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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

司馬遼太郎が、燃えよ剣で、土方歳三を描いた。
生き方に魅力があったのか、彼は人気がある。

しかし、新撰組全体の人気がどうしてあるのか、分からない。
組織内での粛清も、激しかった。
ただ単に幕府の犬だった、と云う者さえいる。

新撰組は何だったのか。
そんなことが知れるかと思って、歴史の跡を訪ねてみた。

中島みゆきの、珍しい曲を見つけています。
演奏だけです。 でも、それでもいい。
    ※    ※    ※    ※

京都駅を出発して、二条駅まで歩く。
青い○の所に、見る物がある。

16年6月15日 (1)

駅前の通りは、塩小路通。  塩麹(こうじ)通ではない。
  ※ 最近、塩麹を買った。 即席の漬物をつくったり、肉を漬けて焼いたり。 

16年6月15日 (3)

リーガロイヤルホテルの前に、石碑があった。 写真を撮り忘れたので、じゃらん からお借り。

16年6月15日 (2)

ここに、新撰組の屯所(とんしょ)があった。 不動堂村屯所。  3番目の屯所。 ※ 屯所は、陣地のようなもの。
1867年に、二条城からここに移った。 広さは、1万㎡。(100㍍四方が1万㎡)

16年6月15日 (4)

新撰組は、京都の治安を守るのが役目。 幕府のために動いている。

下の意味は、事件が起きたなら、私も京都で働いて、天皇を安心させよう、という感じ。

16年6月15日 (5)

陸橋の上から。 向こうから来た。 京都タワーの向かい側が、京都駅。
この後、少し戻って、左側の油小路通を行く。

16年6月15日 (6)

堀川通。  左側向こうに、西本願寺が見える。

16年6月15日 (7)

油小路通。 今でも、油を売ってる店がある。

16年6月15日 (8)

本光寺。 小さい。 この寺の近辺で1867年に、油小路事件が起きた。

内部抗争事件。 伊東甲子太郎(いとうかしたろう)他4名が殺される。
伊東甲子太郎達は、近藤勇と意見が合わないため、組織を離脱していた。
だまして酒を御馳走し、その帰途を襲った。

逃げ延びた中に、加納鷲雄(道之助)がいた。 後に、彼は新政府軍に入る。
戊辰戦争で負けた近藤勇は、新政府軍に出頭した。 別名で。
しかし、上に書いた加納が、近藤勇と見破った。 そして、斬首する。

16年6月15日 (9)

外で見てたら、近所の老人がやって来て、寺の中にも石碑があると、中に入れてくれた。
寺は無人だった。
下の石碑があった。 外の見たから十分と思っていた。
そうしたら、説明のコピーをくれた。
ありがとうってお礼を言ったら、100円頂くことにしている、と言った。
親切だなと思ったけど、これが目的だった。 

 ※ 今日は見学に300円使った。 全部払ったら、2500円になる。

16年6月15日 (10)

左側は、西本願寺。

16年6月15日 (11)

2番目の屯所が、西本願寺にあった。

16年6月15日 (12)

北東の隅に、太鼓楼の建物。 屯所に使われた建物で残っているのは、これだけ。
集会所とかの建物は、今はない。

16年6月15日 (13)

奥は御影堂。 手前、阿弥陀堂。 先日ここだけを見た。

16年6月15日 (14)

池田屋事件があって、その後、ここに屯所を移した。
※ 池田屋事件で新撰組の人気は上がった。 組員が増えたので、ここに移った。

寺の外から見た、太鼓楼。

16年6月15日 (15)

油小路に戻った。 天満屋騒動の跡。
1867年の11月に、龍馬は襲われて殺された。
犯人は三浦休太郎という紀伊藩士と、海援隊士は考えていた。  ※ 実際は違う。
それで、宿泊先の天満屋を襲った。

今は、石碑があるだけ。

16年6月15日 (16)

西本願寺の北を歩いている。

16年6月15日 (17)

西本願寺の、北西の角の近くに、島原大門があった。 島原と云う花街の入り口。

16年6月15日 (18)

花街を島原に移転する時、騒動があった。 その頃、島原の乱があったので、名前は島原になったと説明が。

16年6月15日 (19)

ここは、輪違屋(わちがいや)。 置屋(おきや)だった。
太夫や芸妓(げいぎ)を置いていて、料亭に派遣していた。

16年6月15日 (20)

島原の通り。

16年6月15日 (21)

こっちは、角屋。 現在の料亭に当たる揚屋(あげや)。
近藤勇や土方歳三も、ここで遊んだ。

16年6月15日 (22)

別方向から。 

16年6月15日 (23)

