普通の博物館では見られないものがある。
それは、民衆史と呼ばれるもの。
例えば、朝鮮人やタコ部屋労働者などへの圧政の歴史。
秩父事件など権力者との戦いの歴史などがそれ。
朝鮮人強制連行を認めたら、補償の問題が起きて来る。
日本の国は大変なことになる。
そんなのがあって、民衆史の中には知ることが難しいものが。
朱鞠内湖(しゅまりないこ)の近くに、笹の墓標展示館があった。
朝鮮人強制連行についての資料が。
行ってみたら問題があった。
全て韓国側から見たものだった。
それでも、写真など事実を語っている物の展示も。
珍しい資料なので、そんなのを紹介。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
印は、 笹の墓標展示館の位置。
※ この展示館は朱鞠内湖を調べていて見つけた。
幌加内町のHPには、まったく出て来ない。 町としては、紹介できないからか。

朱鞠内(しゅまりない)湖。 日本一広いダム湖。

木が育って、少しだけしか見えない。

ダムの水は発電に使う。
雨竜発電所は、下の図のもっと右に。
水はトンネルでそこに。 使った水は、天塩川に。
天塩川の位置が低いために、そっちに流して発電。
〇の場所で見学。

雨竜第一ダム。 メインのダム。

貯水量は日本一でない。 と云うことは浅いのか。

殉職者慰霊塔。
殉職者の正確な数字は分からない。
ただ、名寄までの鉄道と合わせての殉難者は200名ほど。
タコ部屋労働者が160名、朝鮮人40名ほど。

湖畔。

小さな観光地ですね。 ※ ダム湖の観光は難しい。

近くに、笹の墓標展示館。 遊びの家も。

旧光顕(こうけん)寺の本堂。 今は資料館に。
※ 東アジア市民ネットワークの軸足は、韓国に。 責任者は日本人。 宗教関係の人。
慰安婦像には熱心な取り組み。 韓国の立場で。

朝鮮人強制連行について。
※ 認めたら補償の問題。 日本政府はを中心に決して認めない。
どんな形で謝っても、韓国は満足しない。 納得しない。
どうしてか。
ゴールポストが動くから。 (これは国民性)

ダム建設には、アジアからの出稼ぎ労働者。
この中に、強制連行の者がいたのか。
タコ部屋労働者も。 (適当に捕まえた者も)
※ 強制連行は無かったという考えも。
しかし、ダム工事に就いたら、逃げることは出来なかった。
※ 望んできた者はきっといなかった。
国外からは、強制連行とだまされてきた者で占められた。(そう思う)

自由に見学できる。

本堂の状態。 位牌が。

本堂の左右に、写真の展示。

正面。

位牌。

タコ部屋ってこんなの。 ※ 三井美唄炭鉱。

ある調査による数。 事実からは遠くないでしょうね。
※ 昔、北見に小池喜孝という民衆史の研究家がいた。
その人の記事が、北海道新聞によく載った。
小池さんの流れを汲む研究を期待していたけど、違った。
(先日、興部町の米田御殿に行った。
あの時、小池さんのことが話題になった)

こんな仕事も。

戦時中の庶民の命は、虫けらの命と一緒。
そんな時代だから、ダム工事の人の命は、虫けら以下の扱い。

雨竜ダムの工事現場。 左端に、ふんどし姿の人が。

足場に板が見えない。 左端の人は、木の棒の上にいると分かる。 落ちたらお終い。

上のようなコンクリートは、この後。
※ 形式は、重力式コンクリートダム。 簡単に言うと、コンクリートの重さで水をせき止める。
インクラインは、斜めの物を運ぶ通路。 レール。

