1月14日の夕方、久留米市から京都に向かった。
歯の治療が終わって、また九州に戻ってきた。 ほぼ1か月。
・ ・ ・ ・ ・ ・
日曜日に、宙太さんと久留米市の酒蔵に行く。
それで柳川まで走る。
酒の匂いは飲兵衛を引き寄せる。 勝てない。
運転しても眠くならない。
出発が遅かったので、途中の見学は出来ない。
通った町の近隣の紹介だけ。
亡くなった心愛(みあ)ちゃんのニュースがまだ続く。
腹の立つ内容が多い。
公務員は、仕事が適当でも給料は同じ。
苦労は避けたがる。
問題の根本は、そこにあるのか。
※ ※ ※ ※ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
( 写真の上にカーソルを置いて、open になってクリックしたら、一瞬に大きく。 再度クリックしたら、元に)
国道200を南下。 昔の長崎街道。 今も使われている。
峠は1つ。 冷水(ひやみず)峠を過ぎたら、国道200は長崎街道を離れる。 薩摩街道に。
参勤交代で使われた道。 篤姫も通った。 龍馬も。 ※ 九州の街道図。
(Htena Blog からお借り)
北九州市の市街地を抜けたら、快適な道。 飯塚を過ぎたら峠。

田川は炭鉱の町だった。 青春の門の舞台。 香春(かわら)岳をはさんで香春町。
香春岳は石灰岩の山。 上半分は消えた。 上から見たら穴。 山は泣いている。
香春岳は石灰岩の山だった(三ノ岳・二ノ岳に登る)~香春町~ ひと足遅れの春(とんぼちゃん) 他 (2012/4/14)
香春町(かわらまち)を歩く ~呉川眼鏡橋 呉姫の墓 鏡が池~ 織江の唄(山崎ハコ) 他 (2012/4/11)
国道200号線沿いは、詳しく見学していない。 見どころが少ないのか・・。

飯塚市に入ってきた。 左に行くと、嘉穂劇場が。
嘉穂劇場は、レトロな雰囲気。 今も公演が、そして、座長会議も。~飯塚市~ 他 (2016/2/4)

鳥栖(とす)・筑紫野は、冷水峠を越えて。

峠が近づいてきた。 ここは遠賀(おんが)川の流域。

冷水峠は、途中から冷水トンネルに。 旧道に行きそうになった。
筑紫野市に入った。 福岡県。 鳥栖市に入ったら、佐賀県。 越えて大牟田は再度福岡県。
筑後川の流域に。

国道3に合流。 どこまでも行ったら、鹿児島市。

佐賀県の最東部に入る。

鳥栖市に。 吉野ケ里遺跡に行ったのはずっと前。(まだ写真が小さい) 再度行ってもいい。
吉野ヶ里歴史公園 他 (2009/05/27)
※ 吉野ケ里歴史公園の人(学芸員か?)が、邪馬台国は奈良の方かなと言った。

久留米市に入っている。 久留米大橋。 筑後川。 上流幾に、黒川温泉。
夕暮れ時の、黒川温泉。 地蔵の首と、地蔵湯の伝説。~南小国町~ 他 (2014/3/26)
この町の石橋美術館で、青木繁の絵を見たことが。(重要文化財) 今はない。
柳川ひな祭り。 青木繁、旧居。 石橋美術館で、青木繁の絵を見る。~柳川市・久留米市~ 他 (2015/3/1)

ここで曲がったのか、もう少し行って曲がったのか忘れた。
※ 明日この町のある酒蔵が、蔵開き。 大型バスで人は来るよう。
宙太さんが案内してくれる。 電車で来る。

最後にここを曲がったら、柳川市に。 亀岡市からここまで700㌔。
※ いっぱい走ったけど、京都で孫のはなちゃんに2度会えたから、苦労した甲斐があった。

この後、柳川市のいつもの場所に。
※ 昨日の記事に、藤圭子の「無法松の一生」を載せた。
夜中の12頃、その曲はどこで録音されたのだろうと気になった。
調べても分からない。 でも最後は分かった。
追記の記事を書き終わったときは、朝の4時だった。
ぜひ読んでみてくださいね。
【その他】
野田市の児相が会見して謝罪。 でも中身は、言い訳。
児相の業務は、児童福祉法で下のようになっている。

