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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

残りの命は、7ヶ月を切った。
1867年4月の末、龍馬は鞆の浦に来て、大きな仕事をしていた。
    ※    ※    ※    ※

鞆の浦は、瀬戸内海の真ん中辺りだと言う。
潮が引く時、ここから左右に分かれる。 そんな場所があるとは、考えたことがなかった。



MH7007さんから、道と駐車場について、コメントを頂いていた。
観光案内所に電話すると、駐車場はあるけど、キャンピングカーは1時間1000円だと言う。

鞆の浦に向かっている時、あと5㌔になったら、駐車できそうな場所を探しながら走った。
最後に停めるところが無かったら、見つけた所に戻る。

あと2㌔と云う時、駐車禁止でない広い道が港にあったので、そこに停めた。
30分も歩けば、着く。 運動にもなる。

大きな鉄工場が並ぶ道を、歩いた。

11年12月15日 (1)

観光駐車場の近くに、歌碑があった。 八代亜紀の「舟唄」。
近くの人に聞いたら、こうだった。

以前、作詞者の浜圭介が、鞆の浦に来た。 講演か何かで。
その記念に、ある組織がつくった。 以前はもっと街の中にあった。
そこの場所にはいらなくなって、ここに来た。 やっかい物扱いされた。

舟唄と鞆の浦は関係ないのに作るから、そうなった。

舟唄の舞台は分からないので、ここ以外、どこにも歌碑は無い。
でも、いい歌だ。

11年12月15日 (2)

旧道を歩いたら、タコが干してあった。 小さなタチウオも。
昔は、この道を、ボンネットバスが走ってたんだよと、写真のおばあちゃんが教えてくれた。

この道は、海岸沿いの道だった。 埋め立てしたので、海が少し離れた。

11年12月15日 (3)   11年12月15日 (4)

古戦場の跡のことと、江戸時代から鉄工業が盛んだったことが書いてある。

11年12月15日 (5)

龍馬が鞆の浦に来たのは、1967年の4月23日。 4日間いた。
宿泊したのが、この家。 

龍馬は、この年の11月15日に、京都の祇園に近い、河原町通の近江屋で襲われた。
中岡慎太郎も一緒だった。 
龍馬は絶命するが、中岡慎太郎は少しの間生きていたため、その時の状況が詳しく分かっている。
この運命を、龍馬はもちろん知らないが、あと7ヶ月を切っている。

11年12月15日 (6)

龍馬は、いろは丸という船で、大阪に向かっていた。
鞆の浦の10㌔沖で、紀州藩の船とぶつかって、沈没。
その賠償交渉を、鞆の浦でやった。 決着つかないで、長崎でも。

交渉は龍馬ペースで進む。 龍馬の頭の良さが発揮される。

隠れ部屋があったとある。

11年12月15日 (7)

古い建物。 日本外史を書いた頼山陽と関わりがある建物。 

鯛焼きが売っていたので、2つ買って、食べながら歩いた。

11年12月15日 (8)

対潮楼という建物。 龍馬の交渉は、ここでやった。

11年12月15日 (9)

こんな像があった。 頭が大きく、よくない。 
右は、龍馬から、お龍への手紙。 船の中にあった。

11年12月15日 (10)   11年12月15日 (11)

いろは丸という観光船に乗って、仙酔島に渡った。 5分程で着いた。
仙人が島の美しさに酔ったので、この名前。

11年12月15日 (12)

遊歩道が続いていた。 地層を見ることが出来るが、他は特にない。

11年12月15日 (13)

展望台から。 小さな島は、弁天島。 写真の中央付近が、向こうの船着き場。 船が見える。

11年12月15日 (14)

また、復元したいろは丸で戻る。

11年12月15日 (15)

戻って、鞆港に。

11年12月15日 (16)

龍馬は、この建物でも交渉している。

11年12月15日 (17)

地図に出会った。

11年12月15日 (18)

鞆の浦は、重伝建地区には指定されていない。
観光で生きているお店は、昔の雰囲気。 その他は、普通。

11年12月15日 (19)   11年12月15日 (20)

保命酒(ほうめいしゅ)の店が目立つ。 養命酒に似ているそう。 

11年12月15日 (21)

鞆城跡に向かった。 今は石垣だけ。

11年12月15日 (22)

石に刻印がある。 切り出した人の印なのか、運んだ人の印なのか、はっきりしない。

11年12月15日 (23)


ここの横に、民俗資料館の建物がある。
像は、宮城道雄の像。 春の海と云う曲の作曲者。 父親がここの出身。 曲のイメージは、鞆の浦。

11年12月15日 (24)