北に15分ほど歩いて、壬生寺(みぶでら)。 寺の少し北に、最初の屯所があった。

16年6月15日 (24)

寺が、屯所の近くということで、墓のある場所を、壬生塚として整備していた。
観光目的。 有料。
下は、「あヽ新撰組」の歌碑。

16年6月15日 (25)

※ 上は、こんな歌。


 
近藤勇の胸像とかがある。 

16年6月15日 (26)

近藤勇。

16年6月15日 (27)

芹沢鴨と云う人達の墓がある。

16年6月15日 (28)

入り口側を撮影。

16年6月15日 (29)

近くに、八木邸。 最初の屯所がここにあった。
新撰組の中心人物だった芹沢鴨が、考えの違いで、近藤勇たちに暗殺された。

16年6月15日 (30)

少し歩いて、光縁寺(こうえんじ)。

16年6月15日 (31)

本堂裏の墓地。 左奥に、新撰組関係者の墓がある。

16年6月15日 (34)

中央は、山南敬助(やまなみけいすけ)という人の墓。

16年6月15日 (32)

右の墓は、沖田氏縁者の墓とあった。 沖田総司の内縁の人の墓だそう。

16年6月15日 (33)

突き当たって、斜め右に曲がったら、二条駅。 ここから乗って、亀岡に戻った。

16年6月15日 (35)

ブログを書くにあたって、色々調べても見た。
新撰組を好きになる材料は、見つけられない。

激しい戦いをするから、映画とかは作りやすい。
新撰組の魅力は、後の世に、作られたように思うかな。

少しだけ好きなのは、土方歳三。
※ 関連ブログ  土方歳三最期の地 ~函館市~  他  (2011/7/29)
           五稜郭 ~蝦夷地に共和国を夢見た、土方歳三。  函館市~  写真の比較  函館に1週間  (2011/7/28)

【動画】
新撰組の人気の根拠は、あやしい。
池田屋事件があったが、池田屋では、長州・土佐藩の藩士が集まっていた。
京都に火を付けると相談してたと、新撰組は言う。
それを防いだのだから、新撰組は偉いと、新撰組を評価する人は言う。
歴史に残ってる資料は、新撰組や幕府側からのしかない。

新撰組は当時、庶民から恐れられるだけでなく、好かれてもいなかった。
自分たちの行動には、「大義」が無かった。
そこで、京都を焼け野原から救ったという、物語を作った。
※ Wikipediaには、下のようにある。
   池田屋事件は冤罪だとする説もある。
   「京都大火計画」「松平容保暗殺」「天皇拉致」などの尊攘派の陰謀は幕府側の記録にはあるものの尊攘派側の記録には一切なく、
   『木戸孝允日記』にも、このとき池田屋で計画されていたのは新選組に逮捕監禁されている仲間(古高俊太郎)を救うための会合としか記されていない。
   証拠と言えるものは土方に壮絶な拷問を受け、無理矢理自白させられた古高が語ったとされる発言のみで、その古高も早々に処刑されており、
   客観的な証拠が乏しく尊攘派の威信失墜や新選組の威信高揚を狙った捏造もしくは誇張の可能性がある。

この事を知ったら、新撰組が好きな人達の多くが、新撰組から心は離れていく。
元々、龍馬のような夢を持った人間の集まりではなかった。

下の動画は、上の事には触れていない。
どんなことをしたかが分かるので、載せます。









【今日の曲】
北の旅人。 中島みゆき。 この曲は、CDになっていない。 歌入りの音源は無い。
石原裕次郎の北の旅人より古く、1983年には完成している。 裕次郎のは、1987年。



  冬の国から吹く風に追われて
  人は旅人果てしない日々
  道は見えるかこの夜の向こうに
  道は届くか人の心に
  吹雪の中から夜明けが見える
  氷の底から芽を吹く音がする
  人は旅人遠い明日の彼方に
  守る月日の眼差しを見る

  冬の流れが私の足をつかむ
  行方へ失くして凍える野辺に
  歌が聞こえる誰か僕を呼んでいる
  道の標を教えて歌う
  吹雪の中から夜明けが見える
  氷の底から芽を吹く音がする
  人は旅人遠い明日の彼方に
  守る月日の眼差しを見る

初音ミクが歌うのだったらある。 あまり良くないが、こんな歌だって分かる。



【道の駅】    ガレリアかめおか

【明日の予定】  一日雨の予報。 動けなかったら、車の中を夏使用に。 買い物も。

※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                    (2008年4月~2010年9月までの記事)

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  • 屯所跡や旧花街など、新撰組の足跡を訪ねる ~京都市~  北の旅人(中島みゆき)  他  (2012/6/15)
  • 2012年06月16日 (土)
  • 07時44分33秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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