小豆島は、石の島だった。 これで、5つ目。
※ 今まで、二十四の瞳・オリーブ・お遍路さん・醤油。
大坂城にも、たくさん切り出され、運ばれたそう。
石は重いし硬い。 きっと、大変な作業だった。
山が、半分無くなっている所もあった。
※ ※ ※ ※
島を、時計と反対回りに、動き出した。
石の像があった。
場所は、ここ。
小さな像も。 上の像もこれも、高松 清という、今日と在住の彫刻家の作品だった。
右は、スイセン。 年が明けたら、冬のうちに咲く。 もう、準備。
少し走ったら、案内が。
大坂城残石とある。 大坂城へ多くの石が運ばれた。 運ばれる予定だったが、残ってしまった。
石丁場は、石切場のこと。 実際は割るけど、切るを使う。
※ 丁場は、領分・場所・受持ち区域、のような意味があるよう。
豆腐石は、石が四角いから豆腐か。 ネット上に、説明は見つからない。
山の中は、どこも石だらけ。 今場所に着いた。 作業を途中で止めたのか。
穴を開けて、割る準備。 自分の石と分かる、印。
さらに、北に走ると、巨大な八人石。 広く、公園になっていた。
ここから、入っていく。
縦と横を同時に割ると、このように、石を取れるのかな。
ある時突然、もういらないと言われて、こうなったのか。
292と云う数字は、いたずらか。 こんな数字は、明治に入ってから、使われたよう。
このように切り出すのは、難しいように思うかな。 半分になら、やり易いようだが。
印が見える。
小さな穴を空けて、たくさんのクサビを打ち込むよう。
向こうに、八人石。
大きな岩を、2つに分けた。 右のが、倒れた半分。
※ まさか、左のは、半分にしたのを立てた、と云うことはない。
8人は、石の下敷き。 作業中急に割れてしまったのか。 まさか、今も石の下に、と云うことは・・。
山の上に、道がありそう。
当浜地区の、ヤブツバキ。 場所はここ。 春になったら、こんな風に咲く。 この方が、撮影。
※ ヤブツバキは、山椿とも言うそう。 花は、開き切らないのが特徴と、辞書には。
石切場が、目立ち始めてきた。
福田港の近く。 小島。
遠くに、家島諸島。 左側を通って、この島に来た。
左の方の島が、白い。 山を削っているよう。
採石の後。 このような場所は、ずっと続く。
吉田と云うところ。 右は霊場。 吉田庵。 見える岩場で、ロッククライミングをするそう。
左奥に、吉田ダム。 小豆島には、ダムが作れる川がある。 大きな島。
中央奥は、温泉。
山の上から、吉田地区を。 遠くに、吉田ダム。
大きな採石場。 石切場。
昔は、目の前に山があったんではないだろうか。
島の風景が壊れていくけど、石を切り出すのは、島の大きな産業にもなっている。
難しい問題。
道の駅は、大坂城残石記念公園になっていた。 資料館も。
鉄で出来た、クサビ。
左は、岩の途中での作業。 右の図に、クサビを打ち込んでいるのが見える。 こうやるんだ。
石は重いから、動かすのが大変。 こうやって、山から海に出した。
大正時代。 まだ、大きな機械は無い。
滑車を使うと、力が半分で済む。 さらに半分にも。
昔は石を割った。 今は、ダイヤモンドカッターで切ることが出来る。
だから、石切場には、板のような石がいっぱいあった。
船は重いものを積める。 それにしても、知恵の要る作業。
外には、復元したものが。
運ばれていたら、大坂城で使われた石。
ロクロで巻き取って、引っ張る。
修羅とロクロの説明。
※ 仏教では、帝釈天を動かせるのは阿修羅だった。
大きな石を、大石(たいしゃく)と読み、帝釈天とした。
帝釈(大石)を動かせるのは、阿修羅、つまり、修羅。
こんな語呂合わせで、修羅の名前は生まれた。(Wikipedia)
小豆島での新しい世界を、またひとつ見ました。
【その他 ①】 笹子トンネルで、事故があった。 昨年行ったとき、私は一般道を通った。
印の場所は、昔の笹子峠。
400年も前、武田勝頼は、西から逃げてきた。
笹子峠を越えて、大月にある城に向かおうとした。
裏切者が出て、城には入れてもらえないと分かった。
仕方なく、北の方に向かった。
勝頼の先祖が最期を迎えた地があった。
そこで死のうと決めた。
途中で、北からも、敵がやってきた。
もうだめと、自らの命を絶った。
その場所に、供養のため、寺が建てられた。
地図に見える、景徳院。
大月市には、珍しい橋の、猿橋がある。
また、都留市は、シリアで亡くなった、山本美香さんの町。
※ 武田勝頼の最後は、天目山の麓の田野。 今はそこに、景徳院。~甲州市~ 他 (2011/11/2)
【その他 ②】 今日は、大谷との交渉。
何も無く入りますでは、あっけない。
栗山監督に最後にいくつか確認して、それなら分かりましたと、決めてあった心を伝える。
夕方までには、ニュースが飛び込んでくる。
どうなるでしょう。
栗山監督は、どんなシナリオを用意していくのか。
これは、予想できない。
楽しみです。
【道の駅】 大坂城残石記念公園
【明日の予定】 山の中に、滝を見に。 お寺も。 廃寺も。
島には滝が2つあって、有名でない方。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
【ランキング】 国内旅行 2位、
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※ 今まで、二十四の瞳・オリーブ・お遍路さん・醤油。
大坂城にも、たくさん切り出され、運ばれたそう。
石は重いし硬い。 きっと、大変な作業だった。
山が、半分無くなっている所もあった。
※ ※ ※ ※
島を、時計と反対回りに、動き出した。