地図があった。

11年12月15日 (25)

四国の石鎚山が、霞んでいなければ見える。 明日行く予定の走島は、左に。

11年12月15日 (26)   11年12月15日 (27)

後で、小高い所に見える円福寺に行く。

11年12月15日 (28)

小さな湾になっている。 そうでないと、風待ち・潮待ちはできない。

11年12月15日 (29)

小さな神社にあった、力石。 重さは140~200㌔。 港で荷揚げする人が、力自慢をしたと言う。
そんな重さの石を、本当に持てるのだろうか。

11年12月15日 (30)

円福寺。 大可島城跡。 ずっと昔は島だった。
南北朝の戦いの時、南朝方が大可島城に立てこもって戦ったが、全滅したと、説明にあった。

11年12月15日 (33)

さっき行ってた島。 手前は弁天島。 向こうが、仙酔島。

11年12月15日 (32)

鞆港。 左に船が見える。 この船が走島に行くと、後で知る。 それで、走島の検討に入った。

11年12月15日 (31)

港の奥。 江戸時代から残る、石段。 雁木(がんぎ)と呼んでいる。

11年12月15日 (34)

このような通り。 この時はまだ、走島のことを調べていないので、行くと決まっていなかった。
決まっていたら、移動しないので、お酒を飲んだ。

感じのいい通り。 

11年12月15日 (35)

保命酒って書いてありますね。 どんな味なんだろう。

11年12月15日 (36)

港にある、常夜灯。 日本一高いと、説明にあった。

11年12月15日 (38)

港の説明。 潮待ちするのは、行きたい方に潮が流れるのを待つことですね。
このことを深く考えたことは、なかった。 

11年12月15日 (37)

再び、保命酒のお店。

11年12月15日 (39)

海から離れている。 こんな標示。 右ハぎをんみち、とある。 ハが、なかなか読めなかった。
右に行ったら、祇園宮があった。

11年12月15日 (40)

上の写真の標識は、左端に。 昔のポンプ。 呼び水を入れて、取っ手を動かしたら水が出た。
その時、自分で写真は撮れなかった。 誰か通れば、やってもらって動画が撮れた。
小学校低学年の時、我が家の水は、このポンプで。
風呂桶にいっぱい汲むのは、たいへんな仕事だった。

11年12月15日 (41)

左に、山中鹿之介の首塚。 
この人は尼子氏の家臣だった。 尼子氏が滅びた後、再興を願って戦いを起こした。 負けた。
こういう家臣が出るので、負けた方を皆殺しにする。 負けた平家を追うように。

右に、小さな橋。 ささやき橋。 
はるか昔の応神天皇の頃、この橋で、恋人同士が夜語り合った。 
役目を忘れたと言われ、海に沈められた。 そんな伝説がある。 人の恋に、為政者は優しくない。

11年12月15日 (42)   11年12月15日 (43)

沼名前(ぬまくま)神社。 祇園宮を一緒に祀っている。

11年12月15日 (44)

能舞台があった。 元々は、秀吉の伏見城にあったもの。 それで、重要文化財。
福山藩主が、2代将軍秀忠から譲り受けたと、説明にあった。

11年12月15日 (45)

鞆の浦は、もう少し西にある、御手洗(みたらい)とは違った。
御手洗に流れている空気は、今のではなく、歴史を感じる昔の空気だった。

鞆の浦は、小さな観光地。 けっこう賑やかで、活気があった。
龍馬が関わっているため、面白さが増していた。

【今日の歌】 

舟唄です。 この歌を聴くと、しみじみとお酒が飲みたくなる。 あぶったイカで。



八代亜紀は、この歌も歌っている。 愛の終着駅。 いい曲だ。



同じ曲を、本田美奈子も歌ってみた。 これが、何とも言えないくらい、いい。 
寒い夜汽車に乗ったら、この人、似合う。 細い肩で切なく歌う。
キュン、とくる。 今はいない。

 ※ この動画は、人気があり、YouTubeにアップしても、著作権の関係で、いつか消される。
   何度消されても、誰かが必ずアップする。 
   トータルのアクセス数は、100万をとうに越えた。



【停泊場所】   町並みから、2㌔離れた所の港。

【明日の予定】  走島へ。   

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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  • 鞆の浦の港町めぐり ~龍馬がやって来ていた。 福山市~  他  (2011/12/15)
  • 2011年12月16日 (金)
  • 03時40分05秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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