港町にゴシック様式の教会がある風景は、天草ならではの風景。
天草におけるキリスト教は、﨑津を中心に栄えた。
江戸幕府による弾圧が続いたので、信者にとっては、長い受難の時代が続く。
それでも、信仰の灯(ともしび)が消えることはなかった。
﨑津は、となりの大江と共に、隠れキリシタンの里と呼ばれる。
☆ ブログタイトル一覧は、右をクリック。
※ ※ ※ ※
【お知らせ】 過去のブログを見るのが(探すのが)大変なので、ブログのタイトルの一覧を作ります。
県別で、作ります。
﨑津天主堂は、羊角湾の中にあります。
島に入ってから、道はずっといい。
見えました。 トンネルを抜けて、橋の上から撮影。
無料の駐車場が、何箇所もある。
ここは、羊角湾の中の、さらに小さな湾。 羊角湾の奥は、正面の左に。
左への道は、昔の国道。 今は、バイパスができた。
右の道は、昔の国道が出来る前の、古い道。 街道だった道。 こっちを行くと、﨑津(さきつ)天主堂。
急に寒くなった。 雪がちらつく時も。
なにか書いてある。 建物は、今日は休み。
後ろから3行目の、「言うまでもない」の表現が面白い。 人々総出で、救助活動をした、でいいのに。
※ 杉ようかんを切ったら、このように。
杉の葉っぱが入っているけど、食べたらダメ。 美味しくない。 防腐剤の代わり。
お茶を飲みながら、羊羹(ようかん)が食べたくなってきた。
そう思うことは、昔はなかった。
通り過ぎて、反対側から。
私も詩人になりたい。
杉ようかんで、食べたいしか書けない。 詩人には、遠い。
食べたいとか、美味しかったという感想は、頭を少しも使っていない。
今いる島の北の方に、彼女(林芙美子)の石碑がある。 また行きますよ。
見えました。
教会、城、塔、橋などは、美しいものが多い。
どうして、空に飛んで行きそうな形なのでしょう。
﨑津天主堂は、明治に入って建て、昭和9年に今の形に。
教会を建てることは、信者にとっての、悲願だった。 並大抵ではない大きな。
最初の建物は、もっと山寄りにあったよう。 勝海舟のことも。
左は、ルルド。 教会には必ずある。 ルルドの泉を模したもの。 詳しくはここに。
この後、中を見学。 私の知らない世界。 ステンドグラスが美しい。
撮影はできない。 ※ 写真は、情報誌から。
※ この写真は、天草市のHPからお借り。
中は畳。 でも、上ばっかり見てたので、気づかなかった。
建物のデザインに、どんな意味があるのでしょう。
キリシタンは、島原の乱で全滅しても不思議ではないのに、隠れキリシタンとして、信仰の灯は消さなかった。
キリシタンは、なぜ、九州や天草なんでしょう。
それは、外国に近いからですね。
キリシタン大名と言われる人たちは、信仰に魅力を感じていたのではなかった。
魅力は、鉄砲などを含む、南蛮文化。
静かな通り。 昔は、人がいっぱいいたにゃん。 産業は何のかなって、少し不安。
逆さまの地図。 神社の横を通って、展望所に行く。
神社があるということは、キリシタンでない人もいる、ということ。
キリシタンは、島全体では数%だそう。
ただ、狭い地域では、30%とかもある。 ※ コレジヨ館の館長さんの話。
この風景から、海の天主堂と言われるのか。 海の青が、白い天主堂を引き立てる。
この港も、賑わった時代があった。
湾の奥と、海の方。
別のところから。 トンネルを通って、羊角湾の奥に行く。
一番古い道。 海沿いの車道は、埋め立てして作った。
日本の渚百選。 日本のかおり風景100選。 国の重要文化的景観。
バイパスが完成しているので、狭い通りに車は入ってこない。
海沿いの旧道を走った。
﨑津の集落を、1台のバスが通った。
それは、路線バスではなかった。 病院の送り迎えのバス。
美しい景観を保つためにも、産業は大切かなって感じます。
むずかしい問題です。
海に浮かぶ天主堂、そのようにも見えました。
【今日の歌】 この曲は、賛美歌なんですね。
【停泊場所】 大江天主堂に近い、パーキング(空き地)
【明日の予定】 大江天主堂。 五足の靴の展示が、どこかにあるよう。
吉井勇がこの地で、こう歌った。
白秋とともに泊りし天草の、大江の宿は、伴天連の宿。
※ 「キャンピングカーで放浪の旅」は、下をクリックすると出ますよ。
(2008年4月~2010年9月までの記事)
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天草におけるキリスト教は、﨑津を中心に栄えた。
江戸幕府による弾圧が続いたので、信者にとっては、長い受難の時代が続く。
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左への道は、昔の国道。 今は、バイパスができた。
右の道は、昔の国道が出来る前の、古い道。 街道だった道。 こっちを行くと、﨑津(さきつ)天主堂。