深名線。

鉄道がある時の地図。

今度北見市に行ったら、小池さんがまとめた民衆史に触れてみたいです。
相手の国の人の心を考えて、日本人として書いたものを。
※ 秩父事件の井上伝蔵は、最後は北見に。
小池さんは伝蔵のことも書いている。 それも知りたい。
ピアソン記念館~北見市~ 他 (2011/9/7)
※ 三浦綾子は銃口と云う題の本を書いている。
主人公のモデルは、最後は、上渚滑中の校長をする。 小川と云う。
その時代に、三浦さんが上渚滑に取材に。
自分は上渚滑小にいた。
近くにある中学校に行ったとき、校長室に小川さんの写真があった。
銃口を、雄武町の教育長さんがぜひ読んで、と云う。
数年後、読んでみた。
朝鮮からの強制連行の若者が登場。
彼は、忠別ダムの仕事をする。
このままではいつかは死ぬと悟って、脱走。
旭川市街地外れの、ある家に助けを求める。
そこの主人は、事情を聞いて彼を匿(かくま)う。
隠れた場所は、室(むろ)だったか小さな部屋。
食事を届けたのは、小学生の男の子。
チャンスが来るのを待って、服装・お金の準備をして、朝鮮に戻らせる。
男の子の家は、全てをサポートした。
後に男の子は大きくなって満州に。
ところが、戦争で負けて日本に戻ることに。 命を懸けた大変な旅。
戻る時、2つのコースがある。
1つは、朝鮮国内を通るルート。
彼はそれを選んだ。
順調に進んで行けたが、ある所で捕まった。
それなりの場所に連れていかれた。
土の上に座らされていたら、施設のトップの人が出てきた。
名前を言えという。 言った。
出身地はと聞かれた。 旭川と言った。
男の人の顔色が変わった。
そうです。 その人は、あの時助けた人だった。
釜山まで、釜山から門司、そして旭川まで。
その旅費の全て。 余分なお金も。
そして釜山までの安全も確保して。
彼は無事に旭川に戻る。
あの時の恩を、男の人は忘れてはいなかった。
以上、銃口の一節です。
※ 銃口は三浦綾子の最後の作品。
口述筆記で。
面白い。 2冊あるけど、読み始めたら誰もが最後まで行く。
【公式】 「銃口」が今訴えること ~三浦綾子の遺言~
【動画紹介】 1995年9月 さようなら深名線 【PV】
【今日の曲】 Dmitri Shostakovich - The Second Waltz\Tango
※ セカンドワルツです。 (ロシアンワルツとも) 55秒から。
【道の駅】 ほろかない
【明日の予定】 ソバ祭りを。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの.記事)
※ プロフィール・・・。 ⇒
今までの記事には、この2枚だけ。
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それは、民衆史と呼ばれるもの。
例えば、朝鮮人やタコ部屋労働者などへの圧政の歴史。
秩父事件など権力者との戦いの歴史などがそれ。
朝鮮人強制連行を認めたら、補償の問題が起きて来る。
日本の国は大変なことになる。
そんなのがあって、民衆史の中には知ることが難しいものが。
朱鞠内湖(しゅまりないこ)の近くに、笹の墓標展示館があった。
朝鮮人強制連行についての資料が。
行ってみたら問題があった。
全て韓国側から見たものだった。
それでも、写真など事実を語っている物の展示も。
珍しい資料なので、そんなのを紹介。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。

( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
印は、 笹の墓標展示館の位置。
※ この展示館は朱鞠内湖を調べていて見つけた。
幌加内町のHPには、まったく出て来ない。 町としては、紹介できないからか。


朱鞠内(しゅまりない)湖。 日本一広いダム湖。

木が育って、少しだけしか見えない。

ダムの水は発電に使う。
雨竜発電所は、下の図のもっと右に。
水はトンネルでそこに。 使った水は、天塩川に。
天塩川の位置が低いために、そっちに流して発電。
〇の場所で見学。

雨竜第一ダム。 メインのダム。

貯水量は日本一でない。 と云うことは浅いのか。

殉職者慰霊塔。
殉職者の正確な数字は分からない。
ただ、名寄までの鉄道と合わせての殉難者は200名ほど。
タコ部屋労働者が160名、朝鮮人40名ほど。

湖畔。

小さな観光地ですね。 ※ ダム湖の観光は難しい。

近くに、笹の墓標展示館。 遊びの家も。


旧光顕(こうけん)寺の本堂。 今は資料館に。
※ 東アジア市民ネットワークの軸足は、韓国に。 責任者は日本人。 宗教関係の人。
慰安婦像には熱心な取り組み。 韓国の立場で。


朝鮮人強制連行について。
※ 認めたら補償の問題。 日本政府はを中心に決して認めない。
どんな形で謝っても、韓国は満足しない。 納得しない。
どうしてか。
ゴールポストが動くから。 (これは国民性)