石の像があった。

場所は、ここ。
小さな像も。 上の像もこれも、高松 清という、今日と在住の彫刻家の作品だった。
右は、スイセン。 年が明けたら、冬のうちに咲く。 もう、準備。


少し走ったら、案内が。
大坂城残石とある。 大坂城へ多くの石が運ばれた。 運ばれる予定だったが、残ってしまった。
石丁場は、石切場のこと。 実際は割るけど、切るを使う。
※ 丁場は、領分・場所・受持ち区域、のような意味があるよう。
豆腐石は、石が四角いから豆腐か。 ネット上に、説明は見つからない。

山の中は、どこも石だらけ。 今場所に着いた。 作業を途中で止めたのか。

穴を開けて、割る準備。 自分の石と分かる、印。

さらに、北に走ると、巨大な八人石。 広く、公園になっていた。

ここから、入っていく。

縦と横を同時に割ると、このように、石を取れるのかな。

ある時突然、もういらないと言われて、こうなったのか。

292と云う数字は、いたずらか。 こんな数字は、明治に入ってから、使われたよう。

このように切り出すのは、難しいように思うかな。 半分になら、やり易いようだが。
印が見える。

小さな穴を空けて、たくさんのクサビを打ち込むよう。

向こうに、八人石。

大きな岩を、2つに分けた。 右のが、倒れた半分。
※ まさか、左のは、半分にしたのを立てた、と云うことはない。

8人は、石の下敷き。 作業中急に割れてしまったのか。 まさか、今も石の下に、と云うことは・・。

山の上に、道がありそう。

当浜地区の、ヤブツバキ。 場所はここ。 春になったら、こんな風に咲く。 この方が、撮影。

※ ヤブツバキは、山椿とも言うそう。 花は、開き切らないのが特徴と、辞書には。
石切場が、目立ち始めてきた。

福田港の近く。 小島。
遠くに、家島諸島。 左側を通って、この島に来た。
左の方の島が、白い。 山を削っているよう。

採石の後。 このような場所は、ずっと続く。

吉田と云うところ。 右は霊場。 吉田庵。 見える岩場で、ロッククライミングをするそう。
左奥に、吉田ダム。 小豆島には、ダムが作れる川がある。 大きな島。
中央奥は、温泉。

山の上から、吉田地区を。 遠くに、吉田ダム。

大きな採石場。 石切場。

昔は、目の前に山があったんではないだろうか。
島の風景が壊れていくけど、石を切り出すのは、島の大きな産業にもなっている。
難しい問題。

道の駅は、大坂城残石記念公園になっていた。 資料館も。
鉄で出来た、クサビ。

左は、岩の途中での作業。 右の図に、クサビを打ち込んでいるのが見える。 こうやるんだ。


石は重いから、動かすのが大変。 こうやって、山から海に出した。


大正時代。 まだ、大きな機械は無い。

滑車を使うと、力が半分で済む。 さらに半分にも。
昔は石を割った。 今は、ダイヤモンドカッターで切ることが出来る。
だから、石切場には、板のような石がいっぱいあった。


船は重いものを積める。 それにしても、知恵の要る作業。

外には、復元したものが。

運ばれていたら、大坂城で使われた石。

ロクロで巻き取って、引っ張る。

修羅とロクロの説明。

※ 仏教では、帝釈天を動かせるのは阿修羅だった。
大きな石を、大石(たいしゃく)と読み、帝釈天とした。
帝釈(大石)を動かせるのは、阿修羅、つまり、修羅。
こんな語呂合わせで、修羅の名前は生まれた。(Wikipedia)
小豆島での新しい世界を、またひとつ見ました。
【その他 ①】 笹子トンネルで、事故があった。 昨年行ったとき、私は一般道を通った。
印の場所は、昔の笹子峠。
400年も前、武田勝頼は、西から逃げてきた。
笹子峠を越えて、大月にある城に向かおうとした。
裏切者が出て、城には入れてもらえないと分かった。
仕方なく、北の方に向かった。
勝頼の先祖が最期を迎えた地があった。
そこで死のうと決めた。
途中で、北からも、敵がやってきた。
もうだめと、自らの命を絶った。
その場所に、供養のため、寺が建てられた。
地図に見える、景徳院。
大月市には、珍しい橋の、猿橋がある。
また、都留市は、シリアで亡くなった、山本美香さんの町。

※ 武田勝頼の最後は、天目山の麓の田野。 今はそこに、景徳院。~甲州市~ 他 (2011/11/2)
【その他 ②】 今日は、大谷との交渉。
何も無く入りますでは、あっけない。
栗山監督に最後にいくつか確認して、それなら分かりましたと、決めてあった心を伝える。
夕方までには、ニュースが飛び込んでくる。
どうなるでしょう。
栗山監督は、どんなシナリオを用意していくのか。
これは、予想できない。
楽しみです。
【道の駅】 大坂城残石記念公園
【明日の予定】 山の中に、滝を見に。 お寺も。 廃寺も。
島には滝が2つあって、有名でない方。
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(2008年4月~2010年9月までの記事)

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