数日後に姫は逝去してしまう。
姫の死を悲しんだ長者は中国の寺に黄金を送ると共に、深田の岩崖に仏像を彫らせた。
その仏像が現在も残る国宝臼杵石仏である。
※ 上の文で豊後国深田は、ここから遠くない。 北西に。
※ 周防国大畠の近くに柳井市。 般若姫伝説がある。
白壁の美しい町並み、柳井 ~松島詩子、柳井縞 他 柳井市~ 他 (2011/12/25)
※ 男が生まれたら・・・、女が生まれたら・・・、と云う話は伝説の1つのパターン。
九州では、椎葉村に。
福島原発は大丈夫なのか。 ※ 那須大八郎と鶴富姫の悲恋 ~椎葉村~ 他 (2011/3/15)
※ 先ほどあった金亀ヶ渕など、さらに詳しい内容、伝説の矛盾点はここに。(Wikipedia)
※ ここの伝説はどのように生まれたか、ある人の考えがあります。
興味のある方は右を。 「炭焼き小五郎」の謎。
下が見えた。 右向こうに国道326。 延岡市に行く。
自分は、延岡市からこっちに来たことが。
途中の見学はしていない。 いつかはしなければならない。 途中に道の駅がある。

次の見学。 本道横に。 寺の裏に行く。

長者堂。

この中に小さな観音様。

それなりに伝説が詳しく。

※ 上のことは99㌫は伝説。 100㌫か。
ところが、伝説のような話が、ほんとうの時がある。
第86番札所、志度寺。 海女の玉取り伝説の、不思議。 補陀落渡海信仰。~さぬき市~ 他 (2014/4/18)
竹生島は、信仰と歴史の島だった。 宝厳寺。 面向不背の玉。~長浜市~ 他 (2014/5/3)
そばに歌碑があった。
かなかなって虫かな。 いい声のよう。 かなかなはなかなか、ってことか。
この歌の作者は、久保田哀穂 という人。
この人が、一寸八分観音のことを書いている。 「一寸八分観音」の盗難。
観音様の写真もある。

山の奥への道があった。 少し行ってお終い。
「裏山に けもの径秘め 花の寺」 この寺は桜の名所。

芭蕉は来てないけど、句が。 「物言えば唇寒し秋の風」

修業は続く。

般若伝説はあちこちに。 それは線でつながる。
歴史的な史実があって、伝説の元になるものが生まれる。
語り継がれて、変化する。
遥か昔、何があったのでしょう。
人々にとって、忘れることの出来ない、悲しい出来事でしょうね。
【道の駅】 みえ
【明日の予定】 一日雨模様。 こまりました。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)
※ プロフィール・・・。 ⇒
今までの記事には、この2枚だけ。
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それに、般若(はんにゃ)姫の大きな像と伝説。
魅力はそれで十分と、蓮城(れんじょう)寺に。
内山地区にあって、本尊が観音様なので、通称内山観音。
急に温かくなった。
昨日と10度は違う。 春の服装。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
国道の近く。 道が大丈夫か、調べなくていい。

印の下の方に、(豊後大野市)三重町内山とある。


着きました。 車は手前の広い駐車場に。 その手前にもあった。

般若姫伝説がある。 それによると、内山観音は奈良時代の前から。

伝説は歴史的な証拠にはならない。 鎌倉時代とかには、確かにあったよう。
まず、本堂である観音堂に。

観音様がいて観音堂。

千手観音は、この中に。


頭をなででみた。 中も外も不安なので。 お地蔵さまがあちこちに。


水子供養の像。
右の建物は輪蔵。 中に、回るものが。 お経が仕舞ってある。 写真はすき間から。
1回転させれば、全部読んだことに。 岐阜県華厳寺の輪蔵。



たくさんの像。

鋭い目つき。 何を思って・・・。

見たいのはここ、薬師堂。 この時急に、お腹が空いた。

車に戻る。 山の上に、般若姫の像。 道は薬師堂から右上に。


餅を3つ食べて、出直し。 薬師堂。

般若姫伝説に出て来る。 伝説全体は、後ほど。


ここから入る。

薬師だから病気から救うのが基本ですね。
室町時代に彫られた。
戦国時代に、よく火事に遭わなかったですね。


入り口に、仁王様。 雛段に並んでいる。


真ん中に本尊。 薬壺を持って。 仏様も、薬の力を借りる。 仏の力だけでは無理なのか。

整然と。 半分の500程。 1つの像の高さは、65㌢。

1つだけ小さい。 表情が同じでない。

※ 余談 京都の三十三間堂と、ここは対等のような表現がネット上に見かける。
でも、向こうの像は人間の大きさ。(167㌢とか) 彫った仏師も一流。 レベルが別。
仏像の大量生産 三十三間堂 方広寺の鐘 ~京都市東山区~ 他 (2010/5/19)
それでも、地方の寺にこんなのがあるなんて驚きですね。