ダム建設には、アジアからの出稼ぎ労働者。
この中に、強制連行の者がいたのか。
タコ部屋労働者も。 (適当に捕まえた者も)
※ 強制連行は無かったという考えも。
しかし、ダム工事に就いたら、逃げることは出来なかった。
※ 望んできた者はきっといなかった。
国外からは、強制連行とだまされてきた者で占められた。(そう思う)

自由に見学できる。

本堂の状態。 位牌が。

本堂の左右に、写真の展示。


正面。

位牌。


タコ部屋ってこんなの。 ※ 三井美唄炭鉱。

ある調査による数。 事実からは遠くないでしょうね。
※ 昔、北見に小池喜孝という民衆史の研究家がいた。
その人の記事が、北海道新聞によく載った。
小池さんの流れを汲む研究を期待していたけど、違った。
(先日、興部町の米田御殿に行った。
あの時、小池さんのことが話題になった)


こんな仕事も。

戦時中の庶民の命は、虫けらの命と一緒。
そんな時代だから、ダム工事の人の命は、虫けら以下の扱い。


雨竜ダムの工事現場。 左端に、ふんどし姿の人が。

足場に板が見えない。 左端の人は、木の棒の上にいると分かる。 落ちたらお終い。

上のようなコンクリートは、この後。
※ 形式は、重力式コンクリートダム。 簡単に言うと、コンクリートの重さで水をせき止める。
インクラインは、斜めの物を運ぶ通路。 レール。

深名線。

鉄道がある時の地図。

今度北見市に行ったら、小池さんがまとめた民衆史に触れてみたいです。
相手の国の人の心を考えて、日本人として書いたものを。
※ 秩父事件の井上伝蔵は、最後は北見に。
小池さんは伝蔵のことも書いている。 それも知りたい。
ピアソン記念館~北見市~ 他 (2011/9/7)
※ 三浦綾子は銃口と云う題の本を書いている。
主人公のモデルは、最後は、上渚滑中の校長をする。 小川と云う。
その時代に、三浦さんが上渚滑に取材に。
自分は上渚滑小にいた。
近くにある中学校に行ったとき、校長室に小川さんの写真があった。
銃口を、雄武町の教育長さんがぜひ読んで、と云う。
数年後、読んでみた。
朝鮮からの強制連行の若者が登場。
彼は、忠別ダムの仕事をする。
このままではいつかは死ぬと悟って、脱走。
旭川市街地外れの、ある家に助けを求める。
そこの主人は、事情を聞いて彼を匿(かくま)う。
隠れた場所は、室(むろ)だったか小さな部屋。
食事を届けたのは、小学生の男の子。
チャンスが来るのを待って、服装・お金の準備をして、朝鮮に戻らせる。
男の子の家は、全てをサポートした。
後に男の子は大きくなって満州に。
ところが、戦争で負けて日本に戻ることに。 命を懸けた大変な旅。
戻る時、2つのコースがある。
1つは、朝鮮国内を通るルート。
彼はそれを選んだ。
順調に進んで行けたが、ある所で捕まった。
それなりの場所に連れていかれた。
土の上に座らされていたら、施設のトップの人が出てきた。
名前を言えという。 言った。
出身地はと聞かれた。 旭川と言った。
男の人の顔色が変わった。
そうです。 その人は、あの時助けた人だった。
釜山まで、釜山から門司、そして旭川まで。
その旅費の全て。 余分なお金も。
そして釜山までの安全も確保して。
彼は無事に旭川に戻る。
あの時の恩を、男の人は忘れてはいなかった。
以上、銃口の一節です。
※ 銃口は三浦綾子の最後の作品。
口述筆記で。
面白い。 2冊あるけど、読み始めたら誰もが最後まで行く。
【公式】 「銃口」が今訴えること ~三浦綾子の遺言~
【動画紹介】 1995年9月 さようなら深名線 【PV】
【今日の曲】 Dmitri Shostakovich - The Second Waltz\Tango
※ セカンドワルツです。 (ロシアンワルツとも) 55秒から。
【道の駅】 ほろかない
【明日の予定】 ソバ祭りを。
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(2008年4月~2010年9月までの.記事)

※ プロフィール・・・。 ⇒


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