どんなに忙しくても、人が足りなくても、やらなければならないことはある。
「危険性予見できず」と謝罪して済むなら、今後何があっても「予見できず」で済んでしまう。
児相は多くのミスをしている。
言い訳がしにくいのは放って置いて、一部のことだけ、下のように言っている。
汚いなって感じる。
心愛(みあ)さんが通った野田市立山崎小学校の、危機管理の方針はどうなっているか知りたかった。
学校のHPは閉鎖されていて、分からない。
校長か教育長か児相の所長か、誰か1人でも本気になって動いていれば命は助かっていた。
今でも誰も、自分の責任とは思っていないでしょうね。
※ 裁判になっても、組織の責任は問われても、個人の責任は問われない可能性が。
教育委員会・児相の責任は問われても。 (学校は教育委員会の下部組織と考えて)
※ 震災の時の大川小の裁判は、昨年の春に仙台高裁が判決を出した。(この後最高裁で)
責任は教育委員会(石巻市)と宮城県にあるとなった。
大川小の校長は片道2時間かかる鳴子温泉から通っていた。
震災当日娘さんの卒業式に。 終わっても学校に戻らなかった。
学校では教頭と一部の教職員ともめて、避難方法の決断ができない。
そんな状況の時に、津波がやってきた。
校長は1週間後か2週間後に、初めて学校に。
保護者はみんな、見つからない子供を探していた。
校長は金庫(重要書類)を探していて、保護者の批判を浴びる。
組織の人員がいくら増えても、権限が与えられても、体質が変わらなければ何も変わらない。
何かあったとき、個人の責任が問われなければ、体質は変わらない。
どう働いたって、首にさえならなければ、給料は出る。
校長はここぞという時には、自分の出番と判断して、子供の命を守る。
1年に1回あるか無いか。 (山崎小の女性校長は親の脅しに負けた。教育委員会も児相も)
それさえすれば、普段は大した仕事をしなくてもいい。
子供に対して、にこにこと接して。

【今日の歌】 織江の唄{青春の門}
【停泊場所】 かんぽの宿柳川に近い駐車場。
【明日の予定】 近くを。
※ 都道府県別のブログタイトル一覧表は、右をクリック。
(放浪の旅Ⅱと放浪の旅Ⅰの両方です。 記事の総数は3700ほど。)
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歯の治療が終わって、また九州に戻ってきた。 ほぼ1か月。
・ ・ ・ ・ ・ ・
日曜日に、宙太さんと久留米市の酒蔵に行く。
それで柳川まで走る。
酒の匂いは飲兵衛を引き寄せる。 勝てない。
運転しても眠くならない。
出発が遅かったので、途中の見学は出来ない。
通った町の近隣の紹介だけ。
亡くなった心愛(みあ)ちゃんのニュースがまだ続く。
腹の立つ内容が多い。
公務員は、仕事が適当でも給料は同じ。
苦労は避けたがる。
問題の根本は、そこにあるのか。
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国道200を南下。 昔の長崎街道。 今も使われている。
峠は1つ。 冷水(ひやみず)峠を過ぎたら、国道200は長崎街道を離れる。 薩摩街道に。
参勤交代で使われた道。 篤姫も通った。 龍馬も。 ※ 九州の街道図。


北九州市の市街地を抜けたら、快適な道。 飯塚を過ぎたら峠。

田川は炭鉱の町だった。 青春の門の舞台。 香春(かわら)岳をはさんで香春町。
香春岳は石灰岩の山。 上半分は消えた。 上から見たら穴。 山は泣いている。

香春岳は石灰岩の山だった(三ノ岳・二ノ岳に登る)~香春町~ ひと足遅れの春(とんぼちゃん) 他 (2012/4/14)
香春町(かわらまち)を歩く ~呉川眼鏡橋 呉姫の墓 鏡が池~ 織江の唄(山崎ハコ) 他 (2012/4/11)


国道200号線沿いは、詳しく見学していない。 見どころが少ないのか・・。

飯塚市に入ってきた。 左に行くと、嘉穂劇場が。
嘉穂劇場は、レトロな雰囲気。 今も公演が、そして、座長会議も。~飯塚市~ 他 (2016/2/4)

