知恩院は何度も行ったけど、ゆっくり見たことはなかった。
今日こそはと思って行ったら、メインの建物である御影堂が、保存修理工事に入っていた。
※ 平成30年までだから、しばらくは見られない。
※ ※ ※ ※
新門を通ったら、遠くに三門が見えた。 知恩院の境内に入っている。
徳川に大事にされた寺だが、庶民も多くお参りに来る。 京都市民に、親しまれている寺。
東大寺の南大門とかも大きいが、知恩院の三門が、日本最大。
※ 今日見るの忘れたが、鐘も日本最大だった。
2代将軍秀忠の寄進、つまり建てたとありますね。
※ 江(ごう)は秀忠に嫁ぐが、長女が千姫。 千姫の墓が、知恩院にある。
人が小さく見えるので、大きさが見当つく。
三門の右横から、上を撮影。 この石段は、女坂。 普通は、下りに使う。
子供が柱に抱きついて、記念写真。 外国から来た子供。
石段(男坂)の登り口から。 遠くに、小さく、新門。
男坂の上から。
知恩院で一番大きな、本堂である御影堂は、工事中。
今回の工事で、きっと、100年、200年は持ちこたえる物にするんでしょうね。
多宝塔。 小さいけど、美しい。
この中を歩く。
工事中の御影堂の脇を通り、阿弥陀堂に向かっている。
廊下の床は、うぐいす張り。 歩くと、キュッキュッって音がする。
阿弥陀堂の前面。
阿弥陀如来像。 これが、知恩院の本尊。
※ 知恩院の開基の法然も本尊。 こっちは、阿弥陀堂に祀っている。
千姫の墓に向かっている。 近くに、法然の墓(御廟)も。
ここを登った奥に、法然の御廟。 跡で行く。
ここは、勢至堂。 法然の幼名は、勢至丸。
知恩院で一番古い建物。 室町時代の1530年。
下にあった、御影堂が出来るまでは、これが本堂だった。
勢至堂の奥が墓地になっていて、その中心に千姫の墓はあった。
葵の紋が見える。 字は読めるが意味は分からない。
墓の裏にこのように。 寛文六年二月六日。(1666年) 千姫の命日。
千姫は、豊臣秀頼の正室。 大阪夏の陣で、炎上する大阪城から助けられる。 家康の命による。(千姫は、家康の孫。可愛かった)
その後、本多忠刻の正室になって、姫路城で過す。
晩年は、江戸城に入る。
花を持ってなかったので、野の花を少しだけ。
見える建物は、法然の御廟の前の拝殿。
拝殿の向こうに、御廟。 拝殿は涼しかった。 一休み。
小高い所にあるので、京都市街が少しだけ。
こんなのが、ぶら下がっていた。
戻る時、石段の途中で見た、一心院。 ※ 浄土宗の寺。 知恩院とは別の寺だが、管理は知恩院。
知恩院を出て、八坂神社の上にある、丸山公園へ。
京都で知られている、いもぼうの店はここ。 いもは、里芋。 ぼうは、棒タラ。
※ 北海道の人は、棒タラは、滅多に食べない。 もっと美味しい物がいっぱいあるから。
写真を撮っていた。 私も撮らしてもらったが、写真は失敗。 残念。
八坂神社へ、裏口の方から入った。 左が拝殿。
南側にある、南楼門。
西楼門。 門の向こうは、祇園。
左奥に、祇園の小路。
西楼門の正面から。 祇園祭は、八坂神社のお祭り。
歯の治療でしばらく京都にいる。
それで、何度も見た所に、また行くことに。
新しい写真スポットも見つかるので、まあまあ退屈はしないでしょうか。
感動は、少しうすいですが。
【今日の歌】
西島三重子です。 この曲の、しみじみした感じが好きです。 時々聴きます。
【道の駅】 ガレリアかめおか
【明日の予定】 銀閣寺かな。 解体修理が終わってから、見てないので。 哲学の道も。
歯医者が終わるのが昼。 時間はあるか。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
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今日こそはと思って行ったら、メインの建物である御影堂が、保存修理工事に入っていた。
※ 平成30年までだから、しばらくは見られない。
※ ※ ※ ※
新門を通ったら、遠くに三門が見えた。 知恩院の境内に入っている。

