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キャンピングカーで放浪の旅 Ⅱ

全国を、写真と動画で探訪

河浦町に、宣教師を育てる、コレジヨと呼ばれる学校があった。
16世紀の終わりのこと。 6年間。
そのことにより、南蛮文化も入ってきて、この地に華開いた。

コレジヨを天草に招いたのは、天草氏。
天草氏の居城が、河内浦城(かわちうらじょう)。
城跡を歩いてみた。

山奥に、轟橋(とどろばし)という、石橋があった。
    ※    ※    ※    ※

今日の目的地は、羊角湾(ようかくわん)の奥に。



下は、今日行った所です。

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天草市河浦町に入ってきた。 
    ※ 市の中の河浦町。 牛深は、市だったけど、合併して、天草市牛深町。 
コレジヨの里、とある。

13年1月24日 (3)   13年1月24日 (1)

炭焼小屋ですよ。 めずらしい。

13年1月24日 (2)

道端に、山茶花(さざんか)。  こんな道は、天草に多い。

13年1月24日 (4)

市街地に入ってきた。 黄色の花は、菜の花。 少し行った右に、コレジヨ館。

13年1月24日 (5)

コレジヨ館は、図書館の中に。

13年1月24日 (12)   13年1月24日 (11)

中の写真は撮れない。 
  ※ 前回来た時は、文書で許可を頂いて、撮った。  今回は、そうしない。
この5人も、この地にできた、コレジヨで学んでいる。

13年1月24日 (35)   13年1月24日 (36)

地図に、北海道がない。   天草で、五足の靴は、それなりの存在のよう。

13年1月24日 (34)   13年1月24日 (10)

※ 中の写真は、前回のを紹介します。

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河内浦城跡に、向かった。 ここは、河浦町の中心街。

13年1月24日 (13)

一町田川(いっちょうだがわ)。 少し行ったら海。 右の山に、城跡。

13年1月24日 (14)

河内浦城跡には、崇圓寺(そうえんじ)が建っている。
山全体が、城跡。 その中の、低いところにある。

13年1月24日 (15)

島原の乱の後に、仏教を広めるために建てた。

13年1月24日 (16)

その後、寺は、ずっと続いている。

13年1月24日 (17)

耳の大きな、お地蔵さん。 微笑みは、どうやって作り出すのでしょう。

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山門の向こうに、本堂。

13年1月24日 (20)

ここは、天草氏の居城。 天草氏は、長い間、天草の南部を支配していた。

天草という地名は、天草氏から来たのではなく、元々あった。
鎌倉時代、地頭として任命されてこの地に来た時に、天草氏を名乗った。

山門。

13年1月24日 (6)

本道の右手にある道を登ると、5分ほどで、山の頂上に。 ここが、城の中心だった。

13年1月24日 (21)

想像図ですが、古い時代の城ですから、天守がそびえては、いなかった、

13年1月24日 (22)

下に、河浦町の市街地。 学校も、ここに。

13年1月24日 (23)

海の方。 海が細く入り込んでいる。

13年1月24日 (24)

山の奥に、轟橋(とどろはし)を見に向かった。
石垣で囲った家があった。 車を停めて、写真を撮った。

向こうから人が来た。 少し行って、車から降りて、聞いた。
左に曲がったところに、石橋はあった。 連れて行ってくれた。

13年1月24日 (25)

小さな公園になっていて、東屋が。 中に、説明。
橋は、轟の滝の上にあると。

13年1月24日 (30)   13年1月24日 (28)

かつては、旭炭鉱があった。 
 ※ 天草には、明治から昭和にかけて、17ほどの炭鉱があった。 小規模で、無煙炭が特徴。

13年1月24日 (27)   13年1月24日 (26)

橋の上に、コンクリートの橋がかぶさっている。
説明に、天草屈指の美しさとあるが、石橋の悲しい姿が、ほんとうの姿。

13年1月24日 (7)   13年1月24日 (8)

連れてきてくれた人は、見やすい場所はここだよと、教えてくれた。

13年1月24日 (9)

橋は、滝のすぐ下ですね。  
大正時代の初めには、まだ、石橋を作る発想があったんですね。

13年1月24日 (29)

天草では、鈴木代官は、神様のように末代まで、慕われている。
島原の乱のあと、命をかけて、農民のために尽くしている。

13年1月24日 (31)

400㍍上流に、もう1つの石橋。 川原に下りられない。

13年1月24日 (33)

上から、押さえつけられている。
石橋というのは、丈夫。 古くからあるけど、優れた橋です。

さっきの橋もこれも、熊本市の南の、現在の美里町辺りから、石工が来て造った。

13年1月24日 (32)

河浦町の山の中に、立原地区がある。
そこから、北海道の日高の海岸に移住した人達がいる。

新天地は偶然、浦河町だった。
合併する前は、姉妹都市だったという。
交流は、今も続いている。

※ コレジヨ館の館長さんから、多くの情報を頂いています。

【関連ブログ】   美里町は石橋の里 ~霊台橋・二俣橋・小筵橋 他~  小崎地区の棚田   他  (2010/1/28)

【今日の歌】  忠太さんのコメントにあった、長崎ぶらぶら節。



【停泊場所】   コレジヨ館の近くの駐車場。

【明日の予定】  﨑津天主堂(さきつてんしゅどう)と、その近辺かな。

 ※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。   
                                                         (2008年4月~2010年9月までの記事)

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  • 天草コレジヨ館。 天草氏の居城だった、河内浦城跡。 轟橋。~天草市河浦町~  他  (2013/1/24)
  • 2013年01月25日 (金)
  • 08時59分57秒
by AlphaWolfy

akkamui212

Author:akkamui212
2009年4月に放浪の旅をスタートし、十数回目の日本1周に入っています。
「キャンピングカーで放浪の旅」に続き、パートⅡです。
明日は、どこの空の下にいるのかな。


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