鳥栖(とす)・筑紫野は、冷水峠を越えて。

峠が近づいてきた。 ここは遠賀(おんが)川の流域。

冷水峠は、途中から冷水トンネルに。 旧道に行きそうになった。
筑紫野市に入った。 福岡県。 鳥栖市に入ったら、佐賀県。 越えて大牟田は再度福岡県。
筑後川の流域に。


国道3に合流。 どこまでも行ったら、鹿児島市。

佐賀県の最東部に入る。

鳥栖市に。 吉野ケ里遺跡に行ったのはずっと前。(まだ写真が小さい) 再度行ってもいい。
吉野ヶ里歴史公園 他 (2009/05/27)
※ 吉野ケ里歴史公園の人(学芸員か?)が、邪馬台国は奈良の方かなと言った。

久留米市に入っている。 久留米大橋。 筑後川。 上流幾に、黒川温泉。
夕暮れ時の、黒川温泉。 地蔵の首と、地蔵湯の伝説。~南小国町~ 他 (2014/3/26)
この町の石橋美術館で、青木繁の絵を見たことが。(重要文化財) 今はない。
柳川ひな祭り。 青木繁、旧居。 石橋美術館で、青木繁の絵を見る。~柳川市・久留米市~ 他 (2015/3/1)

ここで曲がったのか、もう少し行って曲がったのか忘れた。
※ 明日この町のある酒蔵が、蔵開き。 大型バスで人は来るよう。
宙太さんが案内してくれる。 電車で来る。

最後にここを曲がったら、柳川市に。 亀岡市からここまで700㌔。
※ いっぱい走ったけど、京都で孫のはなちゃんに2度会えたから、苦労した甲斐があった。

この後、柳川市のいつもの場所に。
※ 昨日の記事に、藤圭子の「無法松の一生」を載せた。
夜中の12頃、その曲はどこで録音されたのだろうと気になった。
調べても分からない。 でも最後は分かった。
追記の記事を書き終わったときは、朝の4時だった。
ぜひ読んでみてくださいね。
【その他】
野田市の児相が会見して謝罪。 でも中身は、言い訳。
児相の業務は、児童福祉法で下のようになっている。

どんなに忙しくても、人が足りなくても、やらなければならないことはある。
「危険性予見できず」と謝罪して済むなら、今後何があっても「予見できず」で済んでしまう。
児相は多くのミスをしている。
言い訳がしにくいのは放って置いて、一部のことだけ、下のように言っている。
汚いなって感じる。
心愛(みあ)さんが通った野田市立山崎小学校の、危機管理の方針はどうなっているか知りたかった。
学校のHPは閉鎖されていて、分からない。
校長か教育長か児相の所長か、誰か1人でも本気になって動いていれば命は助かっていた。
今でも誰も、自分の責任とは思っていないでしょうね。
※ 裁判になっても、組織の責任は問われても、個人の責任は問われない可能性が。
教育委員会・児相の責任は問われても。 (学校は教育委員会の下部組織と考えて)
※ 震災の時の大川小の裁判は、昨年の春に仙台高裁が判決を出した。(この後最高裁で)
責任は教育委員会(石巻市)と宮城県にあるとなった。
大川小の校長は片道2時間かかる鳴子温泉から通っていた。
震災当日娘さんの卒業式に。 終わっても学校に戻らなかった。
学校では教頭と一部の教職員ともめて、避難方法の決断ができない。
そんな状況の時に、津波がやってきた。
校長は1週間後か2週間後に、初めて学校に。
保護者はみんな、見つからない子供を探していた。
校長は金庫(重要書類)を探していて、保護者の批判を浴びる。
組織の人員がいくら増えても、権限が与えられても、体質が変わらなければ何も変わらない。
何かあったとき、個人の責任が問われなければ、体質は変わらない。
どう働いたって、首にさえならなければ、給料は出る。
校長はここぞという時には、自分の出番と判断して、子供の命を守る。
1年に1回あるか無いか。 (山崎小の女性校長は親の脅しに負けた。教育委員会も児相も)
それさえすれば、普段は大した仕事をしなくてもいい。
子供に対して、にこにこと接して。

【今日の歌】 織江の唄{青春の門}
【停泊場所】 かんぽの宿柳川に近い駐車場。
【明日の予定】 近くを。
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