徳川に大事にされた寺だが、庶民も多くお参りに来る。 京都市民に、親しまれている寺。

東大寺の南大門とかも大きいが、知恩院の三門が、日本最大。
※ 今日見るの忘れたが、鐘も日本最大だった。

2代将軍秀忠の寄進、つまり建てたとありますね。
※ 江(ごう)は秀忠に嫁ぐが、長女が千姫。 千姫の墓が、知恩院にある。

人が小さく見えるので、大きさが見当つく。

三門の右横から、上を撮影。 この石段は、女坂。 普通は、下りに使う。

子供が柱に抱きついて、記念写真。 外国から来た子供。

石段(男坂)の登り口から。 遠くに、小さく、新門。

男坂の上から。

知恩院で一番大きな、本堂である御影堂は、工事中。
今回の工事で、きっと、100年、200年は持ちこたえる物にするんでしょうね。

多宝塔。 小さいけど、美しい。

この中を歩く。

工事中の御影堂の脇を通り、阿弥陀堂に向かっている。
廊下の床は、うぐいす張り。 歩くと、キュッキュッって音がする。

阿弥陀堂の前面。

阿弥陀如来像。 これが、知恩院の本尊。
※ 知恩院の開基の法然も本尊。 こっちは、阿弥陀堂に祀っている。

千姫の墓に向かっている。 近くに、法然の墓(御廟)も。

ここを登った奥に、法然の御廟。 跡で行く。

ここは、勢至堂。 法然の幼名は、勢至丸。
知恩院で一番古い建物。 室町時代の1530年。
下にあった、御影堂が出来るまでは、これが本堂だった。

勢至堂の奥が墓地になっていて、その中心に千姫の墓はあった。

葵の紋が見える。 字は読めるが意味は分からない。

墓の裏にこのように。 寛文六年二月六日。(1666年) 千姫の命日。

千姫は、豊臣秀頼の正室。 大阪夏の陣で、炎上する大阪城から助けられる。 家康の命による。(千姫は、家康の孫。可愛かった)
その後、本多忠刻の正室になって、姫路城で過す。
晩年は、江戸城に入る。
花を持ってなかったので、野の花を少しだけ。

見える建物は、法然の御廟の前の拝殿。

拝殿の向こうに、御廟。 拝殿は涼しかった。 一休み。

小高い所にあるので、京都市街が少しだけ。

こんなのが、ぶら下がっていた。

戻る時、石段の途中で見た、一心院。 ※ 浄土宗の寺。 知恩院とは別の寺だが、管理は知恩院。

知恩院を出て、八坂神社の上にある、丸山公園へ。
京都で知られている、いもぼうの店はここ。 いもは、里芋。 ぼうは、棒タラ。
※ 北海道の人は、棒タラは、滅多に食べない。 もっと美味しい物がいっぱいあるから。

写真を撮っていた。 私も撮らしてもらったが、写真は失敗。 残念。

八坂神社へ、裏口の方から入った。 左が拝殿。

南側にある、南楼門。

西楼門。 門の向こうは、祇園。

左奥に、祇園の小路。

西楼門の正面から。 祇園祭は、八坂神社のお祭り。

歯の治療でしばらく京都にいる。
それで、何度も見た所に、また行くことに。
新しい写真スポットも見つかるので、まあまあ退屈はしないでしょうか。
感動は、少しうすいですが。
【今日の歌】
西島三重子です。 この曲の、しみじみした感じが好きです。 時々聴きます。
【道の駅】 ガレリアかめおか
【明日の予定】 銀閣寺かな。 解体修理が終わってから、見てないので。 哲学の道も。
歯医者が終わるのが昼。 時間はあるか。
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(2008年4月~2010年9月までの記事)

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