反対側にも仁王像。 迫力満天。


山の上に行く。 石塔。 九州観光のHPでは、般若姫の両親の墓だという。


山の上に。 般若姫像。 像も環境も荒れている。 伝説を大事にするのはやめたのか。


大まかにはこんな内容。

詳しくは下に。(Wikipediaから)
大和朝廷の時代、都に、顔に醜い痣のある姫がいたが、仏のお告げに従って豊後国深田に住む
炭焼き小五郎の許へ行き夫婦になる。
2人は数々の奇跡により富を得て長者となり、1人の娘が生まれた。
般若姫と名付けられた娘は都にまで伝わるほどの美女に成長し、1人の男と結婚するが、
実はその男は都より忍びで来ていた皇子(後の用明天皇)であった。
皇子は天皇の崩御により都へと帰ることになったが、姫は既に身重であった為、
「男の子が産まれたなら、跡継ぎとして都まで一緒に、女の子であったなら長者夫婦の跡継ぎとして残し、
姫1人で来なさい」と告げて帰京してしまう。
産まれた子供は女の子であった為、姫は1人で船に乗り都を目指すが、途中嵐に会い周防国大畠に漂着する。
村人による介抱も虚しく数日後に姫は逝去してしまう。
姫の死を悲しんだ長者は中国の寺に黄金を送ると共に、深田の岩崖に仏像を彫らせた。
その仏像が現在も残る国宝臼杵石仏である。
※ 上の文で豊後国深田は、ここから遠くない。 北西に。
※ 周防国大畠の近くに柳井市。 般若姫伝説がある。
白壁の美しい町並み、柳井 ~松島詩子、柳井縞 他 柳井市~ 他 (2011/12/25)
※ 男が生まれたら・・・、女が生まれたら・・・、と云う話は伝説の1つのパターン。
九州では、椎葉村に。
福島原発は大丈夫なのか。 ※ 那須大八郎と鶴富姫の悲恋 ~椎葉村~ 他 (2011/3/15)
※ 先ほどあった金亀ヶ渕など、さらに詳しい内容、伝説の矛盾点はここに。(Wikipedia)
※ ここの伝説はどのように生まれたか、ある人の考えがあります。
興味のある方は右を。 「炭焼き小五郎」の謎。
下が見えた。 右向こうに国道326。 延岡市に行く。
自分は、延岡市からこっちに来たことが。
途中の見学はしていない。 いつかはしなければならない。 途中に道の駅がある。

次の見学。 本道横に。 寺の裏に行く。

長者堂。

この中に小さな観音様。

それなりに伝説が詳しく。

※ 上のことは99㌫は伝説。 100㌫か。
ところが、伝説のような話が、ほんとうの時がある。
第86番札所、志度寺。 海女の玉取り伝説の、不思議。 補陀落渡海信仰。~さぬき市~ 他 (2014/4/18)
竹生島は、信仰と歴史の島だった。 宝厳寺。 面向不背の玉。~長浜市~ 他 (2014/5/3)
そばに歌碑があった。
かなかなって虫かな。 いい声のよう。 かなかなはなかなか、ってことか。
この歌の作者は、久保田哀穂 という人。
この人が、一寸八分観音のことを書いている。 「一寸八分観音」の盗難。
観音様の写真もある。


山の奥への道があった。 少し行ってお終い。
「裏山に けもの径秘め 花の寺」 この寺は桜の名所。

芭蕉は来てないけど、句が。 「物言えば唇寒し秋の風」

修業は続く。

般若伝説はあちこちに。 それは線でつながる。
歴史的な史実があって、伝説の元になるものが生まれる。
語り継がれて、変化する。
遥か昔、何があったのでしょう。
人々にとって、忘れることの出来ない、悲しい出来事でしょうね。
【道の駅】 みえ
【明日の予定】 一日雨模様。 こまりました。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)

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