急に寒くなった。 雪がちらつく時も。
なにか書いてある。 建物は、今日は休み。

後ろから3行目の、「言うまでもない」の表現が面白い。 人々総出で、救助活動をした、でいいのに。


※ 杉ようかんを切ったら、このように。
杉の葉っぱが入っているけど、食べたらダメ。 美味しくない。 防腐剤の代わり。
お茶を飲みながら、羊羹(ようかん)が食べたくなってきた。
そう思うことは、昔はなかった。
通り過ぎて、反対側から。
私も詩人になりたい。
杉ようかんで、食べたいしか書けない。 詩人には、遠い。
食べたいとか、美味しかったという感想は、頭を少しも使っていない。
今いる島の北の方に、彼女(林芙美子)の石碑がある。 また行きますよ。


見えました。

教会、城、塔、橋などは、美しいものが多い。
どうして、空に飛んで行きそうな形なのでしょう。


﨑津天主堂は、明治に入って建て、昭和9年に今の形に。
教会を建てることは、信者にとっての、悲願だった。 並大抵ではない大きな。


最初の建物は、もっと山寄りにあったよう。 勝海舟のことも。



左は、ルルド。 教会には必ずある。 ルルドの泉を模したもの。 詳しくはここに。
この後、中を見学。 私の知らない世界。 ステンドグラスが美しい。
撮影はできない。 ※ 写真は、情報誌から。


※ この写真は、天草市のHPからお借り。
中は畳。 でも、上ばっかり見てたので、気づかなかった。
建物のデザインに、どんな意味があるのでしょう。


キリシタンは、島原の乱で全滅しても不思議ではないのに、隠れキリシタンとして、信仰の灯は消さなかった。

キリシタンは、なぜ、九州や天草なんでしょう。
それは、外国に近いからですね。
キリシタン大名と言われる人たちは、信仰に魅力を感じていたのではなかった。
魅力は、鉄砲などを含む、南蛮文化。

静かな通り。 昔は、人がいっぱいいたにゃん。 産業は何のかなって、少し不安。


逆さまの地図。 神社の横を通って、展望所に行く。


神社があるということは、キリシタンでない人もいる、ということ。
キリシタンは、島全体では数%だそう。
ただ、狭い地域では、30%とかもある。 ※ コレジヨ館の館長さんの話。

この風景から、海の天主堂と言われるのか。 海の青が、白い天主堂を引き立てる。

この港も、賑わった時代があった。

湾の奥と、海の方。


別のところから。 トンネルを通って、羊角湾の奥に行く。

一番古い道。 海沿いの車道は、埋め立てして作った。

日本の渚百選。 日本のかおり風景100選。 国の重要文化的景観。

バイパスが完成しているので、狭い通りに車は入ってこない。

海沿いの旧道を走った。


﨑津の集落を、1台のバスが通った。
それは、路線バスではなかった。 病院の送り迎えのバス。
美しい景観を保つためにも、産業は大切かなって感じます。
むずかしい問題です。
海に浮かぶ天主堂、そのようにも見えました。
【今日の歌】 この曲は、賛美歌なんですね。
【停泊場所】 大江天主堂に近い、パーキング(空き地)
【明日の予定】 大江天主堂。 五足の靴の展示が、どこかにあるよう。
吉井勇がこの地で、こう歌った。
白秋とともに泊りし天草の、大江の宿は、伴天連の宿。
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